(SO3)惚れ薬パニック 後編
作者: シウス   2009年05月11日(月) 23時39分41秒公開   ID:vCN5uSAl5bc
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「二連・気功掌!!」
 マユが右腕から1発、左腕からも1発、両腕合わせて2発放たれた気功掌が二手に分かれ、フェイトとソフィアが引き倒した人々の向こう側にいた何人かをふっ飛ばした。
(マユさんって……ひょっとしてアルベルより強かったり?)
 フェイトが胸中で呟いた。
「フェイト!! 今のうちに行くよ!!」
「あ……ああ!!」
 そう言って、再び3人で駆け出した。だがしばらく行くと、南門へと続く南通りが人々に埋め尽くされていることに気が付く。咄嗟に3人は辺りを見渡し、そしてソフィアが声を上げた。
「……あっ、フェイト! あれっ!!」
 ソフィアが指差した『それ』は、一軒の家だった。周りの家と比べるとやや屋根が低い。そしてその家の庭には木箱が積み上げてあった。フェイトがソフィアの言いたいことに気が付く。
「よし! あそこから屋根へ登って屋根伝いに逃げよう!!」
「……はい!!」
 やや躊躇ってマユが返事をした。もし屋根を壊したら弁償しなくてはいけない、というマユの心配に、フェイト達は気が付くことは無かった。それも当然である。彼らが暮らしていた地球には、乗っただけで崩れてしまう屋根を持つ建物など存在しないから、そういう判断が出来るのだ。
 だがやるしかない。今ここで町の人達に捕まったら何をされるか分かったもんじゃない。いや、本当は分かっている。惚れ薬を飲んだ自分達を執拗に追い続ける連中だ。しかも今は理性を失っている。そんな状況で捕まったら、されることは一つ。『汚される』ことだ。
(そんなの………嫌に決まってるでしょ!!)
 胸中で叫ぶと、マユは一気に木箱を登り、屋根の上に立った。少し遅れてソフィア、フェイトと続く。
「このまま一気に町の外まで行って、そして薬の効果が消えるのを待とう!! 今はそうするしかない!!」
 そして3人は再び駆け出した。どの建物の屋根も高さはマチマチだが、進むのには大した支障になりそうもない。3人は何の妨害を受けることも無く屋根の上を疾駆する。大分進んだからか、辺りには人がいなかった。
 だがここで、マユが最も危惧していた事が発生してしまった。なんとフェイトがとある屋根を踏んだ瞬間、ベリッという音を立てて穴を開けてしまった。
 まあ仕方が無い。
 どうせ誰も見てはいないのだ。
 見ていたとしても、自分達以外は皆理性を失っている。
 誰も自分達を責められはしない。
 だがその考えすらも上回るほどの自体が発生してしまった。
 
 なんと自分の足が屋根をブチ抜いて出来た穴に足を捕られ、フェイトが倒れるように屋根から落ちた。
 
 
 
――――ドスッ!!
「………ぐあっ!!」
 重たい音が落ちる音に続いて、くぐもった呻き声が聞こえた。それに続くようにして、今度は悲鳴に近い声が上がる。
「フェ………フェイト!?」
 声を上げたのはソフィアだった。フェイトから見たその顔は、どこか絶望に近い表情だった。
 辺りからゾンビのような呻き声が聞こえ始め、だんだんと近づいてきた。逃げ出さなければと思い、動こうとした。すぐさま足に激痛が走った。どうやら足を挫いたらしい。フェイトは自分がどのような窮地に立たされているかを理解し、そしていつまでも上から心配そうに自分を見つめてくるソフィアとマユに向かって叫んだ。
「ソフィア! マユさん! 二人とも僕に構わずに逃げるんだ!!」
 それを聞いたソフィアとマユは、すぐにフェイトが言いたいことを理解した。……いや、ソフィアにとってそれは、理解したくも無いことだった。すぐさまソフィアが聞き返す。
「逃げろって、どういうこと!? フェイトはどうするの!?」
「僕は大丈夫だ! すぐに後を追う! だから……だから今のうちに―――」
「嘘よ!! フェイト、本当は足挫いているんでしょ!? だったら―――」
「……ソフィア」
 フェイトが穏やかな声でソフィアの言葉を遮った。
「ソフィア、聞いてくれ。仕方ないんだ、もう。今のこの状況を打破する策なんて、あるわけないんだ。だから……ここでお別れだ………」
「………!!」
 ソフィアが息を呑むのが聞こえた。その隣ではマユが顔を逸らして、嗚咽を堪えて肩を小刻みに揺らしていた。
「……父さん、今からそっちに行くよ。アクアエリーやヘルアのみんなも、僕を暖かく迎えておくれ……」
 フェイトがハラハラと涙を流しながら呟いた。どうやらこの場で殺されるとでも思っているのだろう。確かにゾンビのようなものになってしまった者達に囲まれればそう思うのも無理は無いが、この場でされるのは『汚される』ことだ。しかも周りを囲むのは異性だけでなく、同性もいる。ある意味、死ぬより辛いことになると思うのだが……。
「………何よ。これのどこが『惚れ薬』なの?」
 ソフィアがポツリと呟いた。どうにもならない現実に打ちのめされ、絶望したソフィアの顔には『感情』というものが消えていた。そのまま呟き続ける。
「………これじゃあまるで、タチの悪い―――」
 
 タチの悪い―――?
 
 次の瞬間、ソフィアの顔がキリッと引き締まる。一つだけ希望があった。必ず効果があるハズだ。
「マユさん!! 今すぐここから飛び降りて!!」
「………………はぁ!?」
 一瞬、何を言われたか分からず、マユは戸惑った。
「一つだけフェイトを救う……ううん、この騒動を終わらせる方法を思いついたの。必ず効果があるハズだよ!!」
「ほ……本当ですか!?」
「うん! そのためにもマユさんは私と一緒に下へ降りてもらわないといけないの。一度に紋章……施術をかけないと意味がないから」
 その言葉を聞き、マユは怪訝な顔になった。ソフィアは先程、施術を使い過ぎてぶっ倒れたのだ。今使ったらまた同じことが起きかねない。マユの心配に気付いたかのように、ソフィアが説明した。
「大丈夫ですよ、大した術じゃないし。それにもし私が倒れても、そのときにはすでに町のみんなも元通りに戻っているハズですから」
 そう言ってソフィアは、フェイトを見下ろした。町の人達はもう、フェイトのすぐ近くまで迫っている。
 いつの間にかフェイトは気絶していた。怖かったのだろうか? と、ソフィアは思ったが、もし自分が今のフェイトと同じ状況になったと考えると、それも仕方の無いことに思えてくる。
(って、こんなこと考えてる場合じゃなかった。フェイト、待っててね。いま行くから!!)
 ソフィアがマユと共に屋根を飛び降りた。



 目が覚めたら、見慣れた天井が目に映った。
 安宿とは違い、シミ一つ無い天井。間違いなくペターニの町で唯一の、ホテルの一室だった。ネルという仲間のおかげで、旅の最中でよく無料で泊めてもらった記憶がある。時刻は夕方なのか、窓から差し込む光はややオレンジがかっていた。
 フェイトは寝返りをうち、そしていきなり目の前にソフィアの顔が現れて驚いた。目と鼻の先の、今にも唇が触れそうなほど近くにソフィアの寝顔ある。早い話が、自分とソフィアは同じベッドで寝かされていたのだ。
「ソ……ソフィア!? どうしてここに………」
 さすがにフェイトも驚いた。小さい頃から何度か一緒の布団で寝たことはあったし、旅の途中ならば一つの寝袋で一緒に寝たこともあった。ついでに言うならば、何度もキスをしたこともある。だが目が覚めて、いきなり目の前に人の顔が現れるというのは、なかなか慣れないものである。
「あっ、起きましたか?」
 聞き覚えのある声がし、部屋のドアが開かれた。そこに立っていたのは……
「あ、マユさん……と、マリアとリーベル!!?」
 フェイトの顔が恐怖で引きつった。
「あら。起きたのね、フェイト」
「悪いな、彼女と寝ているところを邪魔して」
「ああ、心配しないで下さい、フェイトさん。もう私たち3人の惚れ薬の効果は切れていますから」
 マユの言葉を聞き、フェイトは胸を撫で下ろした。マユが説明する。
「あの時、ソフィアさんが私たちに『キュアコンディション』をかけてくれたんです。ソフィアさんが思うに、あの惚れ薬はタチの悪い毒のようなものだったんじゃないかって……。最初は『アンチドート』をかけようとしたみたいなんですが、もし効果が無かった場合を考えると、やっぱり『キュアコンディション』が一番効果的だったみたいなんです。そのせいでか、ソフィアさんがまた気絶しちゃいましたけどね」
「まあ、そういうわけだ。俺も薬の効果に罹っていたようだから何があったのか覚えてないんだけどな。それでも薬の効果に罹ったということは、お前らに迷惑をかけたんじゃないかと思って、謝るためにここへ来たというわけだ」
「私もリーベルと同じよ。何があったかは覚えていないけど、きっと何かをしでかしたと思ったから……」
 二人とも気のいい奴らだな、とフェイトは思った。リーベルの方は特に、最初に会ったときはとんでもないほどの殺気をぶつけてきたというのに、ここまでくると本当に変わったんだなと思えてくる。
 リーベルが言った。
「あっ! 謝りに来たついでにもう一つ。クリフさんとミラージュさんからの伝言があるんだ。『ディプロの方の準備は整った。いつでも発進できるからさっさと帰って来い』だってさ」
 リーベルの言葉を聞き、フェイトは思った。
(そうか、ようやく準備ができたんだな。いよいよこの星ともお別れか……)
 そう思うと少し悲しくなってきた。この星にはたくさんの思い出が詰まっている。大勢の友達だっているのだ。だが、それらの人達には昨日のうちに別れの挨拶を済ましてあった。
 と、そこでフェイトはあることを思い出し、言った。
「なあ、マリア、マユさん。悪いけど、ちょっと席を外してくれないか? リーベルに大事な用があるんだけど……」
 その言葉自体は嘘だった。とてもじゃないが、『大事』などと呼べるようなことではない。ただの好奇心だ。
 だがそのことを知らない二人は、黙って部屋から出て行った。部屋の中に沈黙が降りる。
「俺に用があるってことは……薬の効果に罹ってしまった時に何か………」
「いや、それのことじゃないんだ」
 沈黙に耐えかねて口を開いたリーベルの言葉を、ベッドの上で身を起こした姿勢のままのフェイトはやんわりと否定した。
「いくつか質問があるんだ。でもその前に………ソフィア、起きてるんだろう?」
「………いつから気付いてたの?」
 ソフィアがベッドから身を起こし、すぐ隣で同じ姿勢を保っているフェイトに訊いた。
「初めから。寝息がいつもと違ったからな。それはともかく、ソフィアも僕と同じ事をリーベルに訊こうと思ってたんだろ?」
「うん、だって気になるじゃない。指輪のこと……」
「………指輪?」
 ソフィアの言葉を聞き、リーベルは自分がはめている指輪を見て、ああなるほどと言った。フェイトが具体的な質問をする。
「なあ、リーベル。お前はいつからマリアと付き合い始めたんだ? いつ指輪をプレゼントした?」
 フェイトの質問に対して、リーベルはわりと落ち着いた対応で返した。
「まあ、待て待て。そう一度に説明できることじゃないさ。順番に説明していくからよく聞いてろよ?」
 ニヤリと笑いながら言った。以前なら顔を真っ赤にして否定の言葉を並べるハズの彼だが、見たところ何となく彼自身に余裕がありそうな雰囲気だった。
「『いつから付き合い始めたか』だが、あれは確か、お前らがFD空間から帰ってきてすぐのことだったな。その時はマリアが落ち込んでてな、慰めにでも行こうかとしていたところ………お前とランカーさんが遠くから見つめていたから待つことにしたんだ。二人が居なくなるまでな」
 ちなみにだが、リーベルは仕事中と決めた時以外は、マリアのことを『リーダー』とは呼ばずに呼び捨てで呼ぶ。『さん付け』で呼ぶのはよっぽど改まった時だけだ。
「やっぱりバレてたのか、うまいこと隠れたと思ってたのに……」
 フェイトが残念そうな声を上げたが、リーベルは気にせず続けた。
「ま、それから二人が居なくなったのを見計らってマリアの部屋に入って……後は想像の通りだ。そこで告ったんだよ」
「……じゃあ、次の質問だ。指輪はいつ、『何て言って』マリアに渡した? これが一番聞きたかったことなんだけど……」
「私もそれが知りたいな。何て言って渡したんですか?」
 フェイトもソフィアも、顔をニヤニヤとさせながら尋ねる。その雰囲気に押されながらもリーベルは、
「何って……マリアがルシファーとかいう奴のとこから帰ってきた日に、普通に『マリア、誕生日おめでとう』って言って渡しただけだけど……」
 それを聞いた瞬間。
『………は?』
 フェイトとソフィアが揃って間抜けな声を上げた。

⇒To Be Continued...

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