帰宅
作者: 柊 睦月   2008年04月13日(日) 21時53分33秒公開   ID:wa0SVdPpSDI
 厚い雲が、空一面を覆っている。外は薄暗く、今にも雨が降り出しそうだ。
 そんな梅雨空の下、成歩堂芸能事務所に明るい声が響いた。
「ただいまー、パパ!」
 勢いよくドアを開けたのは、ピンク色のシルクハットとマントを身につけた、小さな少女だった。この少女――成歩堂みぬきは、九歳にしてプロの魔術師だ。
「おかえり、みぬき」
 みぬきの声に反応し、奥からパーカーを着た男が現れた。特徴的なとがった髪型。一年前にみぬきの義父となった、成歩堂龍一だ。
「今日の学校は楽しかったかい?」
彼は、優しい目でみぬきを見ながら尋ねた。みぬきは、白い歯を覗かせて笑う。
「うん、楽しかったよ! あのね、作文で、パパのことを書いたんだよ」
「パパのこと?」
 龍一は首を傾げた。
「うん。みぬきのパパは、前はとってもすごい弁護士で、今はとってもすごいピアニストです、って」
 みぬきは得意げに言った。その目は輝いている。
「そうかぁ。それは嬉しいな」
 まっすぐな言葉に、龍一は照れたように笑った。
「それでね」
 みぬきは続ける。
「いつか、パパと一緒に大魔術をしてみたいです、って書いたんだよ」
 彼女の、明るい言葉。しかし、それは龍一の笑みをかき消した。
 パパと一緒に、“大魔術”――
 龍一の記憶に、一年前の出来事が蘇った。みぬきが、実の父親と別れてしまった事件。あれから一年余り、彼女はその父親のことを忘れてはいない――
 いつも、純真な明るい笑顔を見せるみぬき。今もそうだ。その表情からは、暗い感情は感じられない。
 ――しかし、そんなみぬきも“寂しさ”を抱えているはずだ。
 龍一はそう思った。
「パパ? もう、みぬきの話ちゃんと聞いてるの?」
 みぬきは膨れっ面だ。龍一は慌てて答える。
「ああ、えっと、大魔術を……?」
「うんっ! 世界中の人たちがびっくりするような大魔術! パパも一緒にやろうね!」
 みぬきは再び輝きだした。
「うん……できるといいね、みぬき」
 龍一はあいまいに笑った。
「ゼッタイ、やろうね! 約束だよ、パパ!」
 笑顔でそう言うみぬきを、黙って見つめる龍一。やがて、ゆっくりと口を開いた。
「ああ。約束だ、みぬき」
 彼がそう言うと、みぬきの笑顔はますます明るくなった。
「――じゃ、手を洗っておいで」
 龍一は、娘に言った。彼女はうなずく。
「うん! ちゃんとうがいもしてくるね」
 無邪気な声。マントを翻して、軽やかに洗面所へ向かう。龍一は、小さな背中をじっと見つめていた。
 窓の向こうの、曇った空。静かに、雨が降りだした。

■作者からのメッセージ
 こんにちは、柊 睦月です。道場への投稿は二回目になります。今回は、部活の締め切りに挟まれていることもあり、SS(掌編?)を書くことにしました。こんなに短い小説を書いたのは初めてです。
 この小説のテーマは、“隠れた寂しさ”です。いつも笑っていても、どこかに隠れている寂しさ…。実父と別れてしまったみぬきちゃんも、やはり寂しさを抱えているはずだ、と思って書き始めました。そして同時に、“娘を見守る父親”となったなるほどくんも書くことになりました。いつまでも、みぬきちゃんを優しく見守っていてほしいな、という願いも込めて。
 季節設定は一応、夏です。梅雨の時期です。季節はずれですみません。実は年月日まで決まっているのですが…出さないことにしました。
 まだ二次小説にも三人称にも、SSにも慣れていないので、不自然なところがあるかと思いますが、批評・感想をいただければ幸いです。
 では、最後までお読み下さり、本当にありがとうございました。

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