逆転の友情C | |
作者:
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2007年11月12日(月) 20時42分44秒公開
ID:IRXLrTXQrOs
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Cよみがえる悪夢 6月25日 午後4時20分 麻里香の自宅 寝室 〜麻里香〜 いやな予感が胸をよぎった。何かひどい事件のおこる――そんな予感が。 こういうことに関して、私の予感はよくあたる。この話をすると、やっぱり検視官だから事件には敏感なのだという風に勘違いされることが多い。一般的にそういう傾向はあるのかもしれないが、私の場合そうではなくどちらかというと先天的なものだった。 私は覚えていないのだけど、母が言うには、幼い頃から私が怖いといって泣きついてきたあとに凶悪な連続殺人事件や悪質な幼児連続誘拐事件がおこったりしたそうだ。幸いまわり――特に母は私のこの少し奇妙な能力を自然に受け入れてくれたのでつらいということはなかったが、自分は他の人とは違うのではないか――どこかでそういう風に思っていたせいか本当に仲のいい友達はほとんどいなくて、小学校、中学校と表面上の付き合いが続いた。 高校にあがり、またこれまでの様な薄い友達関係が続くのかな――そう思っていた時、私は巴に出会った。巴は真面目で頭がよくて完璧な優等生だったけど、今まで会った他の女の子達とはどこか違う雰囲気を持っていた。 友達がいないわけではない。むしろ人望もあってどちらかと言えばみんなに慕われていた。それなのに同級生の女の子達のようにベタベタとくっつかない。だからと言って冷たいわけではなく、気配りもできるしとても優しい。 一言で言うと、大人っぽい。 巴のその大人っぽさは元来の性格に加えてその家庭環境によるところが大きく、ある種そういう風にふるまうしかなかったところがあったのだろうが、当時の私はそんなことも知らずに、ただ付き合っていて楽というだけの理由で巴と仲良くなった。 その出会いによって私は変わった。 友達と過ごす日々の楽しさを知り、深く人と関わることにも興味を持つようになった。将来の夢ができ自主的に勉強もするようになった。 それから十数年。いろいろなことがあったけれど、巴は私のかけがえのない親友だ。あの時はまだ小さかった茜ちゃんだってもう高校生になった。 それにしても茜ちゃんは本当によく巴に似ている。本人達は否定するけれど、今は一緒に暮らしているからよくわかる。 自分の夢に向かってまっすぐなところとか、友達が多いところとか。 あ、そうだ! 巴に手紙書かないと――そう思って立ち上がったその時、電話がなった。 プルルルルというその音は、いつもより何倍も不吉だった。 同日 午後4時20分 麻里香の自宅 茜の部屋 〜茜〜 学年末テストから解放されて早くも三週間がたった。正直テストの点数はそんなによくなかったけど幸い追試や補習にはならなかったし、宿題だって日本よりははるかに少ないからすぐに終わりそうだ。というわけで、あたしは日本とは比べ物にならないくらい長い夏休みを満喫している。 おとといは麻里香さんの久しぶりの休みだったから二人で遊園地に行ってきたし、昨日はルーシーとメアリーを家によんで一日中プールで泳いだりゲームをして遊んだりしていた。今日は科学部の活動があって学校に行っていたけれど、それも3時ごろに終わったのでこうして自分の部屋でくつろいでいる。 それにしても遅いな、メアリー。ルーシーと話したら連絡するって言ってたのに……どうしたんだろう? というのも、今日あたしたちは学校帰りに近所のおいしいアイスクリームを食べに行こうって言ってたんだ。けれど、さあ帰ろうっていう時になって、あたしたちはルーシーがメアリーを探してるってことを聞いた。そのまま帰ってもよかったけれど、やっぱり大親友が探してるっていうのは気になる。だけど時間がかかるし見つかるかどうかもわからない。ということで、あたしはいったん帰宅し連絡を待ち、メアリーは学校でルーシーと話してからあたしに連絡する、という手はずになった――のだけど。 さっきから一向に連絡が来ない。早くしないとお店が閉まっちゃうよ。 その時、麻里香さんの呼ぶ声が聞こえた。 「茜ちゃーん、ちょっと来て!」 メアリーから電話がかかってきたのかもしれない! そう思ってあたしは走って聞きにいってみることにした。 同日 午後4時25分 麻里香の自宅 寝室 麻里香さんはいつになくそわそわとしている。何かあったのかな? メアリーからの連絡ではなさそうだ。受話器は置いてあるし…… 「驚かないで聞いてね。実はさっき先輩から電話があったんだけど――」 一度深呼吸して決心がついたのか、そう前置きしてから麻里香さんは驚くべきことを口にした。 「ルーシーが殺されそうになって、第一発見者のメアリーが殺人未遂の容疑で逮捕されたそうよ」 「えええええええええええええーっ? ルーシーとメアリーってまさか……」 嘘だ! そんなはずはない。きっと何かの間違いに決まってる……そう思いたかった。 「そう。茜ちゃんの友達のルーシーとメアリーよ」 大きな音をたててガーンという強い衝撃とともに、頭の上に重たい石が落ちてきたような気分だった。きっと悪い夢を見てるんだ――そうに決まってる。そう思いつつもあたしの頭の中には今までに関わったいくつかの事件の記憶が蘇ってきた。舞い上がる壷、格闘する二人、赤い車、お姉ちゃんからの電話――たとえ解決したとしても事件はみんなを傷つける。なのにまた事件が起こるなんて…… 悪夢ならよかったのに。夢ならきっといつか終わるはずだから。どんなに苦しくたって現実じゃないんだってわかっていれば耐えられるから。 「……ねちゃん、大丈夫? 茜ちゃん?」 ショックで言葉を失ったあたしを心配してか、麻里香さんが声をかけてくれる。 「一応病院の場所と留置所の場所聞いてるから」 「……ありがとう」 なんとかそれだけ言う。 「あ、あとメアリーの弁護士なんだけど――」 ――弁護士! その言葉を聞いてあたしはようやく気づいた。 ルーシーは今病院で死と戦っている。メアリーだって留置所で孤独な思いをしているだろう。 つらいのはあたしじゃない。ルーシーとメアリーなんだから。 あたしがするべきことは落ち込んでいることじゃない。 「ビルに頼めると思うから、茜ちゃんからメアリーに話してくれる? 私はビルとメアリーのご両親に話してくるから」 「……うん。わかった」 あたしはうなずいた。二人のピンチ、ここは親友としてあたしがしっかりしないと! 「ここに地図を置いとくね。私は今からビルに電話するから」 そう言って麻里香さんは部屋を出て行った。 よし! あたしも行動開始しよう。 同日 某時刻 病院 集中治療室前廊下 あたしは今、集中治療室の前にいる。ルーシーの両親も駆けつけてきていたけど、ついさっきお医者さんに連れられてどこかへ行った。 親切な看護婦さんによると、この中でルーシーは今も生死の境をさまよっているらしい。ガラス越しにたくさんの医者らしき人や看護婦らしき人が見える。あの真ん中にルーシーはいるのだろう。面会は当分禁止。家族すら入れてもらえないその部屋に、ただの同級生にすぎないあたしなんか入れてもらえるわけもなかった。 「あら、宝月さんじゃない?」 「――校長先生! どうしてここに?」 校長先生いつも多忙なのに加えて、事件があったからいろいろ用事があるはずなのに…… 「ルーシーが心配だから見に来たに決まっているでしょう? 教え子が大変なときに校務なんてしていられないわよ」 「じゃあ、もしかして麻里香さんに連絡してくれたのは……」 「もちろん私よ。あなたはあの二人と仲が良いし――」 やっぱり校長先生はすごい。あまり学校にいないのにそんなことまで知ってるなんて…… 「――あ、メアリーのところにはもう行ったの?」 「あ、いえ。今からです」 「ちょうどいいわ。ここはもう今日はたぶん入れてもらえないでしょう。今から一緒に行かない?」 たしかにもうすぐ面会時間は終了するし、きっと今日ルーシーに会うのは無理だろう――というわけで、あたしは校長先生と一緒に留置所へと向かった。 同日 某時刻 留置所 面会室 あたしたちが中に入るとそこにはすでにメアリーがいた。震えながらイスに座って下を向いている。かなりショックを受けているみたいで、しばらくあたしたちが来たことに気づかなかった。 「あの、面会の方がいらっしゃっていますけど――」 「……あ、すいません。ありがとうございます」 看守さんに言われてようやく顔をあげたメアリーはこっちを見て目を丸くしている。 「茜! それに校長先生も……」 「ルーシーの病院で先生と会ったんだ」 「ちょうどあなたに会いに行くところだっていうから一緒に来たの」 メアリーはあたしと先生の説明を聞いてようやく納得したみたいだった。 どうしよう。15分しかないから早く伝えないといけないけど、いきなり事件の話をしてもいいのかな。 「メアリー。あの、えーと、弁護士さんのことなんだけど……」 迷ったあげくあたしは単刀直入にそう切り出した。もしあたしがメアリーの立場だったら、下手に気を使われるよりもましだと思うから。 「麻里香さんがだんなさんのビルに頼んでくれるみたい。おばさんとかには麻里香さんから話すって言ってたから……」 あたしはメアリーの様子をうかがいながら続けた。 「あたし絶対に助手にしてもらって頑張るから! 頑張ってメアリーの無実を証明する証拠を見つけるから!」 「ありがとう」 そう言ったメアリーの声は思ったよりしっかりしていたけれど、やっぱりいつもの元気はなかった。 「メアリー」 その時今まで黙っていた校長先生が静かに呼んだ。 「あなたは私の大事な生徒よ。何があってもそれは変わらない。それだけは覚えておいてね」 大きな声ではなかったけれどしっかりと言われたその言葉を聞いて、あたしは校長先生のすごさを思い知った。 「……は、はい!」 そう返事をしたメアリーもこんなことを言われるとは思っていなかったのか、驚いているみたいで声がうわずっている。 何があっても受け入れることは、誰かをずっと信じ続けることと同じくらい難しいことだと思う。 あたしはメアリーが無実だって信じてる。だけど、もし本当にルーシーを殺そうとしたって言われたら? それでも今までと変わらない態度で接し続けるなんて――できそうもない。メアリーだってルーシーだって大切な友達なんだもの! 「すいません。そろそろ面会時間終了です」 と看守さんが言った。 「まあ、本当ね! もう15分もたっているわ」 先生が時計を見ながら言った。 「私たちはそろそろ帰りましょうか。ね、宝月さん?」 「はい。それじゃあ、また来るからね!」 そう言ってあたし達は留置所を後にした。 同日 某時刻 麻里香の自宅 玄関ホール あの後仕事に戻るという校長先生と途中で別れて、あたしはとりあえず家に帰った。 「あ、ちょうど良かった!」 さっきまでビルと話していた麻里香さんがあたしの方を見て言った。すごくほっとしているみたいだけど……どうかしたのかな? 「茜ちゃん、今からビルと一緒に留置所まで行ってくれない?」 麻里香さんが突然切り出した頼みは願ってもみないもので、あたしは思わず聞き返してしまった。 「え? い、いいんですか?」 「僕からも頼むよ。実はこのくらいの年の女の子の弁護をするのは初めてでね――」 「メアリーにとっても私が行くより茜ちゃんが行くほうがいいでしょう? それに茜ちゃんも事件のことを気にしないのは無理だと思うから……」 いっそのことこういう形で関わるほうが前向きでいいと思う、と麻里香さんは言った。ビルも麻里香さんもあたしに気を使っているのか、いつも以上に優しかった。 「じゃあ、助手にしてくれるんですね?」 あたしは勢い込んでそう言った。ちょっと勢いが良すぎるくらいに。 麻里香さんたちの優しさが嬉しかった。所詮、赤の他人にすぎないあたしのためにいろいろ考えてくれた二人の優しさに答えなければって思った。 もちろん一番大きな理由はメアリーを救いたいから。だけどそれだけじゃなくて純粋にビルの役に立ちたいという気持ちだとか、麻里香さんにいいところを見てもらいたいだとか、そういう感情があったのも確かで……言葉じゃうまく言えないけど、そういう気持ち全部が合わさった言葉だった。 「もちろん」 「決まってるでしょ!」 ビルと麻里香さんが同時に言った。 「これから頼むぞ、茜クン!」 ビルが笑いながら言ってきた。だからあたしも少しふざけたふりをして、だけど気合をいれて言った。 「はいっ! 先生、よろしくお願いします」 ⇒To Be Continued... |
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