逆転の音楽を奏でて |
作者:
灰音
2007年11月06日(火) 23時21分02秒公開
ID:9esqcSRFbyM
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─a cappella─ 【楽器を使わない無伴奏合唱曲】 10月 20日 午後10時 5分 成歩堂なんでも事務所 「ねーねーオドロキさん! 行きましょうよー」 「そんな、いきなり送られてきたチケットなんかで行きたくないよ。ましてや五万もするステージのチケットなんて…」 「それはきっと、普段の行いがいいからですよ」 (そうかなあ…) 俺の名前は王泥喜 法介。新米弁護士だ。 今までの法廷記録は、やはり、というかほんの数件程度。 それでも、今困っているであろう人々のために、俺は今日も日々発声練習をしている。 「オドロキさん。発声練習は困っているひとたちの、何の役にも立ちませんよ?」 「人の心を読むなよ」 ──彼女の名前は成歩堂みぬき。あの伝説の弁護士、成歩堂龍一のムスメだ。 「みぬきはこれでも、プロのマジシャンなんですよ!」 水色のアヤシイ衣装に身を纏う彼女は、まごうことなき魔術師だ。 「コラッ!! アヤシイって言わない!!」 ところで、今俺たちの前にある一通の白い封筒。 この中には、現在ひのまるコロシアムにて公演中の【トレモロ吹奏楽団】のチケット。 実はコレ、五万円もするチケットだったりする。 それもそのはず、この【トレモロ吹奏楽団】は世界で超一流の楽団なのだ。 そんな楽団の来日公演。ほとんど満席という賑わいだそうだ。 そんな大層なチケットが、手紙もなければ名前もない。ポストの中に入っていた… 「折角です。見に行きましょう!!」 「いやいやいや!! もしかしたら成歩堂さん宛かもしれないじゃないか!!」 「パパの物はみぬきの物です」 「いやいやいや!! だから…」 「おーいたいた。ヒマみたいだね。けっこう、けっこう」 ガチャリとドアの開く音。それと同時に聞きなれた、声が。 「あ。パパ! 久しぶり」 「ただいま、みぬき。元気だったかい?」 「ここ数日、見かけませんでしたね」 「うん、ちょっとね。…それにしても… やっぱり、というか、散らかってるね」 「しょうがないよ。パパが道ばたで拾った家財道具、まだ片づけてないもん」 拾った家財道具で生活しているのか…この親子は。 「しょうがないなぁ。せっかくお客様が来るって言うのに」 「え。誰か来るんですか?」 「うん。噂のあの人だよ、みぬき」 噂のあの人、誰だよそれ。 「知らないんですか? オドロキさん遅れてるなぁ」 「いやいやいや、あの人、なんて…」 せめて固有名詞を出してほしい。 「あのトレモロ吹奏楽団のマスター【指揮者】四季 有斗-シキ アルト-さんですよ!!」 「へえ」 悪いけど、知らない。 「その四季さんが、今日、うちにくるんだ」 「へえ…何をしにですか?」 「なにか、依頼したいことがあるそうだよ」 「依頼…ですか」 何の依頼なんだろう。 「あの、何の依頼なんですか?」 俺は、また法廷に立つことができるのか、そう思い、聞いてみた。 「うーん…ちょっと違うと思うけど…」 「?」 「おっ、これこれ。この白い封筒」 「これがどうかしたの?」 成歩堂さんは白い封筒のチケットを取り出すと、俺につきつけた。どういうことだろう。 「じゃ。よろしくたのむよ」 「え」 「みぬきと一緒に行ってきてほしいんだ」 「いっていいの? パパ」 「ああ、もちろん」 「やったあ! オドロキさん、やりましたね!」 「でも、こんなあやしげな…」 「大丈夫。それ、例の依頼人からのプレゼントだから」 「プレゼントですって! オドロキさん!」 はしゃぐみぬきちゃんを横目に、成歩堂さんは俺に耳打ちをしてきた。 「本当はそれ、依頼料だから。みぬきには内緒にしてくれるかな?」 五万のチケットが依頼料なんて… 五万のチケット×三枚 その人にとっては取るに足りない金額なんだろうなぁ… 同日 某時刻 県立ひのまるコロシアム 「わああ、やっぱりすごかったですねぇ」 「うん…」 「フルートのソロや、金管打楽器6重奏…まさにメロディーの光が会場を包み込むような感じでした!」 「そうだね…」 「…」 「…」 「もう! さっきからオドロキさん反応が曖昧です!」 …正直なところ 音楽がこんなに綺麗なものだとは思わなかった。 それは、例えるならば、繊細なメロディー。 音の一つ一つが深く、会場内に透明な鈴のような…そんな音を奏でていた。 「正直、トランペットがあんなに響くとは思わなかったな」 「うーん…そうですねぇ」 「ありがとうございます」 「…?」 「誰ですか?」 コロコロ転がる鈴のような声。 「初めまして。四季 奏-シキ カナデ-と申します」 長い髪を、上で二つに止める、所謂ツーテールというのだろう。贔屓目に見ても15、6。みぬきちゃんと同い年ぐらいなのに、どこか貫禄がある。 「四季…というともしかして…」 「はい、兄から言付かって参りました」 「妹さんだったんですか」 みぬきちゃんは驚いたようだった。 「でも、妹さんがいるなんて聞いたことありませんよ」 「ステージ上では、高音、と名乗っていますから」 プロとしての顔を忘れないため、か。 「成歩堂さんから聞いています。私からも、お願いしたいことがあるんです」 言われて、ただならぬ雰囲気を感じた。 雰囲気だけじゃない。 どこか確信できる…みぬきちゃんもそう思ったらしい。 俺たちは、ステージ裏──誰も来なそうな小部屋──へと案内された。 同日 某時刻 大道具部屋A うわ…ずいぶんと暗い上に、埃っぽいな… 「すみません…できるだけ人には聞かれたくない話なので…」 千鈴さんは電気をつけると、鍵をかけて、「どうぞ」と腰を落とした。 「みぬきたちは大丈夫です」 「それで…話というのは何ですか?」 「じ…実は…」 …? なんだろう、千鈴さん… (なんか、さっきから時計ばかり気にしてますね) (みたいだな) さっきからちらちらと壁時計を見ては不安そうな顔をする。 「話というのは、弁護士さん…」 「はい」 「兄を…助けてほしいんです!!」 ガシャン!! 「!?」 「!?」 「!?」 て…停電? 【会場の皆様、落雷事故により、電源が落ちました。復旧するまでしばらくお待ちください】 「……」 「……」 落雷…か。 「そういえば、天気予報でも雷雨が降るって言ってましたね」 「一応、の事を考えて携帯電話を持ってきておいて良かったです」 「どうしてですか?」 「このステージは、電源が落ちると内線までもが使えなくなってしまうんですよ。内線だけが復旧できない場合もあるので」 「そうなんですかぁ…」 「あ、ついてきましたよ。電気」 チ、チ、とだんだん電気にも明るさが戻ってきた。ほっとした、その瞬間。 「きゃあああああ!!」 「!?」 「!?」 「!?」 なっなんなんだ!? いったい、今の叫び声は…っ! 「行ってみましょう! オドロキさん」 行動が早いみぬきちゃん。 俺もこうしちゃいられない。 一体、何があったのか… 「私も…行きます!」 「けど、千鈴は…」 「お願いです!」 「…」 力強く、そこまで言われてしまうと拒むわけにはいかない。 「…わかりました、行きましょう」 「! …ありがとうございます」 「とにかく急ぎましょう」 俺たちは、今の部屋を出て、楽屋前廊下に出た。 |
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