逆転酒場
作者: null   2007年09月25日(火) 00時58分07秒公開   ID:HdorcZsN1FU
「ほんとに…ほんとに申し訳ないことぢゃった。
あの…会長選挙にワシが勝っておれば、流れは全く違ったぢゃろうに。
孫弟子のチミを助けるどころか、足を引っ張るような 結果になってしまっての...。
本当に、ワシの力が及ばんばっかりに、も、申し訳ない...」

逆転酒場

カラン♪カラン...

「ほ。しかし、チミからの誘いなんて、めずらしいの。雪はきっと、そのせいぢゃ。」
「いやぁ。勘弁してくださいよ。」
「ほっほっほ」
機嫌良く笑う星影先生を先に店内に入れて、ぼくは傘の雪を払い、戸を閉じた。
連れ立って 階段を降りきると、
今日もボルハチのフロアは満席に近く、平日の夕方なのに 商売繁盛で、なによりだ。

「年末の忙しいところ、こんなところまで すいません。」
「こっちのほうでの用事もあったからの、気にせんでくれ。
…う。こ、ここ、寒いのぉ。暖房入れられるかの?...シリの痛みが...。」
「あ、えーと、別室のほうは暖かくできますから。」
ふ、と こちらを見ていたサカイちゃんに(なんだかんだで、結局、まだボルハチで働いているのだ。彼女は。)
目で尋ねると、彼女は指で丸印を返してよこした。

...事件後、ホテルバンドーの先例にあやかって
事件のことを隠さず、むしろ露出するような宣伝を始めたところ
店自体の新奇さも手伝って ボルハチは大繁盛しだした。
(ちょうど、北欧発の似たようなバーやホテルが
流行り出していたことも幸いしたらしい。)

「用意したのは、例の部屋なんですけど、ほんとにいいんですね?」
「いやいや、こっちこそ、ムリを言ってすまんの。
グルメ雑誌DONCHUで特集されていたのを見てからの、入ってみたかったんぢゃ。
…チミこそ、だいじょうぶかね?」
「電話でも言いましたけど、
あれから何度もここでポーカーをやらされてますからね。もう、慣れましたよ。
それより、先生、ミーハーですね。」
「イヤイヤ、あの雑誌に載る店に、ハズレはないんぢゃ。」
話しながら、移動し、ナラズモの間に落ち着いた。

■P2

「…オドロキ君のこと、本当に有難うございました。
弁護士会主催の勉強会、出席されて…オドロキ君に気を配ってくれたそうで。
いろいろ、彼から聞きました。
今日は、御礼を言いたくて。」
「なになに、なんとなく、の。気になったものぢゃから。
…チミのときには、なにひとつ出来んかったからの。せめても、の気持ちでの。」

食事も終わり、星影先生はズブロッカのロックを片手に、
ぼくはお相伴のソルティドックを目の前に、ぽつりぽつりと喋っていた。

「若手ばっかりの集まりで、疲れたでしょう。」
「いやいや、久しぶりに若い連中に囲まれて話すのは、新鮮で楽しかったの。
青春の日々はぁ…青いレモンのカオリぃ…ぢゃ。
ワシの年になると、みんな、集まれば 病気自慢ばかりでの。
…チミが現役時代に勉強会に参加したときには、ヂを悪くしての、行かれずにひとりにして申し訳なかったの。」
「そんな、昔のこと、いいんですよ。」
「…チミは、出身が法学部でもないしの、あれやこれやあって、ひとりきりの事務所だったしの。
後ろ盾といえるようなものは ワシしかおらんというのに、…7年前も。」
「…それこそ、昔のはなしです。本当に、もう、いいんですよ。」
…カラン
と、カクテルグラスの中で、氷が融ける。

「イヤ…、あれは弁護士連合会会長選挙のあとで、本当にタイミングも悪かった。
選挙に負けたワシは、追い討ちをかけるように、コナカの事件のことを蒸し返され、査問を受けている途中で…。
チミの査問を助けるどころか、チミの審議が始まる前から、査問員の印象を悪くしてしまったようなコトの運びでの。
ワシの事務所の流れを汲むという、そのことが。
…ココロでチヒロ君に、何度詫びたか判らない。
もちろん、チミにも。」
「…そんなこと。
ぼく自身、…弁護士としては許されない迂闊な不始末をしでかしていて。
おまけに、コナカの事件を担当していたのは、ほかでもない、ぼくですし。」
「…うぅ。因果は巡る、というやつかの…。
しかし、チミについては、
バッジ剥奪までいかずに済んだかもしれない、
それが本当に本当に…心残りでの。」

先生のほうを向き直ると、あまりに辛そうな顔をしているものだから、
少し声を大きめにして、明るく言ってみた。

「…なんだか、遺言めいたこと、言わないでくださいよ。
7年間、調査の仕事を廻していただいていて、先生には、感謝してます。」

■P3

「…あれも、慣れないことばかりじゃったろう。民事裁判の下調査、なんての。」
「はは、勉強になりましたよ。だいぶ。」
「いや、まぁ、…の。
きみの調査ブリーフは、担当弁護士にも好評での。
なんだか、ほんとうにこちらが助けてもらってばかりだったような、そんな気がしておる。
…チミの才能は、ほんとうに…惜しい。」
「報酬も少なからず頂いてますし、…そんなに言って頂けて、光栄です。」
手持ち無沙汰な感覚に、ロンググラスに口をつけた。
先生は、じっとこちらを見つめているようだ。

(…実際のところ、民事裁判の調査は、
人生の泥臭い部分を煮詰めたかたまりを、ピンセットでほぐしていくような作業が多く、
なんだか、一生を先取りして経験してしまったような感覚に、
何度も襲われた。
それでも、調査に没頭し、成果をまとめていく達成感は 我を忘れさせてくれたし、
現実問題、不定期とはいえ、家計もだいぶ…助かった。)

先生が、口を開いた。

「…チミと、オドロキ君、ふたりがウチの事務所にきてくれたなら。
と、いう夢をみている。
…と、言ったら怒るかの?」
「…怒りなんて、しませんけれど、驚きました。」
「みぬきちゃんとも、相談してみてくれるかの。」

そういって、先生は ほっほっほ、と笑った。
あわせて、ぼくも はっはっは、と笑う。

■P4

「あぁ、そういえばみぬきに頂いたマジックパンツ、事件でも大活躍でしたよ。」
「ほぉ。法廷記録で見たけれども、あれはあの時のアレぢゃったか。」
「えぇ。そうだったんです。
…ほんと、贈っていただいた初めは、どうかと思いましたけどね、パンツ。
あの前から、ビビルバーで人気の演目でしたよ。」

星影先生を見やると、急に目を光らせ、背筋を伸ばしている。
つられて、こっちも、丸めていた背を伸ばす。

「フッフッ。…チミ、逆転の発想ぢゃよ。
パンツそのものがいやらしいんぢゃない。
印象は、所有者で決まるんぢゃ!
あんな幼い子がパンツを持って、ステージに立ったら、
観客の意表を付いて、かわいらしいぢゃろ。
…チヒロ君みたいな、おねーさんだったらば、
意味が全く、変わってしまうがの。」
「グ、そ、そうですね。」
(たしかに、千尋さんがパンツを持っている姿なんて、刺激的すぎる。)

先生が、ぐぅっと伸びをする。
いつのまにか、ロックグラスが空いている。
「このあと、見せてもらいにいくかの。みぬきちゃんのステージ。」
「やー、ぜひ、行きましょう。
ますます腕が上がりましたよ。あの子は。
さすが、ぼくの娘です!」
「得意げぢゃのう。…オドロキ君にも言ったがの、みんなで、こんどこっちにも顔を見せにきておくれ。」
「はい。」

先生は ほっほっほ、と笑った。
あわせて、ぼくも はっはっは、と笑った。

■作者からのメッセージ
4本編で、弁護士バッジ剥奪の経緯で 牙琉先生しか味方についてくれなかった、と、
あったのが気になっていて。
そこに至る理屈を、考えた結果、捏造だらけになりました。
終盤は、狐と狸 の会話になっています。

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