逆転の食卓
作者: null   2007年09月22日(土) 18時55分50秒公開   ID:HdorcZsN1FU
「…それが本当だったとしても、
そんな得体の知れない品を 法廷に持ち込む迂闊さはね、
どうかと思われたんだよ。

…わかるかね、依頼人に致命的な不利益を与える不始末をおかした、
そんなきみの今後の依頼人は、
審議が始まる前から 不審な目で見られてしまうということ。
万が一、事件のことを知らない一般市民が きみに弁護を依頼したとき...
審議が始まる前から
知らずに不利な条件を背負うハメになるということ。
そんな弁護士が存在してしまうということ。

弁護士全体のクオリティの問題として、
きみに、看板をあげたままにしてもらうわけにはいかないんだよ。
…もはや、誰が あれを作ったのか、なんてこと、
問題はそこから離れているんだ。」

【逆転の食卓】

「…パパ、パパ!」
ゆさぶられて 意識が急に戻ってきた。
…あぁ、ぼくは本を読みながら、眠ってしまっていたんだ。
セーラー服姿のみぬきが、ぼくを覗き込む。

「もう!いま7時だよ。いつからお昼寝していたの?」
「うぅーん。」
生返事をかえしながら、腹の上の本をよける。ソファから身を起こす。

窓の外が もう暗い。
みぬきが 夕食の買い物をしてきてくれたようで、
スーパーの白い袋が、扉の内側のところに固めておいてある。
とるもとりあえず、帰ってすぐに、ぼくを起こしてくれたみたいだ。

「あ、夕飯…。ごめん!みぬき。」
「電話したけど、出ないからね。こんなことだと思って、買い物してきたの。
パパ、つくってよねー。買い物はみぬきがしたんだから!」
「うんうん。きょうは、オドロキ君がいないからなぁ。うっかりダラダラしちゃったよ。」
「あ!オドロキさんから、メールきてたよ。着きましたって。」
「そう。あれ、いろんな人が集まるからね、メール、困ってる様子なかった?」
「うーん。」

唇に指を当てて、考え込む様子が可愛い。
さすがぼくの娘。
「自分でみてみて!はい。…みぬき、着替えてくる。」
と、携帯をぼくに手渡し、奥の部屋へ消えた。

■P2

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差出人:オドロキ
件名:着きました!
本文:
成歩堂さんの携帯が、電源切れてるみたいだから、
とりいそぎ みぬきちゃんにメール。
無事着いて、さっそくいくつかの会に出てみたよ。
いろいろ勉強になった。(ちょっと眠くなっちゃう会もあったけど。)
大学での友達も来ててね、大丈夫!
成歩堂さんにも、よろしく伝えてね。
明日午後2時ごろ事務所に帰ります。
---

(…あの子は、大丈夫、って口癖、あんまり大丈夫じゃないときに出ちゃうこと
自分で気付いてないんだろうか。
あんなに、他人の動揺には敏感なのに。
みぬきも、そこがひっかかったんだろう。)

携帯を置いて、ガサガサと夕飯の支度を始める。
…さんまの塩焼きと、インゲンの和え物と、味噌汁にしよう。
さんまに塩を振って火にかけたとき、みぬきが台所にやってきた。

「ねぇねぇ。オドロキさん一人で参加だもんね。ちょっと心細いのかな。」
「うーん。勉強会ってったね、夜の宴会が主みたいなものだしね。
そこで知り合いを作ってくればいいんじゃないかな。
彼も それを目的に出かけてったわけだし。」
「そんなこといって、パパつめたいなぁ。
付いてってあげたらよかったのに。」
「はっはっは。みぬきにはかなわないなぁ。」
「もう!あ、そういえばね...」

みぬきがきょうの学校でのできごとを夢中で話し始めてくれたけど、
ぼくは少し上の空で インゲンの筋を剥いていた。
(みぬきの話と、インゲンと、そして考えごとで脳を三分割だ。)

年末の弁護士会主催の勉強会は恒例のもので、
ぼくも一度だけ出たことがある。
温泉宿に集合して、昼は勉強会、夜は宴会で、翌朝出立。

そのとき、ぼくも一人での参加だった。
けど、勉強会で隣の席に座った人と話し込んで、知り合いが出来て、
そのひとからまた紹介してもらって知り合いが出来て...。
弁護士同士の世間話や、ウワサ話、なかなか面白いもんだと思ってた。
(しかし、サイコロックが ばしばし作動しちゃうもんで、結局フロントに貴重品として預けたりなんてしたっけ。
…みんな喰えないヤツばかりだ。)

あぁ、そのとき初めて牙琉と顔を合わせたんだっけ。
宿備え付けの浴衣、似合ってなかったなぁ。

■P3

しかし、オドロキ君は。
牙琉のところに入所したのもつかの間、あんなことになって。
おまけに、いわくつきのぼくの下で働いてるし。
…どっちだろうな。好奇心で寄ってくる人間がいるか、それとも敬遠されちゃってるか。
(メールの様子だと、昼の間は、後者だったんだろうな。)

もし、事件を知らない(それはそれで問題だけど)、もしくは事件と彼の顔が結びついてない、イイ奴がいたら、
いいんだけどな。
そんなこんなで、彼、よその事務所にスカウトなんて、されてきたらどうしようかな。
(実際、それは勉強会ではよくある話らしいし。)

…ぼくの、ぼくの下にいるよりも…

「焼けたよー!」
みぬきの声で 我に返った。
「もう パパ、みぬきの話、聞いてなかったんでしょ。」
「聞いてたさ。さとう君主催のクリスマス会だろ?
…ほかの子も参加するんじゃないと、行っちゃだめだよ。
ふたりきりなんてダメだからね。」
「心配性だねぇ、パパはー。ほんとにそんなんじゃないのに。」
(うん、和え物も手元にちゃんと出来てる。
習慣って、すばらしいなぁ。)
「味噌汁は みぬきが作ったからね。たべよ!」
「うんうん、ご飯は…まだ冷凍庫にあったよね。」
ラップでくるんだご飯を取り出して、電子レンジにかける。
さんまを取り出して、皿に載せる。

「パパー!机のうえ、片しちゃうよ。」
隣の部屋へ、とことこと食卓の用意をしに行った みぬきから声がかかる。
「うん。適当によけちゃって。」
「はんれいしゅう...?」

皿を おぼんにのっけて、隣の部屋に行くと、みぬきが本を片手に小首をかしげていた。
「パパ、勉強してるんだね。エライエライ。」
「やー。眠っちゃったけどね。」
みぬきが手を差し出してくれたので、お盆を机において、頭を下げる。
小さな可愛い手が、ぼくの頭を撫でてくれる。

■P4

ちょっと、目じりに涙がにじむ。
この手を、この手が大きくなるまで、支えていくすべを なんとしても立てなきゃいけないんだ。
もう、ぼくの過去が片付いたいま、さて…。

ピー!ピー!

「あ、電子レンジが鳴った。みぬき取ってくるねー。」
「…うん。」

食卓を整えながら、ぼくは思う。
7年前の時点で、すでに弁護士会のお偉いさんから
「誰が捏造品を作ったかは もはや問題じゃない。
誰が、それを法廷に持ち込んだか、なんだ。」
と、言われてる。
(ぼくも、そう考えていたし、いまも それは変わらない。)

司法試験の学科は通ったとしたって、その先は。

ぼくも必死だったから
ここまで(半ば強引に)付き合ってもらっちゃったけれど、
オドロキ君が帰ってきたら、
いろいろ、話をしてみなくちゃいけないな。

「パパ、食べよー。テレビつけてもいい?」
「うんうん。」

「「では、いただきます!」」

■作者からのメッセージ
あとがき:
初書き。文中のはんれいしゅう…判例集。
4プレイ後、冒頭に書いたようなところが、気になってて。
言葉にしてみたら、なんだかだらだらと夕食前のひとこまがつづきました。
弁護士会主催の勉強会、なんてものは捏造です。

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