明日へ向かって‥‥ 〜ゴドーの今〜
作者: はーぴん   2007年09月09日(日) 11時03分38秒公開   ID:PPct3HfgZyM
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『神乃木先輩‥‥‥‥‥』
 もう、お前はいないんだよな‥‥‥‥チヒロ。

 俺は神乃木 荘龍。元弁護士だ。今は検事・ゴドーをやっている。だが、もう検事席に立つ事はねえだろう。
 俺は七年前、人を殺した。『守る』為だったが‥‥‥。そんなのは言い訳になんねえ。人ひとりの命を奪ってしまったのは事実だからな。それで今日、出所した。
 あれから七年‥‥‥‥外の世界で何があったか俺は知らねえ。刑務所に入りたての頃は成歩堂 龍一や綾里 真宵がよく面会に来ていたが、そのうち全くこなくなっちまった。クッ‥‥‥‥また地獄から蘇ったみたいだな、俺は‥‥‥‥。
 ゴドーブレンドを口にしながら、俺は自分の考えに染まっていた。これから、どうしたもんかな。倉院の里には、まだ行けねえな。アイツに申し訳ねえ。さて、どうしたもんかな‥‥‥‥。
 しばらく歩いていると、ある事件の現場となったフレンチ料理店『吐麗美庵』を発見した。‥‥まだ続いていたのか。とりあえず、入ってみるかな。
 
 俺が店に入ると、例のあの店長が香水を匂わせながら奥から出てきた。コイツは確か、本土坊 薫。相変わらず変わっちゃいねえ。変わったのは、前より本土坊の香水がキツくなったぐらいだ。
「あら〜、ビィアンウ゛ニュ! いらっしゃ〜い。あなた、一人?」
 クッ‥‥‥独りか。
「男は、一生死ぬまで一人だぜ。」
「プルコワ? まあ、いいわ。座ってちょうだい。」
 俺はさっそくイスに座った。相変わらずいねえなー、客が。そういえば‥‥‥前に被告人になったここのウエイトレスはどこにいっちまったんだ?
「なあ、アンタ。前にここにいたメガネのウエイトレスは、どうしたんだ?」
「え? ああ、マコちゃんの事ね。彼女ねー、き・た・の・よ! プランタンが!」
 プランタン? ‥‥‥ああ、春かい。まさか‥‥‥
「結婚したのか?」
「そう! それで、結婚式の時に香水をプレゼントしたの。ところで‥‥‥どうして、あなたマコちゃんのこと知ってるの? プルコワ?」
 コイツ‥‥‥俺の事覚えてねえな。まあ、いい。俺も、今までコーヒーを何杯飲んだか覚えてないしな。
「クッ‥‥‥人は誰でも、どこかで出会っているのさ。」
「?」
「コーヒーのおかわり‥‥‥‥頼むぜ。」
 俺が頼むと、本土坊はそそくさと店の奥へ行ってしまった。
 しかし、結婚していたとはな。やはり、世界は変わっているのか‥‥‥‥‥ん? この隣の席に置いてあるのは‥‥‥‥スポーツ紙? 前の客の忘れもんかい? 表紙は‥‥‥‥『元・エリート弁護士再逮捕! 七年越しの事件、ついに決着』‥‥‥‥弁護士? 
 俺は気になって、続きを読んでみた。
『先日、浦伏影郎さんを殺害した容疑で逮捕されていた元・弁護士、牙流 霧人(33)が、イラストレーターの絵瀬 土武六氏殺害と、その娘の絵瀬 まことさん(19)殺害未遂で再逮捕された。実はこの一連の事件は、一時期世間を騒がせた『或真敷 天齋殺害事件』に大きく関わっているという。そして一番の驚きは、この裁判の総指揮をしたのはあの『伝説』の元・弁護士、N・R氏だという事だ。N・R氏は‥‥‥‥』
 この七年間でこんな事が起こっていたとはな。知らなかったぜ。ところで、俺が気になるのはこのN・R氏。まさか‥‥‥‥
 成歩堂 龍一?
 ‥‥‥そんな事ある訳ねえ。アイツはチヒロから全てを受け継いだんだ。そんな奴が弁護士なんか辞めている訳ねえ。クッ‥‥‥‥考え過ぎだな。
「あなた、コーヒーよ。シルウ゛・プレ。」
 本土坊がコーヒーを持って奥から出てきた。って事は、ウエイトレスがいないって事か?
「ああ、ありがとよ。ところで‥‥‥」
 そうだ、コイツに聞いてみよう。
「成歩堂 龍一は知ってるか?」 
 すると本土坊は、もちろん知っているとでもいうような顔をしていた。
「メ・ビアン・シュール! 知ってるわ。確か‥‥‥‥捏造をして弁護士を辞めさせられたとか。バカな男ね。」
「な‥‥‥‥なんだって!? それ、ほんとうなのか!?」
 思わず俺は本土坊につかみかかってしまった。
 アイツが‥‥‥‥‥弁護士を辞めた!?
「ほ、本当よ! ‥‥‥‥ああ、でもそれは濡れ衣だったって話ね。」
 そうだったのか。
「‥‥‥コーヒーご馳走さま。勘定だ。」
「は、はい。わかったわ‥‥‥‥。メルシ・ビエン‥‥‥。」
 さっさと勘定をすませると、俺は店を後にした。

 俺は歩きながら、怒りに満ちていた。
 成歩堂 龍一‥‥‥‥なんで弁護士を辞めちまったんだ!?
 お前は‥‥‥‥チヒロからすべてを受け継いだんじゃねえのかよ!?
 なのに‥‥‥‥なんでだ!!!
 あんな男、認めるべきじゃなかったのか‥‥‥? 試すべきじゃなかったのか‥‥?
 だったら、俺は何の為に地獄から蘇って‥‥‥‥‥
 その瞬間、俺はある事に気がついてしまった。

 俺は今、何の為に生きている‥‥‥‥‥?

 綾里 真宵は‥‥‥‥‥もう、命の危険がおびやかされる事はないだろう。
 成歩堂 龍一‥‥‥‥アイツは一度認めてしまった男だ。それに‥‥‥もうアイツは弁護士じゃない。
 そもそも‥‥‥‥‥何故俺は一度、蘇ったんだ? 綾里 真宵を守る為か? 成歩堂 龍一を試すためか? だが、そんな事したって俺の『アイツ』への‥‥‥チヒロへの懺悔は一生消える事はねえ。それに一番の事は‥‥‥‥チヒロはもう帰ってこない。
 どうして、神様は俺を生かしていたんだ? チヒロを守れなかった俺を‥‥‥‥アイツを助けずに、どうしてこんな俺を助けたんだ? こんな思いをするなら‥‥‥‥俺もチヒロの元へ行かせてもらいたかった‥‥‥‥‥。
 何の為に‥‥‥‥‥人は生きるんだ?


 ここは‥‥‥‥‥
 目の前には、二階建てのビルがあった。階段が二階につながっている。下は喫茶店らしくて、上には‥‥‥
 色々考え事をしているうちに、俺は来てしまったみたいだ。『成歩堂法律事務所』に‥‥‥‥。とは言っても、今は『成歩堂なんでも事務所』らしいがな。
 クッ‥‥‥‥どんな顔してアイツに会えって言うんだ。アイツには会いたくもねえ。俺がその場を去ろうとしている時だった。
「!!!!!!!!!!!」
 な、なんだ? 人が‥‥‥降ってきた?
「う、うわ!」
 俺はその降ってきたものの下敷きになっちまった。イテテテテ‥‥‥。一体なんなんだ? 顔を上げてみると‥‥‥‥!
 
 チ、チヒロ‥‥‥‥‥‥?


『神乃木先輩‥‥‥‥大丈夫ですか?』
 ‥‥‥! こ、この声は‥‥‥‥‥チヒロ!?
『どうしたんですか、神乃木さん? とっても辛そうですよ?』
「ち、チヒロなのか!?」
『は、はい‥‥‥。やっぱり、おかしいですよ。今日の神乃木さん。』
 これは‥‥‥‥夢なのか? 俺の前でチヒロが笑っているなんて‥‥‥‥
『じゃあ、先輩。私、行きますね。』
「え?」
 何だって! やっと会えたばかりというのに‥‥‥‥
「ま、待て! チヒロ! まだ行かないでくれ!」
 だがチヒロは、ただニコッと笑ってスッと闇に消えてしまった。
「チヒロ‥‥‥‥チヒロオオオオオオ!!!!!」


「あ、あの‥‥‥」
 ‥‥‥! ここは‥‥‥‥‥
「大丈夫ですか? 私が倒れかかってしまってから気を失ってしまったみたいで‥‥‥‥」
 いつの間にか俺は、気を失ってしまっていたらしい。そして今は近くのベンチの上にもたれかかっているみたいだ。という事は、やはり『アレ』は幻か‥‥‥‥。
「ごめんなさい。私、階段の所でつまずいてしまって‥‥‥それで、あなたの上に乗ってしまったんです。本当にごめんなさい‥‥‥‥。」
 この声はさっきの‥‥‥‥‥チヒロなのか? 恐る恐る顔を上げてみると‥‥‥‥
 そこにいたのはチヒロじゃあなかった。
 いたのは‥‥‥‥女か。栗毛色の髪で、ドレスのような服を着てる。それに‥‥‥‥腕輪? クッ‥‥‥‥俺とした事が。別人のコネコちゃんをチヒロと間違えるなんて‥‥‥‥。幻もいい所だな。
「どこかおケガは?」
 そのコネコちゃんはじっと俺を見つめてきた。コイツのどこを、俺はチヒロと間違えたんだ?
「あの‥‥‥‥‥何か?」
「ん? ‥‥‥‥ああ、なんでもないぜ。体も、大丈夫だ。」
 どうやら、見つめちまったようだぜ。この俺が。
「そう。よかった‥‥‥‥。」
 その人はホッと胸を撫で下ろしていた。だが俺の腕を見た途端、その顔はまた緊張に満ちたものになった。
「でも‥‥‥‥‥腕、すりむいてますよ?」
「?」
 俺は自分の腕を見た。だが、腕にはただ俺の着ている白い生地に線がピッと入っているだけで血なんて出ちゃあいなかった。‥‥‥‥少なくとも俺の眼には、だがな。クッ‥‥‥‥
「心配しなくていいぜ。コネコちゃん。」
「え‥‥‥? でも、血が‥‥‥」
「俺の世界に赤はねえんだぜ。」
「? どういう事ですか?」
 この話をしたって、何にもならねえと思うが‥‥‥‥
「俺の目はな‥‥‥‥もうとっくにいかれちまってるんだ。だから、こんな不気味なマスクぶら下げてるんだぜ。だからと言って、全て見える訳じゃねえ。赤い物が何一つ見えないんだ。」
 こんな話、誰もが不気味がるだろうと思っていた。だが‥‥‥‥この人だけは違っていた。俺の話を、俺の眼を見てちゃんと聞いている。その眼は‥‥‥‥裁判の時のチヒロの眼にそっくりだ‥‥‥‥。だから俺は、この人をチヒロと間違えたのかもしれないな。
「ど、どうしてそんな事に‥‥‥‥‥?」
 何故かはわからねえ。だが、この人には全て話せる気がした。
「昔‥‥‥‥毒を盛られたんだ。それで奇跡的に目覚めたが、その代償がこれだ。まあ、これはもしかしたら罰かもしれないな‥‥‥‥。大切な人を守れなかった俺への‥‥‥。」
「?」
 そうだな‥‥‥‥。今、気がついた。これは、俺への罰か‥‥‥‥。
「俺が目覚めたとき、俺にとって一番大切な‥‥‥‥世界でたった1人の大事な人がもうこの世にはいなかった。殺されていたんだ。そうだ‥‥‥‥これはアイツを守れなかった俺への罰なんだ。俺が今、独りなのも‥。」

『先輩‥‥‥‥‥。』
 目覚めたとき、アイツが待っていると信じていた。
 いつもの笑顔で俺を‥‥‥‥‥。
 だが、アイツはもういなかった。
 俺が眠っちまっている間に、行っちまったんだ。
 肝心な時に俺は、寝てたりして‥‥‥‥。
 ごめんな、チヒロ‥‥‥‥‥‥。

 ‥‥‥‥! おっと。自分の世界に入っちまったな。
「クッ‥‥‥‥悪かったな、こんな話して‥‥‥‥」
 チラッと横を見てみると、コネコちゃんは眼にあふれるほどの涙を溜めて俺を見つめていた。どうしてだ? 赤の他人だろ‥‥‥?
「あ、ごめんなさいね。泣いちゃって。でも私、涙をこらえきれなくて‥‥‥‥。あなたは今、独りでつらいでしょうね‥‥‥‥。」
 ‥‥‥‥何がわかるんだ? 赤の他人のくせに‥‥‥‥‥
「何がわかるんだよ。アンタになんで俺の気持ちがわかるってんだよ!!」
「わかりますよ!」
 その人は涙をぐっと我慢すると、俺をじっと真剣な眼で見て話し出した。
「私だって‥‥‥今までずっと独りだった。何もない暗闇の中で‥‥‥‥。実は私もずっと目が見えなかったんです。」
「あ、アンタが!?」
 この人も目が見えなかった!?
「そうです‥‥‥‥。それに、私にはすがれる人なんかいなかったんですよ。暗闇の中、私は独りで‥‥‥‥。だから、アナタの事をちっともわからないなんて思わないで下さい。」
 するとこの人は、俺から目をそらしてただうつむいていた。
「なあ、教えてくれ。どうして俺達は今もこう生きているんだ? なんで死なないんだ?」
 この俺の質問に、この人はいきなり立ち上がった。そうすると、青く晴れた空を仰いで俺に語りはじめた。
「私‥‥‥目が見えるようなってから、希望を取り戻す事が出来たんです。ずっと独りだと思っていた私には、大切な人達がいたんです。失われた時間は取り戻せません。だけど、私心から思う事ができたんです。生きていてよかった、って。だからあなたにも、きっとそう思える日が来ると思います。それに、さっきのあなたの質問ですけど。これは、私が人から教えてもらった事です。人は‥‥そう簡単には死なないんですよ。生きる事に価値がある限りは。」
 ‥‥‥‥‥生きる価値、か‥‥‥‥。
「あなたが死なないのは、まだ生きる事に価値が残っているからですよ。」
「クッ‥‥‥‥どうだかな。ところで、その名言は誰が言っていたんだい?」
「‥‥‥‥成歩堂 龍一さんです。元・弁護士の。」
 ! 何だって?
「あの人、昔よりは随分丸くなってしまったみたいですけど、それでもちゃんと今を生きているんですよ。責任と共に。今は、弟子と義娘もいてちゃんと見守ってくれているんです。本当に、あの人には感謝しないと‥‥‥‥。」

⇒To Be Continued...

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