恋する捜査官-Peach Flavor Memories- 前編
作者: 真実という名の嘘   2007年08月18日(土) 22時24分52秒公開   ID:RC7OcmiRpKM
 ランチタイムが過ぎ、再び落ち着きを取り戻しつつあるカフェのテラスに、白衣を着た20代の女性が座っていた。頭に赤いレンズのサングラスと試験管の頭が覗くバックを抱えるその姿はマッドサイエンティストを彷彿とさせるが、それなりに着飾ればなかなかの美人である。
 彼女の名は宝月茜。一応刑事なのだが、本来は科学捜査官志望である。複雑であるような、単純であるような経緯を経て、刑事として多忙な日々を送っている。
 そんな多忙な勤務の中のささやかな非番をカフェで過ごしているのには理由がある。そう、憧れのあの人物とのデートの待ち合わせのためだ。暇を潰すために、自分の注文したドリンクのグラスの縁を指でなぞりながら、茜は周囲の様子を眺めた。コーヒーの香りと供に、読書を楽しむ中年の女性や、この後重要な会議があるのであろうか、書類に目を通しながらサンドイッチをあくせくと口へと運ぶ眼鏡を掛けたサラリーマン・・・同じ場所でも、午後の過ごし方は各々違うみたいだ。
 そのような思いを巡らしていた茜の指に何か柔らかな感触が伝わる。視線をグラスに落としてみると、その正体は明白になる。注文したピーチティーのグラスに飾られている桃であった。潤いがある果肉から放出される甘い香りが茜の鼻腔をくすぐると、七年前のあの日へと茜を誘う。
(あの日からよね・・・よくピーチティーを飲むようになったのは。)
 それは、まだ弁護士であった憧れの人、成歩堂龍一と再会したときのことであった。

 茜は、この日久しぶりに日本へと帰ってきた。アメリカの大学へ進学できたのはいいものの、課題や実験のレポートが容赦ないので帰国できないでいたのだ。移動時間を考慮すると翌日に帰国しなければならないが、このささやかな休暇を茜は楽しみにしていた。姉の巴はもちろん、憧れの成歩堂に会えるのだから。
(成歩堂さん・・・元気にしているかな?)
 そう思うと、スーツケースを曳きながらロビーを全力疾走してしまうほど嬉しくなったが、その衝動を必死で堪え、まずは巴に会いに刑務所へとタクシーで向かった。

 有名な弁護士として名を馳せている筈なのに依頼人の気配が殆どしない成歩堂法律事務所で、所長である成歩堂龍一は給湯室で汗だくに成りながら必死に何かと格闘していた。それは以前の桃のハウス栽培を行っているかつての依頼人が、弁護のお礼と称して送ってくれた桃である。
「何してるの?なるほどくん。」
 助手である綾里真宵は、成歩堂の様子を伺っていた。というのも、普段の成歩堂は自分のデスクでさえもろくに片づけないし、まして給湯室でお茶の類も入れようとはしない。それらの殆どを、真宵が行っている。真宵が不思議に思うのも無理はない。
「うん、今日は大事なお客さんが来るからね。いつもより張り切ってお持てなしをしようと思ってさ。」
 そう言いながら、成歩堂はビニール袋からピンク色の小包を取り出す。それは、高級なブランドのピーチティーの素で、インスタントではあるものの、いつも飲んでいるスーパーで特売のティーバッグで淹れる紅茶が泥水と感じてしまうほどの代物である。
「さてと・・・」
 成歩堂は、先程剥いた桃を切り出した。普段、包丁を握らないので、危うく自分の指までも剥きそうになったが、切り分けるのは簡単なので短時間で終えることができた。
「あっははは、何これ〜、へたくそだな〜。」
 まな板の上の桃を見て真宵が笑う。妖艶な美女の体を彷彿とさせる滑らかな曲線をした桃が、成歩堂の手によって無惨な果肉の破片と化してしまっていた。
「仕方ないだろう。桃が以外に軟らかくて、皮が剥きづらかったんだよ。」
 果汁で濡れた手を洗いながら、成歩堂はいいわけをする。真宵は手を拭う為のタオルを成歩堂に取りに行きながら尋ねた。
「でも、何でまたこんな高いピーチティーを買ってきたの?いつもは依頼をしにきた人にも安物のお茶しか出さないのに。依頼人よりも大事なお客さんなの?」
 それはね、成歩堂が答えようとすると事務所の扉が開かれる音がした。
「真宵ちゃん、お願い。」
「はーい。」
 そう言って、お客の対応をしようと応接間に向かった真宵はギョッとする。訪ねてきたのは頭に赤いサングラスを掛け、白衣を着た、いかにも「ハカセ」という風貌の少女だった。
 あっけにとられている真宵にその少女は声を掛ける。
「あの・・・成歩堂さんはいらっしゃいますか?」
 その言葉で我に返った真宵は慌てて対応をする。
「あ、はい。奥にいますけど。依頼ですか?」
「いえ、そうじゃなくて・・・」
 その時、手を拭い終えた成歩堂が来た。
「久しぶりだね、茜ちゃん。元気にしてた?」
「あ、お久しぶりです、成歩堂さん!」
 サングラスに手を当て、元気いっぱいに茜は答えた。検察局を舞台にした事件から約2年ぶりの再会であった。
「アメリカでは随分がんばっているようだね。手紙をいつも楽しく拝見させてもらっているよ。」
「あ、ありがとうございます。成歩堂さんもがんばっているみたいですね。あのかりま検事をコテンパンにやっつけたとか、アメリカでも凄い評判ですよ。」
 互いの話題で盛り上がる成歩堂と茜。自分の存在を忘れ去られたことが癪に触ったのであろうか、真宵は二人の間に割り込む。
「なるほどくん・・・だれ、この人。」
「そうか、真宵ちゃんは初めて会うんだね。こちらは宝月茜ちゃん。以前、千尋さんの大学時代の先輩であるお姉さんの弁護を僕に依頼したんだよ。その頃、真宵ちゃんは修行のために里帰りしてたから知らないのは無理ないか。」
「よろしくね、えっと・・・成歩堂さん、この子はだれですか?親戚の中学生ですか?」
「失礼な!あたしは19歳です!」
 子供扱いされて真宵は頬を膨らませた。
「えええ!私と殆ど変わらないの?ごめんなさい・・・人は見た目が9割というけど、実際、科学的には75%くらいかな?」
 新たな発見を忘れないようにメモをとる茜。この癖は変わってないみたいだ。そんな二人を微笑ましく見守っていた成歩堂は、もてなしの為の準備が途中であったことを思い出した。
「ちょっと待ってて、茜ちゃん。今とびきりの紅茶を淹れてくるから。」
「わかりました。楽しみにしてます!」
 慌てた様子で成歩堂は奥へと引っ込んでいった。茜は成歩堂に会えた喜びに浸っていようとしたが、禍々しい空気がそうさせなかった。先ほどあからさまに「子供扱い」された真宵がその空気を発している。黙ってはいるが、不機嫌であることは、普段、「抜けている」と言われる茜でも察知できた。
「あの・・・さっきはごめんなさい。」
「別にいいよ・・・気にしてないし。」
「・・・・・・・・・」
 会話が途切れてしまう。
 二人の間には沈黙が漂う。鼻歌交じりでお茶を淹れている成歩堂は知る由もなかった。これが嵐の前の静けさであることを。そして、自らに降りかかる災難の前兆であることを・・・
■作者からのメッセージ
ナル×アカものの続きを書いてみました。同時にマヨVSアカの全面対決も書いていきたいと思います。

更新しました。天音さん、ご指摘ありがとうございます。

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