七年間の思い |
作者:
異議あ麟太郎
2007年08月11日(土) 15時07分46秒公開
ID:3A7wsrPCevs
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―愛していたあの人に― 「じゃあ、よろしく頼むよ。牙流センセイ」 そう言って僕は携帯を切った。深夜の誰もいない店内はどこか寒々しく異様な雰囲気をかもし出している。 今、この店の地下では、頭を殴られたイカサマ師とかつて、天才魔術師としてその名を馳せた或真敷ザックの死体がある。 数時間前、彼がいきなり店を訪ねてきたときは度肝を抜かれた。七年ぶりの再会にあの時の苦々しい記憶が甦った。僕が弁護士バッジを取り上げられたあの事件。 * * * 「成歩堂龍一君。君は或真敷天斎殺害事件の法廷において、捏造した――すなわち不正な証拠を使って被告の無罪を勝ち取ろうとした……この事実に反論はあるかね?」 査問委員会での質問。弁護士会に呼ばれて、数人の委員に取り囲まれながら質疑応答をした。暗い大会議室の中で僕に向けられていたのは軽蔑の眼差しだった。 唇を噛み締めて僕は搾り出すように答える。 「ありません。すべて事実……です」 そう答えるしかなかった。事実、不正な証拠を使ってしまったのだし、言い訳の仕様がなかった。誰かに嵌められたなんていっても、信じてくれはしないだろうと思った。 ふと、その時懐かしい記憶が甦った。小学生の頃の記憶だ。僕はクラスメートの給食費を盗んだ疑いをかけられ、学級裁判の被告人になった。 辛かった――誰一人、自分の言うことを信じてくれない。向けられた視線はすべてこう言っていた「お前がやったんだろう」と。 誰も信じてくれない。孤独そして、悲しさ。しかし、その中で僕はかけがえない友を二人も手に入れたんだ。 「成歩堂君。査問委員会としては、不正な証拠を使うような弁護士にバッジを付けさせておく訳にはいかない。何が言いたいかわかるね」 ――弁護士バッジの剥奪――査問委員が言いたいことはすぐにわかった。僕は覚悟をして口を開こうとしたその時だった。 「お待ちください委員長。成歩堂弁護士とて、被告人のためを思ってやったこと……それをいきなり弁護士バッジ剥奪とは少々酷だと思われますが」 ブランド物の丸眼鏡を気取った感じで掛けながら、その弁護士は悠然とその場に立っていた。それが牙流霧人だった。 「牙流君。いかなる理由があろうと不正は不正。君ともあろうものがそんなことも忘れてしまったのか?」 別の査問委員が野次る。 「しかし、成歩堂弁護士の今までの華麗な功績をご覧になってください。彼からいきなり弁護士バッジ剥奪というのは……」 牙流弁護士が言いかけるのを委員長が制止する。 「牙流君。いかなる理由があろうと不正は不正。査問委員会としてはケジメをつけなければ、世間にも聞こえが悪い」 こうして、僕は弁護士バッジを剥奪され、牙流と友人になった。 * * * 「牙流なら何とかしてくれるだろう……」 僕は独白すると、地下までの階段をゆっくり下りる。響き渡る僕の足音。やがて、その扉の前に立つと僕はドアノブを握る。なぜだか嫌な予感がした。とてつもない禍々しい邪気がこの扉の向こうにはあるんじゃないかと思わせる何かを感じる。 そうしていても、しかたがないのでゆっくり扉を開ける。蝶づかいが錆び付いているのか、耳障りな音が響く。 室内は先ほどと変わらず、イカサマ師と或真敷ザックの死体があった。何気なしに或真敷ザックの頭部を見る。その瞬間、僕は頭に鉄串を叩き込まれたような衝撃を受け、そして牙流の先ほどのあの台詞が頭の中でフラッシュバックした。 『成歩堂、まさか君ではないでしょうね。――にヒビをいれたのは』 「牙流……」 今まで友人だと思っていた男が突如僕の中で悪魔に変化しつつあった。 「なるほどね。そういうことか……」 七年間縺れに縺れていた糸がようやくほどけたような気がした。復讐なんてする気はさらさらなかったが、自分に降りかかった火の粉を受けるほど僕はマヌケじゃない。 (七年間止まっていた歯車を動かす時がきたのかもしれない) 僕の頭の中に一人の女の子の姿があった。最後に会ったのは十九歳だったけど、 今はもういい大人の女性だろう。 「真宵ちゃん……」 七年前に僕が弁護士バッジを取り上げられた時真宵ちゃんはすぐに電話して来てくれた。 『もしもし、なるほど君。或真敷天斎の事件のこと聞いたよ。捏造だなんて嘘だよね』 何も言えなかった。ただ一言 『ごめん。真宵ちゃん。悪い落とし穴に嵌っちゃったみたいだ』 アレから七年。連絡は取り合っていたけど、直接は会っていなかった。というか会えなかった。 「今回のことに決着がついて、落ちついたら会ってもいいかな?」 思わずそんな言葉が口から出た。そうだ、会おう。会ってこの七年間伝えられなかった言葉を伝えよう。 「君のことが好きだ」と。 ――了 |
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