逆転の再出発5-A light in the dark〜hug me so tightly〜
作者: 真実という名の嘘   2007年08月05日(日) 18時14分21秒公開   ID:RC7OcmiRpKM
 成歩堂は目の前に表れた禍々しい黒い錠に驚きを隠せないでいた。なぜなら、それらは千尋が出現させたものなのだから。
「千尋さん・・・僕にこいつらを解けと・・。」
 成歩堂がそう言うのは無理はない。この黒いサイコ・ロックはどのような証拠品を以てしても解くことができなかった。第一、自分には証拠品を一つも持っていない。
「なるほど君、ひとつ教えてあげる。このサイコ・ロックは証拠品で解くことはできないわ。人の思いで解くのよ。」
「人の思い・・・」
 成歩堂は言葉をただ繰り返すことしかできなかった。そんな漠然としたものでどうすんるんだ、という疑問が頭を過ぎる。そんな成歩堂の様子を見て、千尋が付け加えた。
「まったく、世話が焼けるわね。いい、まず質問するわね。このサイコ・ロックは誰のものなのかしら?」
「誰のって・・・それは・・・」
 千尋さん、という言葉を言おうとした成歩堂は気づいた。サイコ・ロックがある人物を中心にして取り巻いていることを。そして、その人物は自らであることを。
「僕だっていうのか・・・心に重い鍵をしているのは。」
「そうよ。」
 千尋は端的に言った。
「あなたが自分自身に掛けたこのサイコ・ロックを解除しない限り、前に進むことはできない。もちろん、真宵に言葉を届けることすらもできない。」
 成歩堂の困惑は極限に達していた。自分は千尋に何もかもをさらけ出した。何も隠していることなどない。なのに、サイコ・ロックが表れ、それを証拠なしで自らの手で解除しろと言う・・・苦悩と焦りが成歩堂の体から汗とともに吹き出す。
「どうすればいいんだ!僕は何を隠しているというんだ!」
 嘗ての師に対する言葉の繕いもできないほどまでに、成歩堂には余裕がなかった。
「七年前のことをよく思い出しなさい。そう・・・真宵と別れてから、あなたが何をしたかを。」
「七年前・・・」
 成歩堂は自分の記憶を探った。

 真宵と春美が事務所を出ていった後、成歩堂は残務整理をひたすら消化していた。それは「忙しい」という理由もあったが、二人のことを思いやり、迎えに行かずにあえて仕事に没頭していた。こんな自分に関わると不幸になるのは目に見えている、憎まれてでも、自分の元から離れていってもらったほうが、彼女達の為だ、そう自分に言い聞かせて。
 受け持っていた依頼人へ送るお詫び状と、他の弁護士への推薦状を作成していた成歩堂は手元が濡れていることに気づいた。水滴か何かが落ちた物らしい。
(雨漏りかな?)
 一瞬そう思った成歩堂だが、その推測はすぐに棄却された。なぜなら、今日は雲一つ無い快晴であったからだ。
(上の人がシャワーか何か使っているのかな?今度大家さんに相談しよう。)
 そう思い、何気なく天井を見上げたが、その目に映る光景は歪んでいた。しかし、天井くらいは識別できた。水漏れは・・・無かった。大きな疑問に駆られた成歩堂だったが、溜まっている仕事を片づけるために、頭を切り替え、ハンカチで自分の手とデスクを拭った。
 成歩堂は仕事を再開するために、パソコンのキーボードに手を置いた。キーボードを走らせようとすると、また景色が揺れ、霞む。
(疲れてるのかな?)
 自分の目頭を押さえようとした時に、また水滴が落ちた。
(何なんだこれは?)
 やっぱり、雨でも降っているのだろうかと窓の外を見ようとしたときに、成歩堂は自分の顔を見てやっと気づいた。その水滴の正体を。
 (泣いているのか、僕は。)
 突然、成歩堂の目から熱い雫が大量に零れてきた。成歩堂はそれらを止めるために、ティッシュ箱に手を伸ばす。その瞬間、何かの感触が成歩堂に伝わった。ティッシュ箱より滑らかなもの・・・それは写真だった。
 成歩堂は顔を伝う涙も拭わずに、その写真に見入った。写っているのは、或真敷天斎殺人事件において被告人であった或真敷ザックの娘である奈々伏みぬきだった。
(この子は一体、どうしているのだろうか。)
 みぬきに会ってみたいという衝動が成歩堂の体内を駆けめぐった。成歩堂は書きかけのドキュメントを保存し、受話器を手に取った。
 後日、成歩堂はみぬきと事務所で再会した。切り出した理由はわからなかったが、成歩堂は一緒に暮らしたいと言い、みぬきはその提案を受け入れ、二人は親子になることになった。
「これからよろしくね、パパ。」
 みぬきは真夏の太陽のような眩しすぎる笑顔を成歩堂に送る。成歩堂の胸にはこみ上げるものがあった。自分を家族として認めてくれる・・・そう感じた瞬間、成歩堂は小さなみぬきを抱きしめた、壊れるほど強く・・・
「ちょっと、痛いよ、パパ。・・・もう、パパは甘えん坊さんだな。よしよし。」
 みぬきは幼い手で成歩堂の頭を撫でた。

 それ以降、成歩堂が突然涙を流すことは無かった。そのあと、成歩堂法律事務所は成歩堂芸能事務所となり、所長もみぬきになった。成歩堂はそこに所属するタレントとなり、とりあえずピアニストとなることに。子供の「ごっこ遊び」に付き合っているようだったが、成歩堂は嬉しかった。みぬきが自分の中から消え去ってしまったはずの可能性がまだ、残っていることを気づかせてくれたのだから・・・
■作者からのメッセージ
今回は、みぬきとの出会いを書いてみました。これから、成歩堂が自身のサイコ・ロックをどう解いていくのか・・・最後まで、おつきあいいただけたら、幸いです。

追伸、サブタイトルでスペルを間違えてましたので、更新します。

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