Mysterious Night
作者: 天音   2007年08月03日(金) 17時06分46秒公開   ID:AEfTpL95rG2
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 ……いったい何なのだ、この状況は。

 窓の外はまだ明るいが、そろそろ日が沈むだろう。時計を見ると、針は“午後5時”をしっかりと示している。いつもの変わらない、日常だ。
 私もつい先程まで、目の前にあるノートパソコンのキーボードを叩いて、書類を作成していたのだ。検事はただでさえ数が少ない上に、この頃事件が多発しているため、休みがないほど忙しかったのだ。
 それは私だけに限ったことではない。ゴドー検事や新人の……牙琉 響也検事、といったか。そしてもちろん、メイ――狩魔 冥もだ。
 そのはず、なのだが。

 メイはといえば、仕事を中断して私の執務室を訪ねてきている。もう1時間近く、ソファーに座っているだけだ。13才で検事になって以来、彼女は仕事が最も大事だった。その彼女が、ただ単にサボっているとは考えられない。……どこかのトゲトゲした弁護士とは違うのだからな。
 まあ、成歩堂の場合は“サボる”というよりも“ヒマ”なのだろが。年中無休ヒマ、つまりさぼり続けているのだ、あいつは。

「それで? メイ。どうしたのだ」
「……なんでもないわ」

 ウソをつくな。キミが理由もなく仕事を中断するはずがないではないか。仕事も残っているのだろう?

「いいじゃないの……仕事する気になれないのよ」
「何かあったのか?」
「だから、……なんでもないって言ってるでしょ」

 何故、心配してやっているのに私が怒られなくてはならないのだ……。ムチが飛んでこないのはいいことだが、こうも大人しいと逆に寒気がするのは、私だけなのだろうか。

「……ねえ、レイジは聞いたコトある?」

 ナニをだ? ようやく理由を話そうとしたメイに優しく聞く。

「地方検事局七不思議、よ」
「な、七不思議?」

 担当している事件が行き詰まって悩んでいたわけでも、友人関係などで困っているわけでもなかったらしい。メイが小声でそっと呟いたその言葉に、ホッとしたようなそうでないような、微妙な感情を覚えた。

「最近流行っているんですって。夜になるといろんなコトが起こるって、みんな言っていたわ」

 つまり七不思議とは、アレか。全国の小中学校などに必ず存在している、どれも似たり寄ったりの幽霊話。
 私が小学校の時は、そうだな。北舎3階の女子トイレに“花子さん”とやらがいるだとか(もっとも、私はオトコだったので全く関係なかったが)、上るときと降りるときとで階段の段数が違うだとか(数えていたヤツが二段とばしで上ったからだったが)、深夜零時に視聴覚室から泣き声が聞こえるだとか(深夜に学校など行く方が悪いのだ、それは)、その他モロモロだった。
 どれも他愛のない、言ってみれば事実無根の無邪気なおとぎ話だった。幼い子供達がきゃあきゃあ言い合って、学校をオバケ屋敷にしていただけだ。“幽霊はいるかもしれない”というオカルト思考のヤツらが盛り上げ、皆それに乗せられていただけではないか。
 それをなんだ、いいオトナばかりが集まっているはずの検事局で七不思議だと?

「まさかメイ、キミはその“七不思議”を恐れて私の執務室に来た、と?」
「そそそ。そうじゃないわよ! ただ、気になっただけ!」

 そう言いながらもメイの声は震えていた。何だかんだ言ってもまだ10代の少女であるメイにとっては、怖いモノなのだろうか。オバケというのは。
 エレベーターと地震のほうが怖いと思うのは、私だけか?

「ハンパじゃないのよ。実際に体験した職員が何人もいるそうで……最近は残業を嫌って帰る人が続出よ」

 オバケごときで帰るなと言いたい。
 そしてキミもその1人、なのだろうな。まだ日があるうちから1人になることを嫌がり、私のもとへやって来たのだから。仕事を投げ出してでも。
 それで何だ、私にナニをしろというのだ、キミは。

「私はカルマとして、この問題にカンペキな答えを出したいの! だから今夜のデートはキャンセルよ。そのかわり、検事局で七不思議を探しましょう?」

 ……残業ができなくて困っているだけか。
 しかし、その七不思議が残っている限り、検事局はピンチだろう。残業もせずに職員が帰ってしまったら、事件を処理しきれなくなってしまう。
 その上個人的なことだが、メイと永遠にデートができなくなると、私が困る。拷問ではないか。

「仕方があるまい。……それで? いつ頃になると出るのだ、例のオバケ――」
「オバケって言わないでよっ!」
「うぐっ」

 自分でオバケオバケというくせに、他人から聞くのは拒否か。まったく。

「い、いい? 午後11時に検事局のエントランスに集合よ。わ、私はいったん帰るから」
「帰る? 別に11時まで残ればよいではないか」
「残れるわけないでしょ! 本当に怖いのだからっ」

 そう言い残すと、メイは私の執務室を出て行く。そして次の瞬間には、バッグを抱えて廊下を駆けていった。……大丈夫なのか、キミは。
 廊下の隅の方には、メイを不思議そうに見つめ、暫くたってから大きくクビをかしげる、イトノコ刑事の姿が見えた。
 たしかに不思議だろうな。




 ケッキョク私は午後11時に、検事局のエントランスに集合していた。月と星が美しく輝き、ぼんやりと道を照らしている。検事局長の方針で、外灯は少ない。どうも検事局長は自然を愛するオトコのようだからな。
 しかし、月と星の灯りというのも、なかなか風情があってよいモノだ。隣にいるのがメイならば、なおさら。
 怖がって来ないかと思っていたが、そこは“カルマ”の意地だろうか。メイは震えながらも黒いワンピースに身を包んでエントランスにやって来た。
 オバケが怖いのならば、魔除けを祈願して“白い”モノのほうがよかったのではないか、と問うと。
 「だ、だって。黒のほうが怪しまれずに済むかと思ったのよ。オバケも黒いから、襲ってこないかなって……」だそうだ。いつからオバケは黒いと決まったのだ? それに一言言わせてもらうと、黒ずくめというキミのほうがアヤしい。キミ自身は七不思議になっていないだろうな?
 とにかく、メイとその他大勢の職員を恐怖から解放するには、七不思議の真相を暴いてしまえばよい。七不思議など、どうせ誰かの勘違いかおもしろがって言ったことだろう。ウソならばウソだと立証する。……法廷と同じだ。
 今夜だけで七不思議をすべて解明できるかどうかは不明だが、ひとつずつ立証していこう。

ナゾその1 悪魔が歌う鎮魂歌レクイエム



 いきなりアヤしいものを言い出したものだ。一体ダレがこんな噂を流したのか。小中学校の七不思議とはひと味違うであろう“地方検事局七不思議”。ひとつめは“悪魔が歌う鎮魂歌”だと?
 私はろうそくと燭台を持たされ、メイは私にしがみついて小走りで足を動かしている。怖いのならば、いっそ電気を付ければよいものを。
 しかし電気をつけてしまうと、オバケは逃げると昔からよく言う。仕方があるまいと小さな灯りにしたのだが、懐中電灯……もダメなのか。

「こ、ここよ。須々木 マコが、ここでレクイエムを聴いたって!」

 須々木 マコ? 彼女は警察のニンゲンではなかったか? ……どうでもいいことだが。
 目撃者がいる以上、須々木 マコの証言を重要視するのは大切だ。ここでしばらく待ってみるとしよう。

 ……時は意外にも早く訪れた。

 ♪〜〜〜♪〜〜♪〜♪〜〜〜♪〜〜〜

 響き渡る、不気味な歌声。言ってみれば悪魔だろう。悪魔が低い声で、レクイエムのようなメロディーを奏でる。

「きゃあああああああっ! 出たぁ!」

 正確にいえば“出た”わけではないが……たしかに、聞こえる。誰かが歌っているのだ。この、真夜中の検事局で。

「死ぬ! 殺されるわよレイジ! ……いやああっ」

 私は事前調査はしっかりとしているつもりだ。メイに七不思議の話を聞いてから、検事局のエントランスに集合するまでに聞けるだけの情報は聞いてきた。
 ポケットからメモを取り出す。ム……ナゾその1は、と。

『悪魔が夜にレクイエムを歌う。そのレクイエムを最後まで聴いてしまったら、10日以内にそのニンゲンは死ぬ。
 途中で逃げたとしても、20日以内に人生を変えてしまう不幸な出来事が起こる。
 さらに、悪魔に会ってしまったら、その時点で魂を音に封印される。』


 な、何なのだ。少しでも聞いたら逃げ道がないではないか! たしかにコレを聞いたら残業などする気になれないのも頷ける。
 ……が。

「よく聞きたまえ、メイ」
「なによ! 私を殺す気なの? きゃあああっ」
「そうではない。……先入観を捨てて、よく聞くのだ。歌詞を」
「……歌詞?」

 この真っ暗闇で聞けば、一瞬不気味なレクイエムに聞こえなくもない。ただ、落ち着いて聞けばなんともないのだ。

『恋の禁固刑・13年♪ キミの言葉は ぼくのムネに突き刺さった〜〜消えない銃弾♪』

「な、なにコレ。このふざけた歌詞は一体ナニ?」
「キミは忘れたのか? 新人検事・牙琉 響也のことを」
「……あ」

 最近アメリカからやって来た、17才の天才検事・牙琉 響也。彼は検事として活躍する一方で、ガリューウエーブというバンドも組んでいる。彼はそこのリーダー兼ボーカルだ。ガリューウエーブは作詞から作曲まで、自分たちでこなしている。
 女性職員から聞いたのだが、『恋の禁固刑・13年』は、ガリューウエーブのデビューシングル。
 牙琉検事は、深夜執務室で歌の練習をしていたということだ。
 しかしそれがどういうわけか。牙琉検事は“悪魔”にされ、恋の禁固刑・13年は“レクイエム”になってしまった、と。
 ウワサはウワサを呼び、いつの間にか不幸のソングになったのだろう。

「ナニよそれ。そんなの納得できないわ!」
「これが真相なのだ、メイ。真実を変えることはできない」
「……メイワクな話。私、怖くてこの一週間、音楽が聴けなかったのよ!」
「これから牙琉検事には、自宅で練習するよう言っておこう」

 これでひとつめのナゾは解決、ということだ。

ナゾその2 墓場を探す人影ゾンビ



 「ま、まだよ。ナゾは多く残っているわ!」というメイの意見により、「七不思議などこんなものだ、もう帰ろう」という私の提案はあっという間に却下された。
 次はゾンビだということで、どうやらソイツはこの渡り廊下のあたりを彷徨っているらしい。悪魔に歌うのを止めさせたあとは、ゾンビを墓場に連れて行けというのか。私は閻魔大王でも、ましてや神でもないのだが。
 適当に東西南北を見渡すと、ちょうど“東”に向いたところで、それらしき影が現れた。

「いやああっ! また出たああ!」

 “また”はないだろう。少なくとも最初のは牙琉検事だ。立派なニンゲンなのだ。彼も一生懸命生きているのだから、“ヒト”として認めてやってはくれないか、メイ。
 のしのし、とゆっくりこちらに近づいて来る人影。妙にアタマが突起しており、胸のあたりだろうか。そこには大きなキバの影も映る。
 メモは何処へ行ったか……ああ、あった。ナゾその2。

『渡り廊下には、時にゾンビが現れる。
 ゾンビは墓場を求めて、ニンゲンの方に寄ってくる。そして、無言で睨んでくる。
 もしここで逃げ出したり、大声を上げてしまったら、道連れにされる。もっている大きなキバでかみ殺される。
 逃げなくても、墓場に着いたら生き埋めにされる。』


 これもまた、逃げ道のない話だ。会ってしまったらどうしろというのだ。殺されるのが嫌か、生き埋めにされるのが嫌か。どっちにしろ殺されることに代わりはない。

「レイジ、帰りましょう! これ以上ここにいたら危ないわ!」

 ぐい、とメイが私の腕を引っ張る。だからさっき、帰ろうと言ったのに。しかしながら、影はこちらに近づいてきて、もう会ってしまいそうだった。
 こうなったら……逃げても遅い。手遅れだ。

「いやああ! 死にたくないわよ、私はっ!」
「ま、待てメイ! ちょっと待つんだ!」

 影はこちらに近づき――ついに私たちと対面した。

「アレ。……御剣検事に狩魔検事じゃないか。どうしたんだ? こんな時間に」

 出てきたのは、ゾンビなんかじゃなかった。妙に髪の突起した、サメのような福相をした男。たしか、この人物は……捜査三課に入ってきた、

「ま、眉月 大庵!?」
「事件ではお世話になってるなァ、狩魔検事」

 なんだ、この不思議もこんなものか。眉月刑事の影だけを見て、ゾンビと勘違いしただけではないか。
 いったいどこのどいつだ、眉月刑事が哀れではないか。彼自身が気づいていないコトが、唯一の救いと言えるだろう。
 ……まぁよい。ふたつめのナゾも姿を消したのだからな。

ナゾその3 何度でも繰り返される殺人



 なかなか謎解きというのも楽しいモノだ。相変わらずメイは怖がっているが、私としてはすべてのナゾを華麗に解き明かしてやりたくなってきた。

⇒To Be Continued...

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