倉院の里から
作者: はーぴん   2007年07月26日(木) 22時15分31秒公開   ID:PPct3HfgZyM
『倉院の里から』

 拝啓 成歩堂 龍一様

 あたしはいったんここでペンを置いた。人が来る音が聞こえたからだ。その後、部屋の向こうから声がした。
「あの、真宵様? 入ってもよろしいですか?」
「はみちゃんね。どうぞ。」
 はみちゃんは「失礼します。」と小さく言うと、あたしの部屋にそろそろっと入ってきた。はみちゃんというのは、本名・綾里 春美(あやさと はるみ)。あたしの従妹で、あたしもだけど倉院流霊媒道の使い手。
 はみちゃんは小さくお辞儀をすると、あたしに向かって話し出した。
「明日の午前9時に、田辺 渉さまという殿方がいらっしゃるみたいなんです。何でも、娘さんを霊媒してほしいと。」
「わかった。ありがとね、はみちゃん。」
 あたしがはみちゃんに向かってニコッと笑うと、はみちゃんは何だか嬉しくなったみたいでニコッと笑っていた。
「ところで真宵様。今、お手紙書かれていましたよね?」
「え、ええ‥‥‥‥‥。」
 やっぱり、バレちゃったか‥‥‥‥‥。
「誰にお手紙を書かれていたんですか?」
「‥‥‥‥‥‥なるほどくんだよ。」
 これを聞くとはみちゃんは、いらぬ事を聞いてしまった!とでもいうように、口を手でバッとおさえた。
「な、成歩堂さんにですか‥‥‥‥‥‥。」
 はあ、と思わずあたしはため息をついてしまった。まあ、仕方ないよね‥‥‥‥。これを見たはみちゃんは大慌てで私に頭を下げた。
「す、すいません! 私が真宵様のプライベートな所まで聞く権利なんて、ありませんのに! 失礼しました!」
 そう言ってはみちゃんは足早にあたしの部屋から出て行ってしまった。

 はあー。やっぱり皆変わっちゃったな〜。この七年間で‥‥‥‥‥。

 
 あたしは葉桜院の事件の後、本格的に修行するため成歩堂法律事務所から離れて倉院の里に戻ることにした。でもそのときはあんまり寂しくなかったな。だってまた倉院の里で修行したら、またなるほどくんの所へ戻るつもりだったから。なのに‥‥‥‥‥‥。
 それから2ヶ月後。あたし達をすごく驚かせるニュースがあった。或真敷 天齋の殺人事件‥‥‥‥。その事件の被告人を弁護した弁護士、つまりなるほどくんが証拠品を捏造したと。あたしはこのニュースを見た途端、持っていたのがトノサマンのお茶碗だったにも関わらず思わず落として割ってしまった。
 だって、信じられない‥‥‥‥‥。あんなに不正を嫌っていたなるほどくんが、捏造なんてやるはずない!でも世論は話をおもしろおかしくした。なるほどくんを悪徳弁護士呼ばわりしたり、今までの勝訴判決も嘘だったとか‥‥‥‥。結果次第では、弁護士バッジが取り上げられてしまうらしい。
 なんで皆わからないの!? 今までのなるほどくんを見ていれば、そんな事ないってわかるじゃない! なのに‥‥‥‥。どうして!?
 そのニュースを見た後、私はすぐさまなるほどくんに電話した。だけどなるほどくんは出てくれなかった‥‥‥‥‥。顔をあわせられないって事もあると思うけど、他に何か理由があるのかなあ? あたしはその後も何度も電話したけど、やっぱり繋がらなかった。
 電話しても繋がらないって思ったあたしはその後、手紙に手段を変えた。すると今度は、返事を返してきてくれた。でもその手紙も、たった一言だった。

       ごめん

 ただ、この一言。なるほどくん、捏造なんてやってないでしょ? そうだよね‥‥‥?
 ちょうどその後だった。なるほどくんの弁護士バッジが取り上げられたのは‥‥‥‥。

 あたしはその後も何度か手紙を書いた。いや、ただ書くだけじゃダメだからその時一緒に『トノサマンシリーズ』のビデオを送ってあげた。これを見て少しは元気になってくれるかなーって。案の条、なるほどくんはその感想と返事を送ってきてくれた。そんな文通を五年ぐらい続けていた。

 その文通を続けて五年。あたしは倉院流霊媒道の家元になっていて、もう二十四才になっていた。このあたしの姿を見てほしくて、ある日手紙に『会いたい』って書いた。そしてその返事の後、手紙はパッタリこなくなってしまった‥‥‥‥‥。

『ごめん。今はまだ会えない。』

 あたしはこの時、もう何だか涙が止まらなくなってしまってはみちゃんがいるにも関わらず、その前で泣いてしまった。
 はみちゃんはあたしがなるほどくんの手紙を見て泣いているのを見ると、すぐに状況を理解したみたいでなるほどくんに強い悪意を覚えてしまった。
 それからだった。はみちゃんがなるほどくんを「なるほどくん」と呼ばず、「成歩堂さん」と呼ぶようになってしまったのは‥‥‥‥。
 
 みんな変わってしまった。あれから七年たって‥‥‥‥。もうはしゃぐ年でもない。今振り返ってみれば、なるほどくんやはみちゃんと一緒に過ごしていた日々がうらやましい‥‥‥‥‥。
 あたしは今、この状況を奪回したくてなるほどくんに手紙を出そうとしているけど何て書けばいいのか、全くわからない。そうこうしている内に、もう夜が来てしまった。明日にしよっと‥‥‥‥‥。


「えっと‥‥‥‥、あなたが田辺 渉さん?」
 翌日、あたしは対面の間で依頼人の田辺さんと向き合っていた。
「そうです‥‥‥‥。はあ‥‥‥‥。」
 田辺さんは下を向いてため息をついた。田辺さんはビジネスマンみたいなスーツを着ていてメガネをかけているけど、髪に白髪が混じっている。この老けは‥‥‥‥‥年のものじゃない。精神的なものだ。
「確か、娘さんを霊媒してほしいんですよね?」
「はい‥‥‥‥‥。美歩といいます。」
「では、これから霊媒します。目を閉じて、心を安らかにして待っていて下さい。」
 スウッと目を閉じると、あたしは美歩さんの霊を呼び寄せて意識を託した‥‥‥‥。


 ーーー次にあたしが気がつくと、田辺さんの胸の中にいた。それに頬を残された涙が滑って下に落ちていた。
「美歩‥‥‥‥? あれ?‥‥‥‥‥‥真宵さん?」
 あたしを離すと、田辺さんは「行ってしまったか」とはあ、とため息をついていた。しかしその顔にはもうさっきの沈んだ表情はなかった。むしろ、希望に満ちていた。
「娘さんとは何かお話できましたか?」
「それは、もう! 話せましたとも! ありがとうございました。いやあ、私は今まで娘から恨まれていると思っていたんですが‥‥‥‥‥。あ、すいません。こんな話、聞きたくありませんよね。」
「いえ。どうぞ、話してください。」
「美歩はですねー、念願の娘という事で私も妻も、それはそれは喜んでいたんですよ。可愛がったものです。」
 その話をする田辺さんは、十才は若返ったと思える程生き生きしていた。あたしにはお父さんとの想い出がないので、話が興味深かった。だけど、次の話をするときはズーンと顔を暗くして
「しかしそれが逆効果だったのです。娘は「期待に応えなければ」と思ってしまったみたいでーーー。子供時代はずいぶん我慢してしまったようです。それが大人になった途端荒れてしまって、どこの奴かもわからないヤクザと結婚してしまったんです。」
「ヤクザとーーーーですか。」
「そうです。私と妻はもちろん大反対したんですが美歩は『私は、私が選んだ人と結婚する!お父さんには関係ないでしょ!?』って‥‥‥‥。それ以来、私も妻ももう娘とは思わない事にしてしまったんです‥‥‥‥。ところがそれがダメでした。その男は、借金の保証人を美歩にして消えやがったんです!美歩はその借金を返す為に、毎日毎日働いて‥‥‥‥栄養失調で死にました。」
「え?」
 あたしは耳を疑った。だって‥‥‥‥
「どうして、一緒に借金を返してあげなかったんですか!?」
「もう娘の姿は見たくなかったんです。最初に言いましたよね?娘が荒れたって。娘は身体に入れ墨を彫り、化粧も濃くして、夜も帰ってこなかったんです。だ、だから‥‥‥‥私はその娘の姿から目をそらしていたんです! 私がその現実を受け入れて、美歩がまた私達の娘に戻るまで待ってあげていれば今頃は‥‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥。」
「わ、私は絶対に恨まれていると思っていました‥‥‥‥。だ、だけどあの子は‥‥。」
 そこまで言うと田辺さんは、目から溢れんばかりの涙を流した。
「あの子は、『自分がやった事だから、恨んでいない。』って。それどころか、『産んでくれてありがとう』って‥‥‥‥。う、うううう。」
 もう田辺さんはあたしの手に負えないと思ったあたしは、はみちゃんを呼んで控えの間に通してもらった。

 あたしは自分の部屋でぼんやりしていた。田辺さんのあの言葉が胸に突き刺さっていた。
『私がその現実を受け入れて、美歩がまた私達の娘に戻るまで待ってあげていれば‥‥‥‥‥。』
 その瞬間、あたしはペンを取って手紙の続きを書きはじめた。



『拝啓 成歩堂 龍一様
 なるほどくん、元気ですか?あたしは元気でやっています。はみちゃんも元気です。あのなるほどくんの最後
 の手紙を呼んでから、あたしは随分悩みました。でも昨日、あるお父さんのお話を聞いてあたしの悩みは無く
 なりました。
 あたし、今のなるほどくんを受け入れます。あれから七年たったけど、まだなるほどくんが傷ついていてあた 
 し達に到底顔をあわせられないような事になっていても。
 そういえば、はみちゃんも大人になっちゃってさ〜。なるほどくんの事、「成歩堂さん」なんて呼ぶんだよ! 
 ‥‥‥‥みんな変わっちゃったんだよね。はみちゃんにはなるほどくんの事、ちゃんと話しておくから。
 それじゃあ、ね。最後の方は何か馴れ馴れしくなっちゃってごめんね。でも待ってるよ、なるほどくん。また 
 笑って話せる日を。
                               綾里 真宵  』



 『待っている』か‥‥‥‥‥。真宵ちゃん‥‥‥‥‥。
 僕は成歩堂なんでも事務所で、久々に来た真宵ちゃんからの手紙を見ていた。
 どうしてずっと放っといていたのに、真宵ちゃんは受け入れてくれるんだ‥‥‥? 今の僕を受け入れる?
 あの事件から僕は色々なマスコミから、ヒドい罵倒や言葉を浴びせられてきた。僕はそんな姿を君に見られたくなかったんだよ‥‥‥‥。今のこの姿もね。でも僕は‥‥‥‥逃げていただけかもしれない。‥‥‥‥真宵ちゃん‥‥‥‥‥。
「パパー! このゼリー、みぬきが全部食べていい?」
 真宵ちゃんには想像がつかないだろうなあー‥‥僕にこんなに可愛い娘がいるなんて。
「異議あり! みぬきちゃん、俺の分もとっといてよ!!」
 ‥‥‥‥‥‥ついでに、声が大きい弟子も。
「ほら、成歩堂さんも何か言って下さいよ!‥‥‥‥手紙ですか、それ?」
「ん? ああ、うん。そうだよ。大切なひとからのね。」
「もしかしてみぬきの新しいママ?」
「ははははは。そうだといいなあ。」
「あ、もしかして本当にそう?」
「え。」
「えー! 成歩堂さん、恋人がいるんですか!?」
「え。え。え。」
「だったら今度、みぬき達にも紹介してよ!」
(‥‥‥久しぶりに、叫んでおくかな?)
「パパ、叫ぶの? みぬき、聞きたい!」
「俺も、成歩堂さんのをちゃんと聞いておきたいです!」
「そうか。じゃあ、叫ぼうか。‥‥‥‥コホン。」


      「「「「「「異議あり!」」」」」」」」
 


         拝啓 綾里 真宵様
■作者からのメッセージ
どーも、はーぴんです!
今回は真宵ちゃんを主人公にして、この七年間の心境を書いてみました。
最後の『拝啓 綾里 真宵様』ですが、この話と皆様の想像力をフル回転して誰が送ったのか考えてみて下さい。わかりづらかったら、後ほど編集します。
何か生意気ですいません。では、また会いましょう!

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