Why?
作者: あやめ   2011年05月14日(土) 18時34分49秒公開   ID:wZrmVA/2QE2
寝耳に水。
今の私の心境をひとことで表したら多分こうなる。

成歩堂龍一の弁護士資格剥奪――。成歩堂龍一が捏造された証拠品を提出し、それをある検事が暴いて告発した。
世間ではそう言われてる。
でも私は信じない。成歩堂龍一は、捏造なんてしないんだから…!


5月9日 某時刻 地方検事局・メインエントランス


「か、狩魔検事、落ち着いてくださいっ、う、うひゃぁぁっ!」
 メインエントランスに亜内の哀れな悲鳴と鞭の音がこだまする。
「うるさいッ!さっさと成歩堂龍一を告発した検事の名前を教えなさいッ!」
「わわわ、わかりました、わかりましたァァァァァ!」
 やっと鞭から解放された亜内は呼吸を整えてから口を開いた。
「牙琉検事…牙琉響也検事ですよ」
「牙琉響也…?聞いたことが無いわね。誰よ!?」
 冥は睨みをきかせてまた鞭を構えた。
亜内は成歩堂の尋問を受けている証人になった心地がした。冷や汗をかき、ブルブル震えながら答える。
「そうですねぇ…確かアメリカで検事になったばかりで、まだ17歳だとか。今や世間では天才ともてはやされていま、あいたッ!」


――17歳?天才?気に入らないわ。成歩堂龍一を倒すのはこの私、狩魔冥。私や伝説の検事と呼ばれたパパやレイジを打ち負かしたのに、よりにもよって私よりも年下の検事に負けるなんて。どうして?どういうことなの?


 彼女は気付かないうちに亜内を打ち据えているのに気がついた。亜内は既に気を失っており、身動きひとつしない。さすがに気を失っている相手に鞭を振るうのは冥でも気が引ける。


――やり過ぎたわね。


 それが彼女の率直な感想だった。


同日 某時刻 地方検事局・上級検事執務室1202号室


 御剣の執務室の扉が冥によって勢いよく開け放たれた。糸鋸が持ってきた資料に目を通していた当の御剣にはこれは冥にとってはいつものことだとわかっていたので、さして驚くことはない。しかし検事局に来て早々、何事かと彼が考えたのは想像に難くないだろう。
「メイ、どうしたのだ、ウオォォォッ!」
 冥の鞭が御剣のすぐ目の前をかすめ、彼のデスクに当たる。
「どうしたもこうしたもないわ、レイジ!成歩堂龍一が二度と法廷に立たないってどうして?彼が何をしたっていうの?答えなさいッ!」
 ほぼ予測通りの言葉に御剣は安堵した。検事局内でも成歩堂の批判をする者は多く、どうしても御剣の耳に嫌というほど入ってくるからである。それに成歩堂の親友というだけで御剣も槍玉に挙げられた。過去の黒い噂と関連づけられて、御剣の影響で成歩堂は証拠品の捏造をしたのだという噂もまことしやかに飛び交っていたほどだった。
 評論家や報道陣からの糾弾も凄まじかった。昼のワイドショーでも成歩堂がいかに証拠品を捏造したかについて連日論議が行われていたし、一時期は検事局にもマスコミが(響也目当てに)押し寄せたくらいである。彼らにとって成歩堂は堕落した存在であり、響也は彼の悪事を告発した英雄であった。
「キミの気持ちはよくわかる。しかし、私がこれを知った時には既に手遅れだったのだ…」
 柄にもなく御剣はデスクに肘をついてブルブルと震えていた。彼でもこればかりはどうにもならなかった。あのサーカスの事件の時のように検事局長に掛け合ったが、局長に弁護士会の査問会には口出しできないと言われ、断念せざるを得なかったのである。その数日後に成歩堂の弁護士資格剥奪の知らせを聞いた時には、己の力の無さに普段は落ち着いている御剣も歯ぎしりをしたほどだった。
 暫く二人は言葉を発さなかった。執務室の時計の秒針だけが、虚しく時を刻んでいた。

――その時だった。

「失礼しまーすっ!」
 明るい声と共に執務室の扉が開く。金色の短髪に浅黒い肌、青い瞳をサングラスで隠している少年は特徴的な銀色のアクセサリーを茶色のシャツの上に煌めかせていた。
 彼を一目見た冥は彼の風貌を良くは思わなかった。それは御剣も同じのようで、僅かながら眉間に皺を寄せていた。初めて彼と顔を合わせた時もそうだったが、態度といい風貌といい、どこか鼻持ちならぬ印象を受けた。それに加えて彼が自分達より先に成歩堂を倒したとなれば、その感情はより一層強くなった。
「あれ、どうしたんですか?御剣検事。前に頼んでおいた資料、受け取りに来たんですけど」
「…ノックぐらいしたまえ。それから、キサマは空気を読むという言葉を知らないのか」
 御剣の眉間の皺が、より一層深くなった。それでも少年はかけていたサングラスを取って無邪気に笑う。
「空気ですか?そういえば裁判所もここもどこかしめっぽいですよね。ボクだったら、一瞬で空気変えちゃ、イタッ!」
 鋭い衝撃が少年の額を貫く。ヒリヒリする額を擦ると、彼は目の前に立っている青い双眸の少女を見つめた。
「あれ?確かキミはメイ・カルマじゃない?華麗な鞭さばきで有名な。日本に来てたんだ、一度会ってみたかったんだよね〜。ぼくは牙琉響也。よろしく、カル、あいたッ」
「気安く呼ぶなッ!」


――どうして?どうしてこんなオトコに成歩堂龍一が負けたの?どうして?どうして…?


「…私が倒すはずだった。狩魔の完璧な経歴に泥を塗ったあのオトコ、成歩堂龍一を。…なのに、なのに…どうしてキサマはこういう余計なことをしてくれたの?成歩堂龍一は、成歩堂龍一は――」
「『捏造なんてしない』って言いたいの?」
 冥は息を飲んだ。それは自分が言いたかったことを先に言われたからではなかった。サングラスの向こうの青い瞳はさっきの表情とは違い、冷たくて鋭い印象を受けた。サングラスがなかったら、彼の目を正面に見ることはできなかったであろう。
「信じようが信じまいが勝手だけどさ、ぼくは見たよ。捏造された証拠品を出した成歩堂龍一を。彼が平然としているから、ぼくは言ってやった――『ついに。ついにそれを出してしまったね…』ってさ。あの時の彼の青ざめた顔は見ていて本当に最高だったよ。自業自得だね」
 少年はそう言うとひとしきりからからと笑った。そして冥と御剣に向かって憫笑が混じった微笑を浮かべる。
 この生意気な少年を前にして、二人とも言葉が出なかった。と言うより反論したいのに反論できないと言う方が近いだろう。この金髪の天才少年の言うことは正しいのだから。
 やっとのことで御剣が口を開く。
「だからと言って成歩堂が証拠を捏造したという証拠は無いだろう?」
 少年の表情は微笑より憫笑の割合が確実に増えていた。
「あのさぁ、御剣検事。何が問題で、何が問題でないかがわかっていないようですね。捏造を依頼したのではなく、捏造された証拠品を提出するのが問題なんですよ。いくら仲がいいからって捏造された証拠品を提出する人を普通庇う人な、ウッ!」
 『堪忍袋の緒が切れる』というのはまさにこのことを言うのだろうか。冥の怒りの度合いは成歩堂に初めて負けたあの時よりも勝っていた。
「キサマ…、キサマッ、よくも、成歩堂龍一を…――陥れたわねッ!」
 御剣の執務室で鞭の音が響き渡った。少年は既に意識を失い、ソファの側で蹲ったままだった。
 御剣は彼女のするそれを眺めているだけだった。小気味のよい音がどこか心地よい。彼女の奏でる音楽をこう落ち着いて聞いたことなど、今までに一度も御剣には無かった。

「はあ、はあ、はあ…」
 さすがの冥でも30分も少年を打ち据えていたら疲れてしまった。相変わらず彼は蹲ったまま失神しているし、御剣は彼女のすることを何も言わずに見守っていた。冥は構えた鞭を取り落とし、その場に座り込んだ。
「…気は済んだか?」
 御剣は少年のことを気にもかけずにそう尋ねた。
 彼女は答えなかった。わかっていた。そんなことをしたって何も解決しない。
 冥はふと、緑水晶のカフスボタンで飾られたブラウスの袖口にうっすらと染みができていたことに気付いた。それは先ほどまでの怒りの代わりに溢れたもの、涙だった。あれ、彼のために涙を流したことが今までにあったかしら?しかし、そんなことは今はどうでもよかった。
 冥は取り落とした鞭を取り、おもむろに立ち上がった。そして執務室の扉を開けると、廊下へ飛び出していった。

 彼女と入れ替わりに御剣の執務室に入った糸鋸と美雲は何が起きていたのかさっぱり理解できないでいた。涙を流しながら走り去る冥と、明らかに彼の執務室にそぐわない人物、失神した金髪の少年がソファのそばで倒れていたのを目撃したからなおさらである。
「ミツルギさん、何があったんですか…?」
「狩魔検事、泣いてたッスよ…?」
 御剣は頭の上にハテナマークを浮かべた二人にただ一言、こう言った。
「今はそっとしておきたまえ…メイのことも、そこでキゼツしている彼のことも」


<Smile Againへ続く>
■作者からのメッセージ
はじめまして!
今回初投稿のあやめです。ナルメイは一番大好きなCPです。
こんな駄文ですが、感想を頂ければ幸いです…。

P.S.後の作品と矛盾するので、日にちを変更いたしました。

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