想い |
作者:
幸
2011年05月07日(土) 15時44分50秒公開
ID:E59PgyZENnc
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「レイジ!」 私はドアをノックすることも忘れて、荒々しく執務室へ足を踏み入れた。 綺麗に整理された机にひじをついて俯くレイジが目に入る。 「どういうこと!?成歩堂龍一が証拠品を捏造って・・・・そんなわけないじゃないの!あのオトコがそんな・・・・・・・・」 「メイ」 私の言葉を遮ってレイジが顔を上げる。 「落ち着きたまえ、メイ」 その顔を見て、私は息を飲んだ。 「・・・・レイジ、あなた・・・・」 ―――ずいぶんと痩せた。 いいえ、やつれたと言ったほうがいいのかもしれない。 レイジに呼び出されてアメリカから帰ってきたあの事件が終わって、また渡米してから・・・・ 『若手弁護士、成歩堂龍一 証拠品捏造により弁護士バッジ剥奪』 こんなニュースを見て、数ヶ月ぶりに帰ってきた日本。 こんなレイジを見ることになるなんて・・・・ 「一体・・・・何があったというの?」 「・・・・私が、未熟だったのだ」 「どういうこと・・・・?」 そう尋ねると、レイジは組んだ手に顔をうずめた。 「私が全てを知ったときには・・・・もう、手遅れだったのだ」 レイジの声が暗い・・・・こんなに低く話すヒトじゃなかった。 フッと、彼が自嘲気味な笑顔をこぼす。 「私は何もできなかったのだ。アイツに、私は何度も救われておいて、だ。何故こんなにも自分は未熟なのだ!」 「あなたのせいじゃないわ。詳しいことはわからないけど・・・・どうしようもなかったのよ」 「違う!」 ふだんはあまり聞かないレイジの怒鳴り声に、肩が震えた―――私の知っているレイジじゃない。 「私のせいだ。アイツを守ることができなかった!」 「そんなふうに自分を責めたって何も変わらないわ!」 「そんなことはわかっている!しかし・・・・未熟な自分を責めずにいられるほど、私は冷静ではないのだ!」 ―――どうしてこうなってしまうの? 私は・・・・レイジとこんなけんかをするために帰ってきたわけじゃないのに・・・・ レイジはイスから立ち上がって私に背を向けた。 「メイ、もう帰ったほうがいい。ここにいても・・・・私はきみに八つ当たりしてしまうだけだ」 ここにいたい。 そう言いたかったのに・・・・私の口は動かなかった。 「帰るのだ!」 レイジの怒鳴り声に、手をぎゅっと握りしめた。 「あなたは・・・・いつもそうよ」 彼が振り返った気配がしたけれど、床を見たまま構わず続けた。 「大切なことは全部ひとりで抱え込んで、何も話してくれない!私だって・・・・・・・・レイジの隣で戦いたいのに!」 勢いで飛び出してきた外は、まだお昼時だというのに薄暗い雲が空を覆っていた。 「私は・・・・何をしにきたのかしら」 あんなふうに怒鳴るつもりじゃなかった。 これじゃただの逆ギレだ・・・・私は彼に前を向かせなければならなかったのに。 ―――わかったでしょう?成歩堂龍一・・・・ あなたが欠けるだけで、こんなにも周りの世界は回らない。 悔しいけど・・・・レイジに大きい影響を与えられるのはあなただけなのよ。 足元の景色がゆがんだと思ったら、生暖かさが頬を伝った。と同時に激しい雨が降り出す。 もう、涙も雨も混ざって・・・・全て流れてしまえばいいと思った――― 「くそッ・・・・・・・・!」 ドンッ!! メイが出て行ったあと、やるせない気持ちに机を力いっぱい殴った。 ―――他人にあたるなど・・・・私は最低だ。 そうは思っても、このどうしようもない無力感をどこへ向ければいい! 成歩堂を守ることができなかったのは他ならぬ私の責任・・・・ 私は無力だ。 成歩堂・・・・・・・・もし立場が逆だったならば、きみはどうする。 きっときみはどんな方法を使ってでも助けようとするのだろうな・・・・ 「御剣検事、失礼するッス!」 開けっ放しだったドアからイトノコギリ刑事が顔をのぞかせた。 「明日の裁判の資料をお持ちしたッス!」 「・・・・ああ。ありがとう」 刑事から受け取った封筒を机の端に置いた。 「あの、御剣検事・・・・おせっかいなこととは思うッスが・・・・ちゃんと食べているッスか?」 刑事の思わぬ言葉に顔を上げる。 「どんどん痩せていくから心配ッス・・・・」 「そんなことを心配しているヒマがあったら自分の給与を心配したまえ。きみに心配されずともちゃんとやっている」 「し、しかし・・・・」 「早く任務に戻らないとまた課長に怒られるのではないか?」 「・・・・失礼しましたッス」 力なくそう言って、刑事は執務室を出て行った。 ―――すまない。 しかし今は・・・・誰とも関わりたくないのだ。 自分が、器の小さい醜い心の持ち主だと・・・・・・・・もう、晒されたくない――― “成歩堂龍一・・・・いつかやるんじゃないかって思ってたんだよな” “あんな若い弁護士が無敗って怪しすぎるだろ” “きっと今回の一度だけじゃないって!” 「今言ったアンタ!そこのアンタも!いいかげんにするッス!成歩堂龍一は捏造なんてしないッスよ!」 警察局はこのごろこんな陰口でいっぱいッス。 ―――あのオトコが捏造なんて何かの間違いッス! 自分は御剣検事の助手ッスが・・・・相棒の座はアンタに譲ってもいいって思ってるッス! なのに、なんで自分はともかく御剣検事に何も言わないッスか! 「イトノコさんッ!!」 「なんスか!今自分は怒って・・・・ってアンタたち!」 「なるほどくんは!?あの新聞の見出しはなんなんですか!!」 「おいおい真宵ちゃん、ちょっと落ち着けよ!」 綾里真宵と、矢張政志・・・・・・・・ 「真宵ちゃんとたまたま会ってさあ・・・・成歩堂はどうしちまったんだよ?」 「自分も何も知らないッス・・・・我々とも会ってくれないッスから・・・・」 「どうしてそんなに冷静なんですか!なるほどくんは捏造なんてしてません!!」 「そんなことはわかってるッス!ただ、本人が何も言ってくれないことには・・・・・・・・自分も御剣検事もどうしようもないッスよ!」 “会いたくないと言われてしまったよ・・・・私には何も話してくれなかった―――” 自分たちにはどうすることも・・・・ 「・・・・あたしが事務所に行ってきます!」 「多分、アンタが行っても傷つくだけッス・・・・」 「そんなことない!あたしは絶対あきらめません!」 「あっ!真宵ちゃん待ちなって!・・・・じゃ、オレも行きますから」 そう言ってふたりとも走って行ったッス。 「どうしようもなかったッスよ・・・・・・・・」 「真宵ちゃん!」 オレは先に走って行った真宵ちゃんに追いついて腕をつかんだ。 「ほんとに成歩堂のとこに行く気なのかよ!?」 そう聞くと、強く睨んで叫んできた。 「当たり前じゃないですか!なるほどくんは捏造なんてやってないんですから!」 「それは御剣も刑事さんもわかってるって。でも成歩堂は会わなかったんだぜ?今はひとりにしてほしいんじゃねえのかなあ」 「ひとりでふさぎこんでたって悪いこと考えちゃうだけです!あたしは行きます!」 そう言うと手を振り払って行ってしまった。 ―――なんか・・・・前にも同じようなことあったよなあ?成歩堂・・・・・・・・ 小学なんねんの話だっけ? 御剣の給食費なくなって・・・・まあちょっと手出ちゃったのはオレなんだけど。 オマエ疑われて、謝ろうとしたんだよな。 何にもやってねえのに言い訳もしねえでさあ・・・・・・・・ 「また何にも言ってくれねえんだな・・・・」 ―――オレ、オマエ好きだけどさあ。 ひとりで全部抱えこんじまうとこは・・・・どうしても好きになれねえよ。 「雨降りそうだな・・・・・・・・」 成歩堂・・・・・・・・ちゃんと話してくれねえと、何もわかんねえよ――― 「なるほどくん!開けて、あたしだよ!」 事務所に着くなり、ドアを何回もノックした。 「あたし、なるほどくんは捏造なんてしないって・・・・わかってるよ!どうして何も話してくれないの!?」 何度叫んでもなるほどくんが出てくる様子はない。 ―――どうして・・・・?どうして何も言ってくれないの? 「真宵さま!新聞にこんな見出しが・・・・」 慌てたようすで走ってきたはみちゃん。 見せてくれた新聞には、 『成歩堂龍一、弁護士資格剥奪! 証拠品捏造か』 「なに、これ・・・・」 「真宵さま、何もお聞きになっていないのですか?」 なにも・・・・なにも聞いてないよ。 こんな形で知りたくなかった。 なるほどくんの口から、ちゃんと聞きたかったよ・・・・・・・・ 「なるほどくんが教えてよ!どうしてこんなことになったのか・・・・なるほどくんを信じたいのに!」 目からは涙が溢れて止まらない。 いつもあたしはこうなんだ。言いたいことがちゃんと言えない・・・・ ―――あたしは弱い。 いつもなるほどくんに助けられてばっかりで・・・・それなのになるほどくんの傷は癒してあげられない。 「教えてよ・・・・言ってくれなきゃわかんない・・・・!あたしは支えになれないの・・・・・・・・?」 強い雨が降り始めた。 ―――あたしはどうしたらいい?もう・・・・なにもわかんないよ――― ドアの外から真宵ちゃんの叫び声が聞こえる。 それを聞きたくなくて、ぼくはいつもの仕事部屋に向かった。 ―――ごめんな、みんな。 でもぼく自身・・・・どうしたらいいか、みんなに何を言えばいいのかわからないんだ。 きっと今みんなに会ったら、傷つけてしまう。 「・・・・もう、傷つけてるか」 “私はきみのために何もできないのか” “アンタの周りはみんな、アンタを信じてるッスよ!” 顔も見ずに言われたふたりのコトバが頭から離れない――― こんなにも心配してくれている人たちに対して、ぼくは「会いたくない」と一蹴した。 これで今さら傷つけてしまうから、なんて・・・・ 「偽善もいいとこだよな」 ―――世間がどう思っているか・・・・そんなことはどうでもいいんだ。 ぼくは自分が可愛いだけ。 心配してくれる人がいるのに、その人たちを傷つけてしまうから、などと言いながら・・・・・・・・ 自分が傷つくのが1番怖いんだ。 もう雨で、真宵ちゃんの声も聞こえない。 このまま全部ウソだったかのように、元に戻ればいいのに―――ムリなことを本気で願った。 弁護士に戻りたいわけじゃない。 ただ、前の自分はどう笑っていたのか・・・・・・・・今となっては全然、思い出せないんだ――― |
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