僕の周りには |
作者:
ライチ
2011年01月07日(金) 20時10分44秒公開
ID:Fy3MlOocpIU
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山積みにされた資料を目の前に、成歩堂と御剣は対面する。 「それで・・・どうするというのだ?もし仮にキサマが望むのならば私が教えてやらんでもない」 成歩堂はその御剣の言葉に、困ったように頭を掻く。 「その・・・僕が弁護士に戻るって話なんだけどさ・・・やっぱり、無しにしてくれないかな」 其の言葉を訊いた途端、御剣の眉間にシワが寄る。 「キサマ・・・成歩堂。それは勿論冗談だろうな」 御剣に睨まれると大抵の人間は怯むのだが、成歩堂は御剣の幼馴染。こんなことは慣れっこなのだ。 「冗談で云ったつもりはないよ」 「成歩堂ッ!貴様はッ・・・!キサマというヤツは・・・!」 御剣が拳を固めたところで、事務所のドアが開いた。 「待ちなさい、成歩堂龍一ッ!」 弁護士時代に何度も聞いたその声は・・・ 「か、狩魔冥・・・!それに・・・真宵ちゃん?」 そう。声の主は検事・狩魔冥。かつては成歩堂と共に法廷に立っていた。其の隣には、かつての成歩堂の助手、綾里真宵の姿があった。 「話は・・・訊かせて貰ったわ。一体、どういうことかしらッ?」 「お聞きの通り。弁護士には、戻らない」 成歩堂はすっかりと開き直っている。 「何故だ」 「冷静に考えてみたら、今更弁護士に戻っても何なの?周囲から冷たい目で見られるだけじゃない」 「成歩堂龍一ッ・・・随分と変わったようねッ!」 冥のムチを、成歩堂は止める。 「そう。随分と変わった。今は僕、君のムチを止められるよ。何でもみぬけるのさ・・・」 くっ・・・と冥が悔しそうにすると、いきなり怒声が響いた。 「い、いい加減にして、成歩堂龍一ッ!」 其の声の主は― 「ま、真宵ちゃん?」 「何よ、なるほどくんのバカッ!前に逢ったときは『弁護士に戻ることにしたから安心して』とか言っておきながら・・・」 真宵の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。 「そんな、周りの瞳とか、そんなことで諦めるの?そんなことしたら・・・あたし、なるほどくんのこと、一生軽蔑するからね!」 それだけ云うと、真宵の瞳からは、溜まっていたものがぼろぼろと零れ落ちた。 「成歩堂…真宵くんをそこまで悲しませておきながら、まだ云う気かッ?」 成歩堂は答えなかった。 しばしの沈黙が流れた。 その沈黙を破ったのは―成歩堂、だった。 「そんなところに隠れていないで出てきたら?オドロキくん・・・」 「!?」 御剣・真宵・冥の3人は、驚いて辺りを見回す。 すると、所長室のカゲから見覚えのある髪形の王泥喜が出てきた。 「成歩堂さん・・・ごめんなさい、今の―全て聞かせてもらいました」 「盗み聞きとは性質が悪いね」 「本当ですか?成歩堂さん」 「みんなそればっかだね、本当だよ」 「あれだけ真宵さんに言わせておいて平気な顔して本当だよ、は無いでしょう!?」 王泥喜は机をバン、と叩いて言い放った。 その迫力は、王泥喜の初法廷の後の2人のやり取りそのものだ。 「云いたいことがあるなら云って下さいよ!本当にそれだけなんですか!?理由は!」 「本当に戻らない、ただそれだけだよ」 成歩堂は無表情で、まるで無関心といったかのような態度だ。 「成歩堂さんッ!オレは・・・オレは!弁護士の成歩堂さんが好きだったんですよ!」 「!」 王泥喜のその言葉に、成歩堂は微かに反応した。 「あたしも・・・あたしも!弁護士のなるほどくんが好きだったよ!あたしをさ、命を懸けて助けようとしてくれるなるほどくんがさ!」 真宵も、涙を拭い去り、云った。 「いい加減・・・自分の気持ちに正直になってよ・・・」 最後、消え入るように云ったこの言葉は、成歩堂の耳に届いたかは分からないが。 「成歩堂龍一・・・!私がこのように変わったのは、悔しいけど貴方のおかげだわ・・・」 「成歩堂ッ!私ももう1度君と法廷に立ちたい!君が弁護士に戻るまで・・・私は死んでも検事でいる!」 「僕からもお願いするよ」 成歩堂が驚いて振り向く。 「牙琉響也・・・それに・・・茜ちゃん?」 「ガリュー検事にアカネさん!来てくれたんですね!」 「僕がアンタが今こんな状態にある原因の一つだからね、是非とも弁護士に戻ってほしい」 相変わらずの響也だが、其の態度は真剣だ。 「成歩堂さん!あたしも・・・あたしからもお願いします!昔の―弁護士の成歩堂さんは、とても優しくて―大好きでした!」 しばしの沈黙が流れ、成歩堂ははぁ、と溜息を吐いた。 「みんな・・・昔の僕を見てるね・・・弁護士時代の僕を・・・」 成歩堂は、机をバン、と叩いた。 「何で・・・今の僕を見る人はいないんだよッ・・・!」 「今の成歩堂さんを見ている人もいます。少なくともオレはそうでした」 王泥喜の言葉に、成歩堂は顔を上げる。 「オレは・・・最初のあの成歩堂さんだったら・・・ここで働くつもりはありませんでした。少なくとも、今は今で成歩堂さんの魅力はあるんですよ!今現在の成歩堂さんを見てくれている人もいるじゃないですか!」 「じゃぁ・・・どうして・・・」 「成歩堂さん・・・いい加減自分に正直になってくださいよ!やりたいんですよね?弁護士を・・・!」 成歩堂は少し悩んで、絞り出すような声で云った。 「ああ・・・やりたい、やりたいよ…でも、僕が弁護士になったら…」 成歩堂は頭を抱える。 「みぬきくん・・・か」 「僕が…弁護士になったら、あの子は・・・」 「大丈夫ですよ」 王泥喜はにっこりと微笑んだ。 「みぬきちゃんはもう子供ではありません。むしろ、成歩堂さんが弁護士を辞めてしまったことに責任を感じているのだと思います。だから・・・みぬきちゃんのためにも、弁護士に戻ってあげてください」 「たまに、あたしもはみちゃんとみぬきちゃんに逢いに遊びに来るから・・・!」 しばしの沈黙の末の成歩堂の言葉は― 「分かった、頑張ってみるよ」 其の一言だった。 その日の夕方。 学校から帰ってきたみぬきは、成歩堂に問い返す。 「あれ、パパ。何か今日、いいコトあったの?」 そんなみぬきの頭を、成歩堂はぽん、と撫でる。 「うん…また、その時が来たらみぬきに教えるね。パパ、これから帰りが遅くなるかもしれないけど…オドロキくんと2人で待っててくれるかな?」 「うん!みぬき、待ってるから!頑張ってね!」 そのみぬきの笑顔は、何もかも見透かしたような―しかし、本当に自然の。柔らかい笑顔だった。 成歩堂は実感した。 自分の周りには、こんなにも沢山、自分を愛してくれる人が居たんだなぁ、と。 |
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