The unrequited memory
作者: Lies in the truth   2010年12月23日(木) 14時47分12秒公開   ID:0iv14BfJ/zk
 家の皆が寝静まる頃に少し冷めかけている残り湯に浸かり、ようやく床に就く用意をする。これがいつものことである。春が近付いているとはいえ、まだ湯あがりは寒い。
 家事や学校の課題は手早く済ませるように心がけであるが、あのお方への修業の付き添いや依頼人への連絡、見習いへの手解き等が毎日あるのでどうしても夜遅くまでかかってしまう。一度同級生に、
「秘書みたいに働いている」
と言われた。なぜ、それ程までに自分の時間を犠牲にするのかと面と向かって聞かれたのである。家元につき従うのは当然の理であるでもあるが、真の理由は、自分の罪に対する贖罪である。幼さ故の無知により自分はあのお方の命を危険に晒してしまった…自分はそれを一生背負わなければならない。しかし、そんなこと言えるはずもなく自分の趣味でやっていることだと言い張った。

 この里の人間が周囲から奇異の視線に晒される理由として挙げられるのは、脈々と受け継がれてきた伝統や戒めによるヨーロッパの貴族並の俗世間からの乖離である。以前にも、電話の回線が老朽化し、新しいものと交換するのを機にインターネットの回線も入れようかという話が出て、ずいぶんと揉めた。里が俗世間に侵されると反対の声が上がったが、自分が責任をもって取り持つことで騒ぎが収束した。この里の名誉を回復するためには仕方のないことであると思ったというのもあるが、常に忙しくしていたほうが自分の役目に没頭できると思ったからだ。始めはマウスのクリックもまともにできなかったが、ディスプレイと長時間にらめっこしている間に徐々に覚えてきた。おかげで、メールでの依頼人とのやりとりもスムーズに行えるようになった。

 そんなたわいもないことを思い出しながら、いつの間にか自分の部屋に着いていた。
 襖を開け、何気なく部屋の時計を見ると、短針が今日の始まりを告げてから間もなく、右60°の地点へと達しようとしている。その様子を見ると、僅かであるが眠気が襲ってくる。生まれてからまだ15年も満たないので、健全なことであるのだが、とても憂鬱であった。自分にとって、睡眠ほど、ほろ甘く精神を衰弱させるものはないからである。しかしながら、明日に支障をきたす恐れがあるので、結いあげた髪を解きさっさと寝巻に着替えて床に就いた。

 いつの間にかその懐かしい場所にいた。そこでは決まって二人の人間がいる。一人は、背の高い特徴的な髪形をした男性で、不器用で決して聡明とは言えないが実直で優しい人、もう一人はあのお方の若き日の姿…

―やった〜また、私の勝ち〜 みそラーメンおごり3杯目決定だよ!―

―くっそ〜ババ抜きで三連敗か…ねっ!今度ポーカーにしようよ!―

―ヤだよ、ルールしらないよ〜 まぁ百歩譲って大富豪ならいいよ。―

―二人でやっても意味ないだろう?―

―大丈夫、もう一人いるじゃん!ねぇやったことある?はみちゃん…

 そこで、夢が途切れた。

 朝のそよ風が庭の木々を揺らす音で目が覚めた。いや、現実に引き戻された。軽く背伸びをし、倦怠感をぬぐい去った後に右手で両瞼に触れてみる。いつものように熱を帯びた雫が流れていることを確認する。
 悲しいからかどうかはわからない。ただ言えることは、戒めてもまたその夢の世界に投じてしまう自分の未熟さを湧き上がる感情と共に搾り出しているのだ。これを確認できていないと、自分は正気を保っていられない。

 自分が冷静でなくなったら、誰があのお方を支えていけるのだろうか?一番つらいのは、大切な人の傍にいられないあのお方なのだから…
■作者からのメッセージ
結構、想像で書いてみました。

読んで頂けたら幸いです。

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