逆転の再出発6- The self-deceiver -
作者: Lies in the truth   2010年11月15日(月) 23時08分25秒公開   ID:0iv14BfJ/zk
 アメリカ大都市の死と生:The Death and Life of Great American Cities(1961)という安易な近代都市化を批判する名著がある。

 著者である、ジェイン・ジェイコブズは、古い建物の存在、1つに限定しない地域の用途、年齢や職業が同一ではない多様な住民の集中等が見られる昔ながらの集落のような都市が理想であると主張した。この本は当時においては、近代化とは自動車優位で幾何学的な単一のゾーニングをすることであるという主流に遡行するものであり、『田舎者が自分の故郷を美化しているにすぎない』という手厳しい意見も多かったが、現在では、都市計画に携わる者は必ず耳にするバイブルと成っている。しかし、果てなく続く田園風景の中を何時間も歩き続ける弁護士と魔術師の見習いの2人とっては、どれ程本の価値を説こうが、馬の耳に念仏であろう。


 王泥喜とみぬきは法廷をさっさと終わらせた後、成歩堂の行方を追うために倉院の里に向かっていた。始めは、電車の中で、みぬきの手作り弁当に舌鼓を打ちながら遠足気分を満喫していた。しかし、最寄りというには距離がありすぎる駅に着いた途端、状況は変わった。1日数本しかないバスに乗り遅れてしまったのである。次のバスを待っていたら、駅のベンチで夜を明かすことになるので、目的地まで歩くことになった。
「オドロキさ〜ん、休憩しましょうよ。みぬき、もう足がステッキです」
「でも、早くしないと日が暮れちゃうよ」
「え〜、もう歩きたくないです。あっ、この石、ちょうど2人座れそうですね。ここで休みましょう」
 王泥喜の言葉を無視して、みぬきは石の上に着ていたマントを敷いて石の上に腰をかけた。王泥喜も、“やれやれ”という顔をしてそれに続いた。
「それにしても、こんな田舎に本当にパパがいるんですか?」
「間違いないよ。これが反応したからね」
 そういって、王泥喜は自分の左腕を掲げた。
「腕輪って…パパを“見抜いた”んですか?」
「そう、昨日の夜に成歩堂さんとはち合わせた時にね。弁護士時代の成歩堂さん、気まずいときに頭に手をやる癖があっただろ?一瞬だけど、右手が頭に当てようとしたのがはっきり見えた。それに、一瞬だけど視線がある本に向けられた…」
 証人に語りかけるように、王泥喜を言う。
「ある本って?」
「大事そうにとってある法律の本…成歩堂さんの師匠が遺してくれた」
「師匠って、確か、綾里…あっ!」
「そう、綾里千尋さん。そして、その人の故郷はオレたちが向かおうとしている倉院の里…」
 王泥喜はそう結論づけた。それを聞いたにみぬきがさらに質問する。
「ということは、千尋さんのお墓参りですか?」
「いや、寝ぼけていてそこまで追求できなかったけど…おそらく別の人物に逢いに行ったんだと思う」
「別の人物?」
「もう一人、いるだろう?倉院の里出身で成歩堂さんの傍にいた人物が」
 みぬきを誘導するかのように、王泥喜はゆっくりと語りかける。
「…もしかして、副所長さんですか?千尋さんの妹の…」
「そう、綾里真宵さん。逢ったことある?」
「う〜ん、逢ったことはないと思います。少なくとも、みぬきがパパと暮らし始めた時にはいませんでした。それに、パパはあまり副所長さんの事を話したがらなかったです。みぬきが聞くと何となく淋しそうな目をするんです…」
 そういって、みぬきは肩を落とした。
「そうか…」
 王泥喜は天を仰いで呟いた。同時に、空のキャンパスが雲によって暗灰色に塗りつぶされているのを見て、嫌な予感がした。雨とは別の、波乱に満ちた出来事が起こりそうな…



 王泥喜とみぬきが倉院の里へと向かっている頃、成歩堂はかつての師匠と雨の中の法廷劇を繰り広げていた。

「…みぬきを引き取った…」
 そう言うと、黒いサイコ・ロックの幾つかが甲高い金属音と共に砕けた。
「そう、あなたはそのみぬきちゃんを引き取った。そこまではいい?」
 千尋はゆっくりとした口調で続ける。
「それじゃあ、なるほどくんは何の為にみぬきちゃんを引き取ったのかしら?」
「それは、みぬきはどこも行くあても無くて僕が引き取らなければ生きられなかったから…」
「うそね」
 千尋はばっさりと切り捨てた。
「児童養護施設があったはずよ。みぬきちゃんはそこに入れば良かったんじゃない?少なくても、弁護士の資格を失って収入が断たれたあなたと暮らすよりはマシなはずよ」
「…それは…」
「それに、あなたはみぬきちゃんに働いてもらっているわよね?引き取って育てていくというあなたの証言と食い違っているわ」
「…うっ」
 千尋に決定的なムジュンを指摘され、成歩堂はうろたえた。
「なるほどくん、私は教えたはずよ?私たち弁護士は法廷でたった一つの真実を追求するの。だから真実を包み隠す嘘は徹底的に暴かねばならない…それが自分自身の心が吐いた嘘であっても…」
「自分自身…」
 ここぞ、とばかりに千尋は畳みかけた。
「そう、なるほどくん。あなたは自分自身に嘘をついている。みぬきちゃんを引き取ったのは、義務でなく、もちろん同情でもない。自分の孤独感を埋めるためよ」
 成歩堂は自分の胸が千尋の“追求の矢”に鋭く射抜かれるのを感じた。同時に、サイコ・ロックも次々と壊れていった。

 残りのサイコ・ロックはあと一つ…
■作者からのメッセージ
随分前に書いたもののつづきです。

逆転検事2とレイトン×逆転裁判が楽しみです。

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