理想と現実とA -Cruel truth is better than perfect myth.
作者: Lies in the truth   2010年11月11日(木) 18時50分06秒公開   ID:0iv14BfJ/zk
 署内の人間は手早く食事を済ませ、さっさと自分の持ち場に就くのが当然の光景になっている食堂で、成歩堂龍一は食事をゆっくりと堪能した、デザートのティラミスも含めて。
「やっぱり、一皿余計だったかな?」
 満ち足りた状態で、成歩堂は悔やむ。好きなものをたらふく食べていたら、すぐに腹回りに影響が出る年になってしまった。仮にも、みぬきの同級生に親の中では、若くてカッコいいパパで通っている手前、太りでもしたら、みぬきに何を言われるかわからない。
 成歩堂は自分の腹を擦りながら、食器のトレイを持って返却口へ向かおう席を立つと、一つ前の列の席に忘れ物がある事に気づく。トレイを片手に持ち、それをもう一方の手で取ると甘い香りがした。
「…これは?」
 端的に言って、ただの食べかけのかりんとうだった。こんなものを持ち歩いている人間はすぐに想像がついたが、まだ半分も残った状態のものを置き忘れていることにいささかの不審さを感じる。主食である筈のものを簡単に手放すとも思えない。何か尋常ならざることがあったのだろうか。
「…もしかして」
 成歩堂はその人物の今日の様子がおかしかったことを思い出した。いや、正確には自分の顔を見てさらにおかしくなったと言ったほうがいいのかもしれない。
「どうやら、僕に原因があるみたいだね…」
 そう思った後、成歩堂はかりんとうをパーカーのポケットに突っ込み、返却口へと向かった。

 成歩堂が、甘い香りのする忘れ物を見つけた頃、持主は、少ししょっぱいかりんとうを味わっていた。傘を差す程強い雨ではなかったが、自分の白衣はむやみに濡れていいほど耐水性が高くない。茜は独りでやり過ごそうと考えていたが、ちょうどその時、その考えに賛同した小さな同士が表れた。小走りで東屋に入ってきて、先客である茜の顔みて訝しげにこう言った。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
 茜が声のした方向を見ると、1人の女の子が立っていた。茜の腰と同じくらいの背丈、肩にかかるくらいの栗色の髪、1μmの疵一つもない琥珀のようなつぶらな瞳… 子供向けのファッション雑誌のモデルと言われても頷ける程の美少女であった。
「…もしかして、体痛いの?」
「ううん、平気だよ。ちょっと…」
 その原因は子供に言うには、あまりにも難解でかつ不謹慎なので、
「お友達に、嘘つかれちゃってね…」
 婉曲と言うにはいささか虚構と不確実性が多過ぎたが、茜の日本語のセンスではこれが限界だった。
「ケンカしたの?泣いちゃだめだよ」
 少女は、ジーンズのポケットからハンカチを出すと茜の涙を拭った。
「…ありがとう」
「どうして、ケンカしたの?お約束破っちゃったの?」
「うん、まぁそんなところかな…」
 茜は返答に困って語尾を濁した。将来、科学捜査官になり成歩堂とともに真実を追い求めるという約束がある、いうよりもそういう茜の一方的な願望があるというのが正しかったからだ。
「ママがね、言ってたの。お友達が約束を破ったり、嘘ついたりするのは理由があるからちゃんとお話をしなきゃダメだって」
「お話か…」
 その言葉に、茜は黙ってしまった。思えば、今回のこともそうだが、再開して以来成歩堂とあまり真剣な話はしていない。無論、全く話していないというわけではない。しかし、避けられているのか、自分と成歩堂との間に見えない壁のようなものを感じるのは確かだった。

 小さな子供に気付かされた、否、諭されてしまった… 善良な市民の木鐸となるべき警察官としてはこの上なく情けなかったが、少しは楽になったと茜は感じた。
「君は何しているの?こんなところで1人で遊ぶのは危ないよ?」
 茜は気を持ち直し、警察官としての然るべき対応をした。日本の公園、特に小規模のものは、計画的な吟味をなされないまま余った土地の再利用を目的として造られたものが多い。当然、そのようなものは都市の死角と化し、善良な市民の代わりに不審者を呼び寄せてしまう。実際、軽微なものを含めるならば、子供が巻き込まれた犯罪発生箇所の多くはこれらの様な公園であるという調査結果も出ていることを茜は知っていた。
「お友達とここで遊ぶ約束をしたんだけど…雨降っているし、今日はお友達来れないかも…」
「そうなんだ…」
 茜は少女を元気付けるべく、持っていたかりんとうの袋を差しだした。
「これ、食べる?」
「わぁ、ありがとう、お姉ちゃん」
 少女はかりんとうを1つ摘み、口へ運んだ。
「おいしい!」
 少女の無垢な反応に対して、茜は満面の笑みで応える。同時に、自分はこの純粋さを何時の間に無くしてしまったのかと思った。いつから、体裁を気にしてあまり本音で話さなくなったのだろうか…
「あ、雨がやんできたよ。」
 遮るように、かりんとうを食べ終えた少女が言った。
「…でも、雨でグラウンドに水たまりができてるから、やっぱり遊べないね…」
 茜は、少女を励ますためにこう言った。
「また、今度遊べばいいじゃない。今日は帰ったほうがいいよ。そうだ、これ持ってて。」
 茜は、バックから空の100mlの薬品ビンにかりんとうをざらざらと入れ、少女に握らせた。
「これ、慰めてくれたお礼。お友達と食べてね。」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
 少女は小さな頭を下げてお礼を言うと、小走りで去っていった。


 少女に手を振って見送りながら、茜は少女の言ったことを反芻していた。

―ちゃんとお話をしなきゃダメ―

 姉の巴の事件の時も、そうだった… 自分に巴とちゃんと向き合う勇気があう程の強さがあれば、巴の異変に気づいて、犯罪に手を染めることを止めることが出来たのではないか?あの時と同じ苦い思いを繰り返すのか?
 例え辛くても、真実を知ることから逃げてはいけない。それは、証拠品を捏造して真実を隠蔽することと同じくらい卑怯なのだから…


 成歩堂と直接話をしよう。例え、自分の悪い想像どおりだったとしても、目を逸らさずに受け入れよう。彼は間違いなく恩人であり…

―自分が好きになった人だから―

 茜の心は決まった。
■作者からのメッセージ
論文書きながら小説書くのは大変です。
でも、ストレス発散になります。

読んでくれたら、幸いです。

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