To future |
作者:
幸
2010年10月24日(日) 17時39分30秒公開
ID:JcQLURiTVWo
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“ごめん、真宵ちゃん―――” あのときの彼はどんな顔をしていただろう。 今思い返そうとしても、全然分からなかった。 ただ覚えているのは、今にも泣き出しそうな・・・・聞いたこともないようななるほどくんの声――― コンコンッ どうぞ、と中から声がしてドアを開ける。 「なーるほーどくんっ!」 顔をのぞかせると、なるほどくんが白いベッドに座っていた。 「ああ、いらっしゃい真宵ちゃん。そろそろ来るかなと思ってたよ」 「調子いいんだから、もう。事故にあったって聞いたときはびっくりしたんだからねー!」 あたしが怒っている顔を見て、ごめんごめんと笑うなるほどくん。 ほんとに大したことないんだ、と少し安心した。 倉院の里に電話がかかってきたのは、昨日のことだった。 「真宵さま、大変です!」 取り乱した様子で廊下を走ってくるはみちゃんに、少し胸騒ぎがした。 「なるほどくんが、事故に遭われたって・・・・」 「な・・・・なるほどくん、が?」 電話が繋がっています、というはみちゃんの声を聞くなり、走り出していた。 電話の前まで来て、震える手と息を整える。 「も・・・・もしもし・・・・?」 『真宵ちゃん?』 緊張して声が震えたあたしに答えたのは、元気そうななるほどくんの声だった。 「あ、あれ。なるほどくん?事故って・・・・」 電話の向こうのなるほどくんが笑う。 『電話の春美ちゃんの声、成長したと思ったけど・・・・早とちりなとこは昔の真宵ちゃんそっくりだな。』 「え・・・・じゃあ、打撲しただけ・・・・なの?」 一通りの話をなるほどくんから聞いて、あたしは信じられない気持ちで聞き返した。 『そうだよ。春美ちゃんにもそういおうと思ったんだけど・・・・慌てて真宵ちゃん呼びに行っちゃったみたいだね』 「うん。すごい走ってくるから、大怪我でもしたのかと思って・・・・」 『心配した?』 からかってくるようななるほどくんの聞き方。 ちょっとむすっとしながらも、あたしは正直に答えた。 「・・・・・・・・した」 少しの沈黙の後なるほどくんが、えっと・・・・と切り出した。 『真宵ちゃん、何かあったの?』 「素直に言っただけだもん!」 ひねくれた声を出すと、電話越しになるほどくんが笑った。 『じゃあ・・・・おいでよ、ひまなときにでも。お見舞いにさ』 「・・・・もう。きてください、でしょ」 明日、と約束をして、受話器を置いた。 「真宵さま!なるほどくんのご容態は・・・・?」 部屋に戻るなり、待っていたはみちゃんが不安そうな表情で出迎えてくれた。 「もう、元気すぎてしょうがないくらいだよ」 そう言うと、はみちゃんは安心したように笑った。 「明日お見舞いに行くから、はみちゃんも一緒に行こ。修行お休みでしょ?」 「まあ!何を言っているのですか!わたくし、おふたりのお邪魔なんてできません!真宵さまが行ってきてください!」 「え、そんな邪魔なんて・・・・」 「いいえ!だめです!あ、わたくし明日はお買い物に行きますので!なるほどくんにどうぞよろしく!」 はみちゃんのそんな心遣いのおかげで、あたしはひとりでお見舞いに行くことになったんだ。 「そうだ、なるほどくん。病院ってひまでしょ?そう思っていいもの持ってきたんだよ!」 あたしは手に提げていた紙袋をなるほどくんに渡した。 「なんだい?これ」 「うふふ。トノサマンのビデオ!1話からそろってるからゆっくり見てよね!」 「ま、真宵ちゃん。たぶんぼくそんなにここにいないよ」 なるほどくんの言葉に、そうだった!と叫ぶと、彼は前と変わらず穏やかに微笑んだ。 「それにしても、車にはねられて打撲だけって・・・・なるほどくん人間じゃないね」 「いや、10メートルくらいは吹っ飛ばされたんだよ。そのとき車のサイドミラーもぎ取っちゃっただけで」 「・・・・それ、車の方が被害者なんじゃないかな」 そうかもしれないよ、と笑った後、なるほどくんは真剣な顔であたしを見た。 その真っ直ぐなまなざしに、正直ドキッとする。 「あのさ、真宵ちゃん。話が・・・・あるんだ」 “ごめん、真宵ちゃん―――ぼく・・・・” あれからもう、7年。 あのときの緊張が蘇ってくる。今度は、何を言うんだろう――― 「最近、御剣と会っててさ。色々相談に乗ってもらってたんだ」 「御剣検事、と・・・・?」 なるほどくんがうなずく。 「ぼく、もう一度―――」 今、聞いた言葉は 幻じゃないよね? 聞き間違いなんかじゃ ないよね・・・・? 「真宵ちゃん、泣かないで」 なるほどくんの手があたしの頬に伸びる。 気づけば冷たい感触が頬を伝っていた。 「あいつ・・・・ぼくがどれだけ拒んでも、何度も資料送ってきたり、電話してきたり・・・・事務所にまで来てさ? 正直、こんなに何かに固執するやつだったかなって思ったよ。なんでこんなにぼくなんかのために必死なんだ・・・・って」 そう言うなるほどくんは、窓の外を見てた。 その目には何が映ってるのかな、なんて思う。だって、あまりにも優しい目をするから――― 「嬉しかったんだね・・・・?」 そう聞くと、なるほどくんは照れたように微笑んだ。 「そうなのかもしれないな。もちろん決めたのはそれだけが理由じゃないけど・・・・ すごく、嬉しかったんだと思う。」 向けられた笑顔に、あたしもうなずいた。 「御剣、ぼくが御剣を変えたって言ったんだ。それで・・・・自分は、昔の自分より変われた今の自分のほうが好きだ、って」 「御剣検事が、そんなこと・・・・?」 ガラじゃないだろ?となるほどくんが微笑んだ。 「それで考えてみた。でもさ・・・・ぼくだって、御剣にいろんなものもらってる。強さとか、優しさとか・・・・ 言葉じゃ言い表せないほど、たくさん。 昔のぼくは、今のアイツみたいに、そういうものでヒトを少しでも救えてたのかな、って・・・・・・・・同時に思った」 「救ったに決まってるよ!だってなるほどくんの弁護受けたヒトたち、みんな笑顔だった!あたしだって・・・・」 あたしだって、たくさん・・・・たくさん――― 伝えたいことがいっぱいあるのに、涙でつまって言葉にならない。 涙をぬぐっていると、何かが優しくあたしを包んだ。 「真宵ちゃん、ありがとう」 耳元でなるほどくんの声がする。 「・・・・真宵ちゃんに、たくさん助けられたね。真宵ちゃんがいなかったら、今のぼくはないんだ」 あたしの背中に回っているなるほどくんの大きくてあったかい手が、さらにあたしを引き寄せた。 「それは・・・・あたしのほう、だよ。なるほどくんがいてくれたから、家元になるために頑張れたの」 ありがとう、と静かに呟くと、なるほどくんもありがとうと返してきた。 「頑張るよ。必ずもう一度・・・・もう一度、戻るから」 「・・・・・・・・うん。応援する」 あたしたちは微笑み合った。 ―――次に会うのは、なるほどくんが夢を叶えたときだね――― そう言ったのはあたし。 怖くなんかないんだ・・・・だってなるほどくんは、ウソをついたことなんかない。 病院からの帰り道――― 真っ赤な夕日が、あたしの影を伸ばしてる。 昔、裁判の帰り・・・・なるほどくんんと一緒に歩いたな・・・・・・・・ 7年前のあのなるほどくんの悲しい顔、声――― “真宵ちゃん、ごめん―――ぼく・・・・疲れたんだ・・・・・・・・” ヒトを信じることが怖くなってしまったような目だった。 イトノコさんから詳しい話を聞いて、ひとりで大泣きしたのを覚えてる。 でも・・・・もう、こんな思い出に辛い思いをする必要なんかないんだね。 これから、もっと大切な思い出・・・・作っていけばいいんだもん。 これからは、未来を見ていくんだ。 “ぼく、もう一度―――司法試験を受けるよ” 待ってるね、なるほどくん。 そのときはあたしも・・・・あたしも、自分の気持ちをちゃんと伝えるから――― |
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