with you |
作者:
楠木柚子
URL: http://kijyou.rakurakuhp.net
2010年10月20日(水) 13時28分36秒公開
ID:aTlFSZLrxAQ
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その背中は、美しかった。ピンと伸ばした背筋。ワインレッドのスーツに包まれて。ナニがあっても変わらないその背中。 その背中が振り返って、千尋の方をむいた。 裁判所の帰り道。血に染まったような紅い太陽の断末魔の中、御剣はゆっくりと言葉を紡ぐ。 「私と結婚してもらえないだろうか、千尋さん。」 一瞬、その言葉の意味が分からなくて、千尋は立ち止まる。 「その‥‥‥‥。」 「私と共に、生きてほしい。」 言葉の意味を何とか理解した千尋は、今度は御剣の真意を汲み取るために、その表情をうかがった。夕日を背にしてたっているため、御剣の表情は良く見えない。 彼はナニを言っているんだろう。 彼自身、分かっているはずだ。『綾里千尋は、死んでいる』と。今だって、真宵の力を借りなければ、御剣と会話することは愚か、その姿を見ることすら出来ない。‥‥そんな恋人だ。 しかし、千尋は‥‥その言葉に異議をとなえることが出来なかった。 御剣は、全て承知の上で言っているのだ。千尋が死んでいることも。霊媒という手段を使ってしか、二人は会えないのだということも。 そして、そんな状態でも御剣と共にいたいと思うほど、千尋が御剣を愛してしまっていることも。 「‥‥‥‥‥‥。」 想いは言葉にならなかった。 それでも良い、と御剣は言っているのだ。そんな死者でも共に生きたい、と。 千尋の全てを受け入れる覚悟をした上で、それでもなお結婚したいと言ってくれる御剣の優しさを千尋は否定することが出来るだろうか。 ――――No. そんなことは生きていたって出来やしない。 貴方を愛してしまったのだから。 訳もなく、涙が溢れた。 「メイワク、だったか?」 御剣がシンパイそうに問いかけてくる。千尋は全力で首をふった。 「嬉しいと、思いました。」 嬉しいと、思った。心の底から。 この涙は、御剣の言葉が嬉しすぎたのと、果たせもしないプロポーズを受け入れてしまう、自分の心の痛み。 (――――きっと。) 貴方が検事で居続けるとき、私は傍にはいない。誰か、私じゃない人物が傍にいるだろう。 本当は、自分より若い、この天才検事の成長をずっと隣で見守っていたかった。けれど、彼と私のいきる世界は違う。 だから、せめて。 「ありがとうございます。」 千尋は呟いた。 表情が沈んでいることに、御剣は気づいているのだろうか。 ――――怜侍さん。 どうしてそんなに優しくて、ひどいの?叶いもしない想いを私にぶつけられるの? いや。現実には叶わないから、こそ。せめて、優しすぎる嘘を吐きたいと。その嘘を刹那でも信じたい、と。 叶わなくたって、良い。せめてもう少しだけ、この嘘のような現実をみせてくれるのならば。 それとも、それさえも、許されない願いなのだろうか。 「怜侍さん。」 「‥‥?」 少し長く感じる、ほんの一分一秒、貴方と過ごしたいと、願うことさえ。 「明日‥‥晴れるかしら?」 本当に言いたかったことは、言葉にならなかった。 貴方がいる世界に私の存在は許されない。貴方を死の世界へ惑わすから。 では、私のいなくなった世界で貴方はどんな顔をするのだろうか。 千尋は、真宵に身体を返す前に一瞬御剣の声を聞いた。 「こんなに綺麗な夕焼けなのだから、きっと晴れるだろう。」 最後に見た景色は、切なげな紅をしていた。ビルの隙間から見えた夕日は、今にも泣き出しそうだった。 (さよなら、怜侍さん。) きっと、私が貴方の元に戻ることは、ない。それでも、ずっと忘れないでほしい。 この身体なんてなくとも、私のこの想いだけはずっと貴方の隣にあるということを。 ――――I'm always with you. |
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