新生御剣検事!
作者: 異議あ麟太郎   2010年04月18日(日) 00時36分55秒公開   ID:InUfaOeUssY
―親愛なる逆転裁判ファンの皆様に―

‐4月24日午前9時50分地方裁判所弁護人控え室-
 成歩堂龍一は開廷前にソファーに座りながら、今回の事件に関する資料を読んでいた。
(今回もまた一波乱起きそうだな……)
 昨日の朝になって、突如自分が弁護することになった被告人の現在置かれている状況を資料で再確認するにあったって、成歩堂はため息をつかざるをえなかった。それは彼にとっては裁判前に必ずといっていいほど起こる『生理現象』のようなもので、そして今回の事件もまた絶体絶命の状況から始めなければならないという証拠でもあった。
「なるほどくん。大丈夫? いつものことだけど顔色が悪いよ?」
 彼の助手である綾里真宵が心配そうに――というより目の前の人物の衰弱ぶりを観察するような目で見つめる。
「ああ、大丈夫。けど、どうして毎回毎回絶対絶命の状況から始まるのかな……」
 まるで自分の悲運を嘆く悲劇役者のような身振りで成歩堂は愚痴をぼやく。
「うーん、あたしが思うになるほどくんは、たぶんそういう自分を窮地に追いやる生まれつきの天性の才能があるんだと思うな」
「酷く、必要ない才能だね」
 自分の助手が述べた冗談なのか本気なのか判別のつかない意見について突っ込みをいれる。こんなやりとりもまた『日常茶飯事』だった。考えてみれば彼女との付き合いも長い――と成歩堂は自分の師匠の妹にして助手の顔を見ながら思う。悲劇的な現場で出会い、そこから劇的な展開を向かえ、綾里真宵は成歩堂龍一の助手にして、彼の法律事務所の副所長―彼女いわくだが―になった。
「あのう……今日はよろしくお願いします」
 成歩堂と真宵のやり取りの後ろから、蚊の鳴くような小さな声で、中年の男性が申し訳なさそうに話しかけてきた。
「あ! 海部さん。なるほどくんに任せておけば大丈夫ですよ 。泥舟に乗った気でいてください」
「それじゃ沈んじゃうだろ!」
 真宵のボケにすかさず成歩堂が突っ込みをいれる。これもまたいつものパターンだ。
「はあ、でも今日の相手の検事さんは何だかすごい人なんですよね」
 危機的状況に追いやられている依頼人はただでさえ色が青白い顔をよりいっそう青くさせて、不安を吐露する。
「大丈夫ですよ。相手の検事さん御剣検事っていうんですけど、なるほどくんとは友達で今までも何回か戦ってますけどなるほどくん勝ってますから! あ、でも一回負けちゃっ……」
「余計なことはいわなくていいから!」
 依頼人を不安にさせることをうっかり喋ろうとする真宵をすかさず成歩堂が制止する。
(負けたといってもあれは被告人が実際に有罪だったからだし……)
 成歩堂心の中で真宵の言葉に対し反論する。
「御剣といえば昨日イトノコ刑事が言ってたことが気になるな……」
「ああ、そういえば新生御剣とか言ってたね」

 昨日事件について真宵とともに調べているときだった。事件現場でいつものごとく糸鋸刑事と顔を会わせた。ちなみにその時の彼の第一声は「また、アンタたちッスか……」である。
 そんなもはや恒例行事と化したやりとりを終えて、事件について色々糸鋸刑事から情報を得て最後に成歩堂は
「あ、そういえば糸鋸刑事。明日の担当検事は誰ですか?」
 事件の情報も大事だが相手の検事を知っておくことも重要である。成歩堂はいつもと同じ感覚で当たり前のように尋ねたのだが
「あ……明日の検事はその御剣検事っス」
 糸鋸は何故だが奥歯に物が挟まったような言い方をした。
「御剣がどうかしたんですか?」
 糸鋸の態度を不信に思い尋ねる。
「あ、いやその……聞いてないッスか?」
「何をですか?」
 糸鋸が何を言いたいのかわからず成歩堂は眉を顰める。すると糸鋸はしばらく黙っていたがやがて何かを得心したように頷き、何か思いついたような顔をすると
「明日の御剣検事は手強いッスよ。何て言ったって『新生御剣』ッスからね」
 糸鋸はなぜか顔に意味深な笑みを浮かべている。
「新生? どういう意味ですか?」
「それは明日会ってからのお楽しみッスよ」
 そう言うと糸鋸は成歩堂と真宵の前からいなくなってしまった。

「新生か……どういう意味だ?」
 昨日の糸鋸との一連のやり取りを思い出しながら成歩堂独白する。
「あ! もしかしてあのフリフリを新しく新調した、とかかな?」
 真宵が成歩堂に「どう?」という感じで言う。
「うーん、ありえなくはないな……」
 成歩堂は腕組をしながらあのフリフリがどのように変化したのか想像しようとしたが、彼の想像力では及ばなかったのかやがてあきらめた。
「あのーそろそろ開廷です。弁護人は法廷へ」
 近くにいた係官が成歩堂に法廷に入るように促す。成歩堂は時計を見るとすでに時刻は開始五分前を指していた。
「さあ、なるほどくん行こう。新生御剣をこの目で見てやろうじゃないの!」
「そうだね。じゃあ、行くとしようか……」
 こうして、成歩堂たちは法廷へと向かった。新生御剣検事に驚かされることになるとも知らず……。

-同日午前10時地方裁判所第四法廷-
 法廷に入り検事席に視線を送った瞬間、成歩堂と真宵の頭の中にはクエスチョンマークが出現した。
「ねぇ、なるほどくん」
「なに? 真宵ちゃん」
 成歩堂と真宵はお互い視線を検事席に向けてたまま話す。二人の視線の先――検事席――には御剣検事が立っていた。
「あたしの目が正しいならあそこに立ってるのって……」
 真宵がそこまで言いかけたとき白い髭を蓄えたおなじみの裁判長が入廷した。
「弁護人、検察ともにちゃんといますね。さて、これから海部達人の法廷を開廷しま……」
「異議あり!」
 裁判長の言葉を成歩堂の異議が遮った。
「どうしましたか? 成歩堂君」
 裁判長は突然異議を申し立てた成歩堂に困惑しながら裁判長が言う。
 成歩堂は力をこめて机を叩き人差し指を検事席に立っている御剣検事に突き立てると
「『どうしましたか?』じゃありませんよ裁判長! 先ほどあなたは弁護人と検察がちゃんとちゃんといますねと言いましたがそこに立ってるのは……痛て!」
 そう成歩堂が言いかけた瞬間「ヒュン!」と空を切る音がして鞭が成歩堂向けて飛んできた。
「やかましいわよ成歩堂龍一。審理進行を妨げないで」
「か、狩魔冥……どうして君が? た、確か今日の検事は御剣のはずじゃ……」
 鞭で打たれたところを擦りながら成歩堂は言う。
「間違ってないわよ。今日の担当検事は『御剣』よ」
 鞭を弄びながら女検事は言う。
「で、でもそこにいるのは君じゃないか」
 成歩堂がそう言うと裁判長が
「おや? 成歩堂君、知らないのですか?」
「な、何をですか?」
「そこに居られるのは狩魔冥改め、御剣冥検事ですよ」
 一瞬成歩堂は裁判長が何を言ったのか理解できなかった。
「な、なるほどくん。い、今、裁判長さんなんて言った?」
 真宵は動揺を抑えられず声が上擦っている。
「一昨日結婚届を出されたらしいですな。おめでとうございます」
 困惑する成歩堂と真宵を無視して裁判長が狩魔――いや、御剣検事に祝辞を述べる。
「お祝いの言葉ありがとう裁判長。さて、成歩堂龍一! 話に聞いたとおりよ。私は狩魔じゃなくて御剣だからそこのところ間違えないように」
 御剣冥は人差し指を左右に振りながら理解したかとばかりに成歩堂に言う。
「そ、そんな……話僕は聞いてないぞ?」
 そう言った瞬間成歩堂は昨日の糸鋸の言葉を思い出した……。

「新生御剣検事」

 成歩堂はその言葉の意味を取り違えていた。彼はそれを「御剣怜侍」のこととして考えていたがそれは違った。その言葉は「狩魔」から「御剣」に変わって「新しく生まれた」女性検事を指していたのだ。
 さらに成歩堂は思い出す。

「あ、いやその……聞いてないッスか?」

 あの言葉は御剣怜侍と狩魔冥の結婚を聞いていないのかという意味だったのだ。そして、その後の糸鋸の意味深な笑み――。
「やられた……」
 成歩堂はそう呟くと今回の裁判では目の前の「御剣夫人」から何回あの鞭を喰らうだろうかと考えた。

終わり
■作者からのメッセージ
どうも、始めましての方は始めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。異議あ麟太郎です。
ミステリのトリックに叙述トリックというものがあります。例えばAである人物をBであるように書くといったようないわゆる騙しの文章で、おもに綾辻行人さんなどがこの叙述トリックの使い手です。
最近、小泉喜美子さんの「弁護側の証人」という作品を読んでその叙述トリックの見事さに舌を巻いて自分でも何か叙述トリックを使って書いてみたいと思ってこんな小編を書いて見ました。
果たして、皆様はどの時点でタイトルの意味に気づかれたでしょうか? できれば感想聞かせてください。
そして、読んでニヤリとしていただければ作者としてはうれしいかぎりです。
では、またお会いできることを祈りつつ。

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