TRUTH AGAIN |
作者:
楠木柚子
URL: http://kijyou.rakurakuhp.net
2010年03月29日(月) 14時05分10秒公開
ID:nOHr03h6ews
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コンビニから帰ってくると何やらごそごそしていた王泥喜が成歩堂の方をふり返った。 「あ、成歩堂さん。‥‥お客さんですよ。」 弁護士になりたての頃は頼りなかった彼も30歳を目前に大分しっかりしてきた。‥‥ここまで育てるのはタイヘンだったのだが。 「お客さん?」 見るといつも依頼人が座るソファーにはなかなかキレイで若い女のヒトが座っている。見たことのないヒト、だ。弁護の依頼だろうか。だとしたらぼくは弁護士をやめているから―――。 「なんだオドロキくん、キミの依頼人じゃないか。」 「いやいやいや、彼女は成歩堂さんに用があって‥‥‥。って、成歩堂さん知らない方なんですか!?」 「し、知らないよッ!」 目の前に座っている女のヒトは確かに何処かで見たことのあるような顔だけれど知らないヒト、だと思う。まあ、ぼくの記憶力も40歳になって衰えてきているのかもしれない、と思ったので一応聞いてみる。 「あ、あのお‥‥‥どこかでお会いしましたっ‥‥‥け?」 その女性は驚いたように口に手を当てる。その仕草もどこかで見たことのあるものだったが‥‥‥やはり思い出せない。 「まあ、忘れてしまってもムリはありません、ね。」 少し茶色がかったストレートヘアを揺らして笑う彼女の顔を見ていると謝りたくなる。 「す、すみません。」 「‥‥‥私、ですよ。なるほどくん。」 「?‥‥‥???」 なるほどくん‥‥‥か。とても懐かしい響き、だ。この世に成歩堂のことをなるほどくん、と呼ぶ女性は三人しかいない。綾里千尋‥‥彼女は亡くなっているから違うだろう。目の前の女性が綾里千尋を霊媒していない限り。綾里真宵‥‥彼女は倉院の里で霊媒師をしているはすだ。この間久しぶりに会ったが目の前にいる女性とは違った。 残るは‥‥‥? 成歩堂は一つの答えに辿り着いた。恐らく年もこれくらいだろう、間違いない。 「春美ちゃん‥‥かい?」 「ええ!お久しぶりです、成歩堂さん!」 春美はあの頃と変わらない笑顔で答えた。けれど――――。 ああ、彼女はぼくのことを成歩堂さん、と呼ぶのか。春美がなるほどくん、とよんでくれない、そのことが何故か妙に寂しかった。 「うわあ‥‥すごく成長したよ‥‥!だんだん、あやめさんに似てきたみたいだ!」 「お姉さまはもっと美しくなられました。」 そうだ、最後に会ったとき春美はまだ幼く成長期だった。風貌が一番変わるのは彼女だろう。気がつかなくてもムリはない。 「あのー成歩堂さん?」 二人の盛り上がりを他所に王泥喜は困ったように言った。 「オレ‥‥外出ますね?邪魔になるといけないし。」 王泥喜がドアを開けてでていくと春美が呟いた。 「今の方が王泥喜さんですか?‥‥真宵さまから話は聞いています。成歩堂さんとは違って随分しっかりしてそうな方ではないですか。」 「ぼ、ぼくはしっかりしてなかったの?」 「ええ‥‥‥かなり。」 春美はクスリと笑った。そういう一つ一つの仕草の中に昔の彼女と重なるところがあり、成歩堂も自然と微笑んでしまう。 ――――いやいやいや、ちょっと待て。 「春美ちゃん、今日は何しに来たの?」 その声に春美はピクリと反応した。 「そのこと、です。‥‥実はもう私のことは『春美ちゃん』ではなく『綾里検事』と呼んで頂きたいのです。 「へえ‥‥。」 そうか、綾里検事か。そういえば彼女は霊媒師の装束ではなく彼女の名に相応しい春色のスーツを着ている。勾玉を首からかけているトコロなど千尋にそっくり、だ。‥‥そうか、それでそんな格好を‥‥‥って。 「えええええッ!?は、春美ちゃん、検事になったの!?検事って御剣とかがやってるアレ!?」 口に出してからそういえば最近御剣のヤツにも会っていないな、なんてことが頭をよぎるがそんなことは最早どうでもいい。 ――――過ぎた過去より、現在の方が先だ。 「ええ。先月、司法修習を終えて正式に検事になりました。今日はその報告に来たんです。‥‥御剣検事正は私の上司です。検事局でも優秀な方なんですよ。あ、首席検事の方の御剣検事は‥‥‥。」 「ま、待った!ど、どうして御剣が二人いるんだ?首席検事と検事正と。」 成歩堂は春美の話を遮った。だって意味が分からない。 「ああ、成歩堂さんはご存知ないのですね。首席検事の方は御剣冥さん、です。」 「メ、メイって‥‥‥狩魔冥?つ、つまり‥‥。」 「ええ。」 春美はさも当たり前だといった顔をして言う。 「お二人は結婚されたんですよ。」 「な、なんてこった。」 どうやら成歩堂がみぬきや王泥喜と共に暮らしている内に外界は大きく変化したようだ。茜は科捜研に行けたようだし、糸鋸はもう『糸鋸警部』になれたようだしゴドー検事は『クッ‥‥!オトコってのはいつでもロマンを求めるもんだぜ、まるほどう‥‥。』とかなんとかいって山に隠ったらしいし、(最後までワケの分からないヒトだった。)みぬきは或真敷一座の生き残りとして(本当はラミロアさんもいるのだが)タチミサーカスに入団した。サーカスと魔術は違うのではないか、という質問に対しては『パパ!お客さんを喜ばせるっていう点ではおんなじ!』という回答を頂いた。トノサマンは第五期に入り海外進出している、オドロキくんはやり手の弁護士でここはもう『王泥喜法律事務所』だ。そして矢張は先日『成歩堂、オレ‥‥‥アラブの王様になったぜ!』という意味の分からない電話をしてきた。先日ニュースでサウジアラビアの石油を掘り当てた日本人がいた、という話をしていたから多分それのことなんだろう。 皆、時と共に変わっていく。ヒトそれぞれの道を歩んでいく。 (じゃあ‥‥‥。) ぼくはどうなんだろう。三年間しか弁護士を出来ずにその後ニートと呼ばれても仕方のない状態になったぼくはどうなんだろう。‥‥自分自身の復讐が終わってから七年間。何度となく考えてきたことだった。けれど結論はいつも後回し。‥‥そうしているうちに七年も経ってしまったんだなあ、と少し感慨に浸ってみる。まあ、ぼんやりしてるうちに七年が過ぎただけ、なんだけど。 「ところで春美ちゃん、今日は何しに来たの?」 その成歩堂の言葉で今までモナリザのごとき微笑みを浮かべて成歩堂を見ていた春美はいずまいを正した。 「そのこと、です。‥‥実は今日は成歩堂さんにお願いがあって参りました。」 「お願い?」 「ええ‥‥‥。前にも真宵さまや御剣検事正が頼んだ、と聞いたのですが‥‥‥。」 春美の大きな目が困ったように逡巡するがやがて決意したように成歩堂の目をしっかり捉えた。 「戻って、頂けませんか。」 「戻るって‥‥‥ナニに?」 「モチロン、弁護士に‥‥です。」 「‥‥弁護士、ね。」 考えたことがない、と言えばウソになる。‥‥‥だけど。 (―――もう一度、弁護士に戻る気はないのか?) (ぼくにはそんな資格はないよ。) 手が伸ばされていなかったわけではない。御剣ほどの人物が手を回してくれるならいつでも戻れるハズ、だったのに――――。 (なるほどくん、どーして!?‥‥どーして戻ってくれないの!?) 手はいつでも伸ばされていたのに‥‥‥ぼくはそれを拒否したんだ。 『ぼくには弁護士に戻る資格なんてない、よ。』 だからいつも通りの笑顔でそう答える。 『法廷に捏造の証拠品を持ち込んだ‥‥‥こんなぼくには、ね。』 七年間ずっと言い続けてきた台詞。 「で、でも‥‥成歩堂さんのせいではない、と真宵さまが‥‥‥。」 「いや、同じこと、だ。結局持ち込んだのはぼく、なんだから、ね。きっとぼくにも驕りがあったんだ。」 それに‥‥。 (ぼくは御剣に会うために弁護士になったんだ。) 使命に燃えていたあの時と違って、今のぼくには目的も意志も必死になる意味も理由もない。‥‥‥当たり前、だ。こんなぼくを望んでいるヒトがいるハズが、ない。今更戻っても仕方のないこと、なんだ。 「成歩堂さん。」 春美はスーツのポケットからナニかを取り出した。 「これがなんだかおわかりですか?」 「?‥‥‥これは‥‥‥!」 忘れるハズが、ない。弁護士時代何度もお世話になった。丁度、春美が今首からかけているものと同じ。 「勾玉、だね。」 「ええ。もちろん、サイコロックも見えます。」 ‥‥‥ドキリ、とした。 「も、もしかして‥‥‥。」 彼女には見えているのだろうか、ぼくの心の“錠”が。 「ええ、見えます。‥‥‥‥成歩堂さん自身も気づいていないような奥底に隠れた心の秘密が。」 春美はそこまで言うと首をふった。 「いえ‥‥‥勾玉を使うまでもありません。成歩堂さんの目はまだ、諦めていませんもの。 「ぼくの‥‥‥目?」 「成歩堂さんは。」 春美は続ける。 「葉桜院の事件があったとき、あの事件は私のせいではない、と言ってくれました。‥‥‥でも私はそうは思わなかった。初めは私が霊媒を失敗したから事件が起こったのだ、と考え修行に励みました。‥‥でも、それは違った。あの事件が起こったのは‥‥‥私がお母様の手紙の本当の意味、その裏に隠された真実を見つけ出せなかったからなのです。幼かったから、そう言ってしまえばそれまでかもしれません。‥‥‥それでも、それでも私はあの頃の私の未熟さ、そしてあの時、真実を見抜けなかったことが悔しくてたまらないのです。」 「春美ちゃん‥‥‥。」 なんて執念深い正義感だろう。‥‥‥まるであの頃のアイツのよう、だ。 「だから私は検事になった。お母様のような人を止められるように。‥‥そしてあの頃の私の罪を裁くために。かつての御剣検事のように成歩堂さんと法廷で真実を追い求めたいのです。」 春美はここで大きく息を吸った。 「だから、成歩堂さんにもう一度お聞きします。成歩堂さんは‥‥‥いえ、なるほどくんはもう一度弁護士に戻りたいとは思っていませんか?」 成歩堂がナニか反論しようと口を開く前に春美が続けた。 「私は‥‥‥私はなるほどくんと共に、法廷に、立ちたい。」 静かだったがはっきりと春美はそう言いきった。 (求めていた人がいない訳じゃなかった。) ――――いつでも手は伸ばされていたのだから。‥‥ただ、もう一度弁護士に戻るにはあまりにも周囲の目が怖すぎた。目的も意志も必死になる意味も理由も本当はずっと心の中にあった。――――真実を知りたい、無実の人を救いたい。ただ、それだけ、だったのに―――――。 あの、ムジュンを指摘したときの快感、法廷の熱気、真実を追求するあの感覚。‥‥‥それこそがぼくが求めていたものではなかったのだろうか。 ――――あの三年間のことを思い出したら、自然と答えは出ていた。 (ぼくは‥‥もう一度弁護士に‥‥‥。) 「はい。」 春美が笑顔で成歩堂を見上げた。 「今、成歩堂さんのサイコロックが解除されました。」 ――――そう、あの頃と変わらない、彼女の純粋な瞳こそが真実の証拠品。 「‥‥‥異議はない、よ。‥‥‥戻るよ。弁護士に、ね。」 ‥‥‥気づかされた。あの頃まだ九歳だった少女はいつの間にか大きくなって、ぼくに真実を教えてくれた。嘘、虚言、建前‥‥‥そんなものをいくつ並び立てても、この綾里家の女性の前ではなんの意味もない。‥‥‥自分の心にまで、嘘はつけないから。 「じゃあ行こうか、春美ちゃん。‥‥‥いや、綾里検事。」 「?」 不思議そうな顔をする春美に成歩堂は微笑んでみせた。 「君のことだ。どうせもう、準備はしてあるんだろ?御剣が手続きの書類を持って待っている‥‥違うかな?」 この大きく成長した彼女と法廷に立って追いかけるのも悪くないかもしれない。 「ええ!」 もう一度、真実を――――。 |
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