卒業
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2010年03月01日(月) 16時15分01秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
「オマエさあ・・・卒業した日ぐらい同じ大学のヤツと飲めよ」


繁華街から少し離れた路地裏に無口なオヤジが
一人で切り盛りしている焼き鳥屋で横に座る幼馴染みは
未だ着なれぬスーツに身を包み卒業証書を片手に日本酒を飲んでいる。

「でもボクあんまり大学に友達いなかったんだよ・・・」
もう大分顔が赤くなってきている男がそんなことをつぶやく。
バイトの帰りにいつも利用しているこの店で
幼馴染みの“ツンツン頭”の野郎と
同じ銘柄の日本酒を飲みながらこう云ってやった。

「何云ってんだよ!オマエ4月から司法修習生ってやつなんだろう?
輝かしい未来が待っているんじゃねえのか?」
何でもコイツは司法試験ってモノに現役で合格したそうだ。
オレ様、全くそう云う方面に興味がなかったから知らなかったけど
“超”が付く位難しい試験らしい。
「それに、オマエ彼女いたじゃん!その娘どうしたのよ」
急に隣に座る男が静かになった・・・なんだよ、なんかオレ悪い事聞いたか?
以前オマエは周囲が呆れるくらい『ちいちゃん』ののろけ話しかしない
男だったじゃねえか―――


「・・・でもよう、何でオメエ“司法試験”なんで受けようと思ったんだよ
大学では“芸術学部”っていう所に在籍していたんだろう?
だったら何で始めっから“法学部”みたいな所に行かなかったんだよ」


今まで散々同じような事を他の奴からも云われ続けてきたのか
この幼馴染みはいささかうんざりした表情を見せた。
「ボクだって数年前までは、司法試験を受けるなんて考えてもみなかったよ。
ボクはこう見えても役者を目指していたんだ。大学で演劇を勉強していずれは
イギリスに渡って本格的なシェイクスピア役者になりたかったんだ!」
そう云いながらコイツは大げさな身振りで何やら何処かで聞いたことのある
セリフをしゃべり始めた。


「・・・その役者を目指していたオメエが何で人生380度変わっちまったんだよ」
それを云うなら180度だろう・・・そんなツッコミを心の中に思いながら
この日、卒業を迎えた男はしばし考え込み
手元にある日本酒の入ったコップの中を覗き込んだ。

「・・・矢張・・・」
4月から司法修習生になる幼馴染みが意を決したように話し出す。
「オマエ・・・御剣の事、覚えてるか?」
・・・ミツルギ・・・誰だソレ?
「小学校4年生の時、転校して行ったヤツがいただろう?」
・・・ああ、思い出した!アノお坊ちゃんか!って、それが何んだって?




「ボク、どうしてもアイツに会いたいんだよ」




だいぶ以前に偶然新聞で見たんだ。驚いたよ、アイツ最年少で
しかも“検事”になっていたなんて・・・
ボクはそれを見て御剣に手紙を書いたんだよ
でも返事はなかった・・・何度か連絡を取ろうとしたけどやっぱりダメだった。
そして、ボクはアイツに会う方法を考えたんだ。そして司法試験を受ける事にした。
御剣に会うにはこの方法しかないと思ってね―――


「オイ、ちょっと待てよ」


オレは手にしていた日本酒が入ったコップを下に置いた。
「・・・オマエ、御剣とは小学校の時以来なんだろう?
オマエはアイツの事を覚えていたかもしれないけど
御剣はオマエの事覚えてんのか?
そんな昔のクラスメイトから
手紙を貰ったとしても返事なんか書かねえんじゃねえの?
それに何でオマエそんなに御剣に会いたいんだよ!」


男二人の間を沈黙が支配した。
耳にはただ有線から流れる演歌だけが耳に入ってくる。
オレ様がその歌詞の意味を頭の中で拾い始めた時
未だ手に持つコップの中を見つめ続ける男がようやく口を開いた


「・・・ボクにもよく判らないんだよ。でも」

小学校4年生の時、ボクが矢張や御剣と親しくなるきっかけになった
“学級裁判”あの時に味わった孤独と信じてもらえないという事の悲しさは
ボクの記憶から未だに消えることなく残っているんだよ
多分アイツの記事を新聞で見て、そんな過去の記憶が
ボクの中で甦ったんじゃないかな?

矢張、ボクはさっきオマエに『大学にはあまり友達がいない』って云ったよね。
それはボク自身に原因があるんだよ。
急に司法試験を目指して生活のほとんどを
その為の勉強に費やしてしまったから周囲がそんなボクに
ついてこれなかったんだよ。
呆れられていたんだろうね・・・大学3年生の後半から本来なら就職活動を
しなければならないのにボクは一切ソレをしなかった。
今、思うと自分でもよくやったと思うよ・・・
司法試験に受かっていなかったらボクどうなっていたんだろう―――



話しを聞いたオレはコイツの周囲のヤツらと同じように呆れ返った。
コイツのこの“熱い思い”は一体、何なんだ?!


「オマエ・・・ちいちゃんの時もそうだったけど、ちょっと“人”に対して
熱すぎるんじゃねえの?入れ込み過ぎるって云うか」
「・・・そうかなあ・・・」

「それに、もし御剣に会えたとして・・・オマエそれでどうしたい訳?」
「・・・・・・・・・・・」




オレはちょっと御剣のヤツが気の毒になった。
自分の知らない所でこんなにも熱い思いを寄せているヤツが
いるとは思ってもいないだろう。
しかも、それがかつての小学校の時のクラスメイト成歩堂龍一という男から―――
コイツは良く云えば、一度信じたら最後までソレを貫き通す強い意志を持っている。
悪く云えば、一度思い込むと周囲が見えなくなるタイプなのかもなあ・・・



「何故か新聞で見た御剣の顔がとても辛そうに見えたんだよ
それに、“お父さんのような弁護士になる”と云っていたアイツがどうして
検事という道を選んだのか、どうしても気になってね・・・」




オレは目の前に置いてある焼き鳥が乗った皿から
最後の一本の砂肝を取って口に運んだ。
隣りに座っている幼馴染みの男は相変わらずコップ酒の中を覗き込んだままでいる
「やっぱオレ、オマエの云ってることよく分んねえよ」
「・・・うん、別にそれでもかまわないよ」


幼馴染みの男はそう云うと、オレの方を向いて軽く笑った。
コイツにとってアノ“学級裁判”はそんなに深い意味を持っていたのか





あの時、給食費をパクッたのはオレなんだよなあ・・・確か





んっ?!待てよ・・・もしオレが給食費をパクッたりしなかったら
成歩堂は学級裁判に掛けられる事もなかったし
・・・ソレが元でオレと成歩堂と御剣が仲良くなる事もなかったし
こうして今でも付き合う事もなかったかもしんないし
・・・コイツに御剣がストーカーされる事もなかったし
司法試験を受ける事もなかったんだよなあ・・・多分














アレ・・・もしかして、オレがコイツの人生変えちゃった???















「お兄さん、今日は卒業式だったのかい?」
突然、カウンターの中にいた無口なはずのオヤジが話し掛けてきた。


「・・・ええ、おかげさまで・・・」
幼馴染みは頭を掻きながら答えた
「就職先は決まったのかい?」
そんな問い掛けに、はにかむようにしている男に代わって
オレが云ってやった



「オヤジ、こいつスゲーんだぜ。
司法試験ってものすごく難しい試験に合格したんだ!
いずれは弁護士になって―――」



オレは今日、卒業を迎えた男を見てこう付け足した















“恋しい”かつてのクラスメイトに会いたいんだとさ!














「オマエ変な云い方すんなよッ!!」





そんなムキになった声が隣りから上がった。
店のオヤジの顔には大きな、“はてなマーク”が浮かんでいる。
ただ、オレ様だけが腹の底から思いっきり笑っていた―――










薄汚れたのれんを腕で押しのけるように店を出る。
春ともなるとコートなしでも何とかなる夜の空気の暖かさが有り難い。
新品のスーツに焼き鳥の匂いを染み付かせた男が
先ほどまとめて飲み代を払ったオレに半額を手渡そうとした。


「今日は卒業祝いだ、おごっておくぜ!
その代わり将来オレが困った時はタダで面倒見てくれよな」
コイツはこれから一年ちょっとまた勉強して
二度目の試験に合格すれば晴れて弁護士の資格を得る事が出来るそうだ。
オレは去っていく幼馴染みの背中を少し切なく見送った。
ヤツと別れた後、コンビニの前に置いてある無料の求人誌を手に取る。


実は今日、オレはバイト先をクビになった・・・原因は同僚であるバイトの女の子を
怒鳴りつけている店長の態度に我慢がならなかったからだ・・・
まあ、以前から気に食わない野郎だとは思っていたから
いずれはこうなるだろうと思ってたけど


・・・ホント、オレ人におごっている場合じゃないんだよなあ・・・



帰る途中に河が流れている道に差し掛かった。その河の両岸に桜の並木を見る。
外灯に照らされているその花はまだ満開を迎えるには至っていない。





春、三月は別れ・・・そして四月は新たな旅立ちの季節。










・・・桜の樹はそんなヒトの人生の大きな変わり目を見続けている・・・









「・・・オレもなんか、始めてみるかな・・・」






春の暖かい空気のせいだろうか
オレは不思議と悲しい気持ちにはならなかった。


END








■作者からのメッセージ
初めて「矢張」視線で書いて見ました。作品に引っかけて・・・という訳ではないのですが、そろそろ私も小説道場の投稿は“卒業”カナ? 大変お世話になりました。ありがとうございました。

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