櫻の樹の下には・・・
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2010年02月28日(日) 20時46分57秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
『櫻の樹の下には屍体が埋まっている!』

最近、この有名な書き出しで始まっている作品を読んだ
桜という植物の花の盛りは短い。僅かの間に満開を迎え、そして散る・・・
怪しい美しさに彩られたその物語に、作者の桜に対する
世界観を垣間見たような気がした

それは作品のページ数にも現われている。この作品は本当に短い
にもかかわらず、これほどまでに強く印象に残る文章はまさに
桜の樹に咲く花のようではないか―――



「お花見って、どうしてもしなければいけないものなの?」


ある春の夜―――この辺りの桜が満開を迎えた頃
私は片手に自分達が必要とする分の飲料などの入った袋と
小脇にブランケットなどを抱え持ちながら今日来日したばかりの
彼女と目的地に向かって連れだって歩いていた


「成歩堂から花見の誘いがあった。君がこちらに来ていると話したら
とても会いたがっていた」


彼女は長い空の旅で多少疲れた様子だった。本来なら宿泊しているホテルで
のんびりしたい所だったのだろう


「以前、同じように花見というものに参加したけれど、誰も桜の花など
見てはいなかったわ・・・ただ、桜という樹の下でお酒を飲んで
馬鹿騒ぎしているだけじゃないの」

アメリカ育ちの彼女は日本人の花見という風習に
いささか疑問を感じているようだ

「花なら他にいくらでもあるし・・・なぜ桜でなければいけないのかしら?
それに普段は“道”としてある場所に敷物を敷いて座り込んでしまうなんて
理解出来ないわ!」

私はその無垢な発想に驚いた。海外で生活していた彼女はある意味
花見という行為を純粋に冷めた視線で見ている


目的地に向かう途中に河が流れている道に差し掛かった
その河の両岸には一定の間隔で桜の樹が植えられてあり
街灯に照らされるようにしてそこにあった
目的地に対して少し遠回りになるが
私達はその河の桜の並木にそって歩いて行くことにした


「桜という植物は日本人にとってなくてはならない“風景”なのだよ
入学、卒業ともに桜の花は欠かせない。桜の花は春の象徴だ」


それでも彼女は納得出来ない様子だった。確かに桜の樹の下で酒に酔って
大騒ぎする人の姿は見っともないものではあるが・・・












私はこういう所で、桜を見た方がいいわ―――


その河の道は意外な程静かだった
夜の暗い河は街灯に照らされたその花を美しく際立たせる
先ほどの桜の話しが一段落つくと、私達は言葉もなく
ただ目的地に向かって歩いていた

この男はこうして私と歩いていても、あまり多くを話すことはないし
滅多に自分をさらけ出すことはない
だいぶ以前から彼を知ってはいるけど、取り乱している姿などほとんど
見たことがない(地震の時をのぞいては・・・)

それは多分、彼の本来の気質によるものと
早くに両親を亡くし、あらゆることを自分一人の中で解決しなければ
ならなかった彼の境遇にあるのだと思う

最近、ふと思う時がある
彼の存在を当たり前のように思っていた私は、彼に対して随分な
ことをして来てしまったのではないか・・・と
彼と出会った時、私はまだ子供だったから
彼の立場を思いやってあげることが出来なかった






でも、そのことに気がついてしまった今
私は彼の近くにいてもいいものなのか―――












目的地に近づくと花見特有の賑わいが耳に届いて来る
しばらく歩いていると道行く人の数が多くなってきた
花見の名所となっているその場所には、今を惜しむかのように大勢の人間が集まる
桜の花の盛りは短い。誰しもがこの辺りの桜はあと数日しか持たないのを知っている
その場所の道の両端には今が盛りの淡い色合いの花が
ライトアップされたかのように美しく輝いていた


私は成歩堂から話しに聞いていた目印を探し、人混みの中を見渡すうちに
一瞬、連れの女性の姿を見失ってしまった




「冥?」




その時、私の少し後ろの方で甲高い声がした
振り返ると、連れの女性が腰に手を当てて後方にいる酔っ払いらしき
男を睨みつけている。私はそれを見て一瞬にして何があったのかを悟った

彼女は怒りに震えながら所持していたムチを手に取り
今まさに、自分に対して不埒な真似をした男を打とうとしていた





「冥ッ、相手にするなッ!」




私は寸前のところで彼女を抑え込んだ
もみ合う私達をしり目に、その酔っ払いは姿を消した―――


そのまま彼女を片手で抱え込むように、私は再び歩き始めた











「怜侍ッ!! なぜ邪魔をするの?!」



あなたが邪魔をしたおかげで、あの男は逃げてしまったじゃないのッ!!
怒りが収まらない私は、私を抱え込むようにして歩きだす男を睨みつけた












「御剣、こっちこっち!」
「冥さーん、お久しぶりです!」


見覚えのある青いスーツの男がこちらに向かって手を挙げている
彼の傍には彼の師匠の妹である助手の少女と、その従姉妹の女の子が座っていた
こうして見ると青いスーツの彼はまるで少女達の保護者のように見える
確か真宵君と冥は同い年のはずだが・・・

彼らは一本の桜の樹の下に場所を構えていた。なんでも前日から
矢張がこの場所をキープしておいてくれたのだとか―――暇な男だ



「オーイ、買って来てやったぞー!」



小学生時代からの腐れ縁の男が、両手にコンビニのレジ袋を下げて現われた
後でちゃんと金払えよー。そんな事を口走りながら買い出してきた品物を
レジの袋の中から取り出していく









幼馴染みである男三人が談笑する中、疲れと時差ぼけと持参した
飲料のせいで幾分眠気が差してきた女が先ほどまで連れだって
歩いていた男を盗み見ては、ほんの少し前のあの不愉快な出来事を思い返す









「・・・すまない・・・冥」










私を抱え込むようにしながら彼はそう云った













その時の自分に回された腕の力強さ
そして・・・見上げた私の眼に映った彼の表情!











私はこれからも
あなたを“兄”として見続けていいのかしら









・・・それとも・・・








全く違う視線で
あなたを見なければならない日が来るのかしら―――?



















「おうい、ミツルギィ〜」


ほとんど出来あがった、先ほどの腐れ縁の男がニヤニヤ笑いを浮かべながら
小声で話し掛けて来た

「オマエらさあ〜、ずいぶん仲いいじゃん〜♪」
自ら持参したワインと似通った色合いのクラッシックなデザインの
スーツを身につける男が答える
「何を云っているのだ、君は?」

腐れ縁の男は馴れ馴れしい態度ですり寄ってくる
「オレさあ、買い出しから戻って来た時、実はオマエらのすぐ後ろにいたのよ!」
「!!」

「これでも一応、気を使ったんだぜ!
オマエらよりも少し遅れて現われただろう、オレ様!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「オマエ、小学校の頃から女の子に人気があった割には、浮いた話しひとつ
なかったもんなあ〜、オマエもやっと異性に目覚めたって訳だ!!
いや〜、めでたいよなあ、ホント〜!!」
「!!!!!!!!!!!!!!!!」


アルコールの力で調子づいた男は勢いにまかせて、こう叫んだ





「オ〜〜イ!みんな聞いてくれよ、ミルツギのヤツがよお〜〜〜」
















「!!」

















「キャッ」
綾里真宵が短い悲鳴をあげた

「御剣検事さま」

春美がもっともらしい事を口走る
「いくら相手がマシス様でも、お酒のビンで頭を殴ってはいけません!」


「御剣、オマエ酔ってんの?」
もう一人の幼馴染が、心配そうに殴られた男の様子を見る

「あーあ、伸びちゃってるよ・・・矢張のヤツ、目が覚めたら記憶を
無くしてるんじゃないか? ボクにも過去にそんな経験があるよ」
そう云いながら非難の視線を加害者の方に向けた


「それでも、かまわんッ!」


やれやれ・・・青いスーツの男は赤いスーツの男を呆れたように見た






―――そして―――







騒動の一因ともなった、かの女性は春の夜の空気の冷たさを
心配して持参してきた男の心遣いであるソレを
ありがたく膝の上に掛け、桜の樹にもたれ掛かるようにして
静かな寝息をたてていた






END



■作者からのメッセージ
最近、この作品の冒頭に出てきた小説を読みました。
有名な書き出しで始まるこの作品があまりにも短いものであることに驚きました。
話しは変わりますが、今私の中でミツメイがマイブームです!
彼ら二人に対する愛が止まりません(笑)

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