守りたいものがある |
作者:
幸
2010年02月13日(土) 12時27分26秒公開
ID:ObSfCAb4nRI
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朝、いつもどおりに検事局の駐車場に入る。 <ミツルギレイジ 07:35 2/27> もう、しばらくこの駐車券を切ることもなくなるのか・・・・ そんなことを思いながら、つい6日前ほどの事件を思い出す。 あの事件で私の車のトランクは壊されてしまったため、急いで新しいものを用意した。 ・・・・もっとも、壊れていようがいまいが、遺体を乗せていた車に乗るつもりはないが・・・・ しかし、駐車スペースだけはどうにもならない。 現在はすでに現場保存は解かれているため、もともと私のスペースであるこの場所に停めるほか、ない。 仕方がない、と割り切り、以前と同じように車を停めた。 エレベーターで12階まで上がり、1202号―――自分の執務室に入る。 ソファーに荷物を置いてデスクについた。 ―――この席についたのは・・・・今からもう、2年ほど前になるのだろうか。 SL9号事件―――青影事件と呼ばれたあの事件の裁判が終わってから、私はこの上級検事執務室へと移った。 捜査官だった巌徒海慈と宝月巴は、それぞれ警察局長、主席検事となり、その一方で罪門恭介は巡査に格下げされ、市ノ谷響華は解雇処分・・・・ ふたりの処分の裏に、私の知らない事実があったことなど・・・・ 今さら知ったところで、どうしようもなかった。 なぜ、気づくことができなかったのか。 そんな風に自己嫌悪に陥ることくらいしか・・・・今となっては、もう。 伝説のコンビと言われていた、巌徒捜査官と宝月捜査官。 そのふたりと共に事件を追えたことで、満足していたのか。優越感に、浸っていたのか。 きっと、両者であろう。 私の昇進の裏でどんなコトが仕組まれていたかなど考えもせずに・・・・ただひとり、浮かれていたのだ。 ―――しかし。 その事実を知らぬままいるよりは、今の方がどれほどマシか。 あのオトコにとっては、自分の依頼人を助けるためのコトであっただけだろうが・・・・ そのうっとおしいほど真っ直ぐな気持ちに、私はまた、救われたのだ。 私は、座っている椅子から窓の外を眺めた。 ここから見える景色も、以前とはまったく違うモノに感じる。 ビルなどの建築物が変わったわけではない。むしろ、それらは変化していないに等しいのだ。 それでも、ここに来たころよりも美しく感じるのは―――私の心の変化なのだろうか。 変わることを恐れていた私を、いとも簡単に変えてしまったのもまた・・・・あのオトコだ。 (悪いけど、御剣) (ぼくは信じてないんだ。お前の“悪夢”なんて。) (“悪夢”はしょせん、“悪夢”だよ。・・・・現実じゃない。) (現実に起こったことは、この法廷記録が知っている。) (とにかく。本当の勝負はこれからさ。) (ぼくには証明できるはずだ。・・・・キミの無実を、ね。) ―――成歩堂。 私はあのとききみに言われたコトバ・・・・まだ、一語一語はっきりと覚えている。 きみはあんなにも普通に、私の“悪夢”を否定した。 私が何年かけても振り切ることのできなかった恐怖を・・・・ きみは、簡単に私の心から取り除いてしまったのだ。 あのコトバに私がどれだけ救われたか・・・・・・・・キミは、わからないだろうな。 思わず微笑んだとき、ドアをノックする音が聞こえた。 返事をすると、ドアが勢いよく開く。 「み・・・・御剣検事!自分・・・・なんかしたッスか!?」 慌しく入ってきた刑事が息を切らして尋ねてくる。 「課長から、御剣検事が呼んでいると言われて・・・・もう、心臓がもたないッス!バクバクッス!」 「・・・・イトノコギリ刑事。」 私の呼びかけに、いつもどおりの薄汚いコートを羽織った刑事は姿勢を正した。 「は、はいッス!」 「きみは、私に呼び出されて不安になるようなやましいことをしたのか。」 そう問いかけると、刑事は身振り手振りを使って否定した。 「とととと、とんでもないッス!!まさかそんな、怖くてできねッス!」 「ならば、堂々としていればよいのだ。別に、きみを叱るために呼び出したのではない。」 そう言うと、刑事はホッとしたように肩を落とした。 「それで、刑事。今日、私がきみを呼び出した本題に入りたいのだが・・・・」 わたしは、デスクの引き出しから一枚の紙を刑事に差し出した。 「なんスか?これ・・・・」 手にとって読んだ刑事は、紙を握り潰さんばかりに手を震わせた。 「こ、これはあああああああッス!ど、どういうコトッスか!」 大声を上げる刑事に、皮肉な微笑みを返す。 「書いてあるとおりだ。」 私は刑事から紙を取り上げ、その内容を読んだ。 ―――検事・御剣 怜侍は死を選ぶ 「な、なぜ!どうしてッスか!御剣検事・・・・死んじゃうッスか!」 取り乱す刑事に、私はもう一度紙を見せた。 「よく見ろ・・・・刑事。“検事・御剣 怜侍”だ。」 「同じことッス!御剣検事が死んでしまったら・・・・自分、どうすればいいッスか!!早まっちゃダメッス!ソーメンで首つったって死ねないッス!」 「ダレが、ソーメンで首をつるのだッ!!」 私が叫ぶと、刑事はきょとんとしたカオをした。その上・・・・あれ、違うッスか?などと首を傾げている。 「きみのコトバには矛盾が多すぎる!だからいつまでも、きみの給料は下り坂なのだッ!」 「ひ、ヒドイッス・・・・」 いいか、と、落ち込む刑事に説明を始める。 「まず、ソーメンで首はつれないのだ、刑事。死ねる死ねないのモンダイではないッ!」 「むぐッ・・・・い、いくらなんでも、そのくらいは自分でも分かってるッスぅぅ!!」 「だったら言うなッ!」 そう叫び、刑事がさらに落ち込んだところで話を続ける。 「そして・・・・別に私は、自殺を図ろうとしているわけではないのだが。」 「え、しかしここに、“死を選ぶ”って書いてあるッス。」 「だからそれは・・・・」 「待ったああッス!!」 説明を始めようとしたところに、いきなり刑事が叫び声を上げる。 「自分は、御剣検事が何を言おうとしてるかわかってるッスよ!」 得意げになって話し始めた。 「“検事”だから、自分が死ぬわけじゃないってコトッス!!」 「ま、まあ・・・・さっきも言ったがな。」 いちおう突っ込んでみるが、刑事にはまったく聞こえていない。 「しかーーしッス!自分に言わせてみれば、検事じゃない御剣検事なんて、御剣検事じゃないッス!そんなことしたら、ただの“御剣”ッス!」 「た、ただの・・・・」 この刑事の中では、私は一体なんなのだろうか・・・・自分が何者か、今度こそわからなくなった気がする。 「つまり、ソーメンで首をつるっていうのもッスね・・・・」 話が長くなりそうな予感を察知し、私は止めにかかった。 「待て、刑事。わかった。」 「なんスか、今から面白いとこッスのに・・・・」 私は、刑事に人差し指を振って見せた。 「フッ・・・・刑事、私が死ぬとでも思っているのか?」 「ど、どういうことッス・・・・?」 私は、さきほどの紙をデスクの上に置いた。 「私が死ぬのではない。今までの“検事・御剣 怜侍”が死ぬのだ。」 私のコトバに、刑事はますます首を傾げた。 つまり、と言い、席を立つ。 「私は、生まれ変わるということだ。」 「う、生まれ変わる・・・・ッスか?御剣検事が。」 私は頷いた。 「そう・・・・そのために、今日。私は、日本を離れる。」 そのコトバに、刑事は笑った。 「そうッスか、日本を・・・・・・・・は、離れるッスとおおお!!な、なぜ!どうしてそうなるッスか!」 「フッ・・・・言っただろう、私は生まれ変わる、と。そのためには、一度・・・・すべてから離れたいのだ。」 ―――そう。すでに、携帯の番号も変更済みだ。 あらゆる手段を使っても、私への連絡は、取れない。 「きっと、イトノコギリ刑事。きみが、今日私が日本で会う最後の知り合いとなるだろう。」 「ど・・・・どうして、自分なんス?成歩堂龍一には・・・・」 刑事はそこでコトバを濁らせた。私はそれに気づき、微笑む。 「・・・・いいのだ。今、あいつにあったら・・・・決心が揺らぐかもしれない。」 刑事は驚いたカオをした。それはそうだろう。私自身、自分の口からまさかこんなコトバが出るとは思わなかったのだから。 一度決めた気持ちが揺らぐかもしれない、など・・・・ 「なぜ、自分が最後なのか、と聞いたな。」 話を戻すため、私は刑事に問いかけた。 「実はきみに、頼みがあるのだ。」 「頼み、ッスか・・・・?」 その刑事の問いに、私は携帯を取り出した。 「私は携帯の番号も変え、今私に連絡を取れるものはいない。」 「そんな・・・・そんなの、あんまりッス!」 「そう・・・・それでは、あんまりだ。」 私がそう言うと、刑事はえ?と呟いた。 「だから、イトノコギリ刑事。きみだけには私の番号を知っていてもらいたい。」 「じ・・・・自分がッスか!?な、なぜ、自分に!」 刑事のコトバに、私は微笑んだ。 「私は確かに、きみをものすごく優秀なだとは思わない。しかし・・・・」 そこで話を区切り、私はイトノコギリ刑事に電話をかけた。 すぐ間近で、携帯の着信音がなる。刑事は電話を取った。 「しかし、きみはいつも、私のそばにいた。」 電話越しに刑事に話しかける。 「私にどんなに黒いウワサが流れようとも、刑事の中できみだけは・・・・決して、私から離れなかった。」 「み、御剣検事・・・・」 「そんなきみを、私は信用しているのだ。」 そう言って、私は電話を切った。 目が潤んでいる刑事に向かって微笑み、言う。 「フッ・・・・ありがとう、イトノコギリ刑事。これからも頼む。」 刑事は、私を真っ直ぐに見て、敬礼した。 「了解ッス!!」 「行ってらっしゃいッス!お気をつけて!」 空港まで見送ってくれた刑事に手を挙げ、搭乗口に入った。 機内で、自分の席を探し、座る。窓際なので、外の景色がよく見えた。 雲ひとつない空は、とてもきれいな青色に染まっている。 ―――成歩堂。 きみは、何も言わずに行く私に絶望するだろうか。・・・・それならば、今はそれでもかまわない。 きみはまだ、覚えているだろうか。 私がきみにした、<矛盾>というコトバができた由来を。 私は、きみにあの話をして法廷に立ってから、こんなことを思うようになった。 きみが、もし。どんなウソも見逃さず真っ直ぐと見つめ、真実を追究していく【矛】であったら。 私はそれを受け止め、共に真実を見出す【盾】でありたい、と。 それは、周りから見ればミニクイ姿かもしれない。 しかし・・・・それでもよいではないか。 真実にたどり着くまでの道を、仲間と共に通ることができるのならば。 離陸を告げるアナウンスのすぐ後に、飛行機が滑走を始めた。 外の景色の移りが速くなっていく。 ―――私をいつも信じてくれる仲間のために、私は今、旅立つのだ。 その仲間たちを・・・・私が、全身全霊をかけて守れるようになるために。強くなるために。優しくなるために。 いつか私が、きみたちのもとへ戻って来たとき・・・・ 生まれ変わった私を、見てもらうとしよう。 |
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