掴んだ手に必然を |
作者:
刹那
2008年05月11日(日) 09時36分48秒公開
ID:ofundlsaRuI
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ただ進んでいく時の中で何も出来ず佇んで、過去に助けてくれ、そして助けようとしてくれる人の手も拒んで、堕ちていった。 それでも、君に会いたがるぼくを許せないと思う。 「パパ!おかえり!」 靴を脱いだら、元気な声がはじけた。みぬきが駆け寄ってぼくに抱きつく。しゃがんでただいまと言いながら、抱き返し、その暖かさが何かに似ている事に寂しさを覚えた。 「成歩堂さん!もっと早く帰って来てくださいよ!」 オドロキくんが呆れた顔をして、腕を組んだ。 「ごめんごめん。帰ってもよかったのに」 「みぬきちゃん置いて帰れませんよ。こんなに夜遅いのに」 ふっとため息が上から降る。 みぬきが手を離してオドロキ君の隣で笑う。ああ。なんでこんなにも簡単に暖かさは去って行くんだろう。 気持ちを振り払うように勢いよく立ち上がって、笑う。でも、心からは笑っていないだろうな。 「ありがとう、オドロキ君」 こそりと耳打ちする。 「でも、みぬきに変な事してないだろうな?」 「しっしてませんよ!」 彼のスーツの色に頬を染めて、オドロキ君は反論する。突然の大声にみぬきがぽかんとした。 「どうしたの?オドロキさん」 「どどどどどどどっどうもしてないよ!」 二人の会話を聞いて、声を出して笑って聞く。 「二人とも夕飯はどうしたの?」 「俺が作りました」 「おいしかったよ!みそラーメンだったの!」 「スーパーで安かったので」 「野菜も何も入ってなかったけどね」 みぬきがくすくすと笑う。 君の欠片を掴む度に胸が痛むんだ。 でも欠片はありすぎて、もう痛みに慣れてしまったよ。 「成歩堂さん?」 オドロキ君の声ではっとした。手が氷のように冷たい。 みぬきは何かを悟ったような顔で、オドロキ君に声をかけた。 「オドロキさん!みぬきアイス食べたいです!コンビニ行きましょう!」 「え?ちょっとみぬきちゃん?」 「パパ!」 オドロキ君の腕を掴んだみぬきが、ぼくを睨むように見た。 「つかみ取るのは自分だよ!欲しいものを我慢しないで!」 そう言って、オドロキ君を引っ張ってドアの向こうにすごい力で投げた。 「うわ!」 もう一度、みぬきはぼくを見て、お辞儀をしてドアを閉めた。 オドロキ君の大声が、次第に小さくなって消えた。 結局、ぼくは堕ちたままで落ち着いてしまったのだ。 這い上がろうともしないで。差し出された手も見ない振りをして。 きっと苦しかったのはぼくだけじゃないはず。 「ははっ……参ったな」 片手で目を押さえて、笑う。壁に寄りかかると、支える力も無くて、重力でずるずると座り込んでしまった。 みぬきは『みぬく』を使わなくても鋭い子だとは思っていたけれど、ここまで気付くとは考えてもいなかった。 「オドロキ君は気付いてなかったけどね」 兄弟なのに違うなあと笑う。 「真宵ちゃん」 声に出して名前を呼ぶ。初めてだと思った。 明かりが見えないと思った。あまりにも深く深く堕ちてしまって。 酸素が無いと思った。あまりにも深く深く潜ってしまって。 でも本当は知っていた。ぼくが手を伸ばせば掴んでくれる人がたくさんいる事を。 その中に君がいる事に間違い無いという事に。 手を伸ばしたいと思う。掴んでくれる人が気付いてくれる事を願って。 事務所にコール音が響く。 事務所は変わってしまったけど、変わらない思い出。 プルルルルルル…… ここで一緒に笑い合った日を覚えている。 プルルルルルル…… ここで一緒に抱き合った日を覚えている。 プルルルルルル…… だから大丈夫。だから立ち直れる。 プルルルルルル…… ………また、這い上がれる。 プルルルルルル…… 愛する人たちと心から笑える日が来る事、 プルルルルルル…… 君と隣同士笑いながら歩ける日が……… カチャッ 「はい。倉院の里です」 脳で何かが弾けた。 ぼくは泣きそうになりながらも微笑む。 「成歩堂法律事務所ですが」 君の嬉しそうな声が心地よく耳元で跳ねた。 ぼくは掴んだ手を離さない。 これからも、ずっと…… |
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