「逆転の豪華客船」 第一法廷パート
作者: 霄彩   2008年04月21日(月) 18時08分03秒公開   ID:ZnETrDT.8aY
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 3月22日 午前9時50分 地方裁判所 被告人第3控え室

うーん。なんかこう、今日は頭がスッキリしない。
なんとなく首を回してみた。そのとき、一枚の絵がぼくの視界に入ってきた。その絵は茶色い額縁に入れて、壁に飾ってあった。大きさは結構大きいんじゃないかな。その絵を縦に持つとしたら、両腕を軽く広げないと持てないくらいだ。
何が描いてあるのかな。と思い、近づいて見てみたけど、よく分からないや。一点透視図法、だっけ。名前に自信はないけど、そんな感じの方法でも使われてるのかな? 
その絵の下には、さぁ、お眠りください。と言わんばかりに赤茶色のような色をしたソファが置いてある。詰めて座れば普通の体型の人で五、六人は座れそうだ。
今はなんとなく寝たい気分だけどもうすぐ開廷時間だし、前なんか開廷前に寝てヒドい夢を見たからな。やめておこう。

ぼくが苦い顔をしていると、ぼくの眠気を吹き飛ばそうとしているのか、真宵ちゃんが勢いよく話しかけてきた。
「なるほどくん! そんなに眠そうな顔してると、ニボサブさんが心配するよ!」
「そうだね。真宵ちゃん」
ぼくは真宵ちゃんの元気な声を聞いて、真宵ちゃんの元気な顔を見て微笑んだ。

とは言ったものの、昨日は面会室から締め出されて事務所に戻った後、結局アパートに帰らずに事件の資料を読んでいた。
最終的に寝た時間は覚えていないけど、これだけ眠いということは結構遅かったんだろうな。寝た時間。真宵ちゃんはいつの間にか寝ていたみたいだ。
「そりゃ、きっとアレだね。寝てる間も、ずっとレモンライムすいみんだったんだよ」
真宵ちゃんのボケにも慣れてきたな。なんとなく、ムナシイ。ぼくは少し間を置いてから答えた。
「それはレム睡眠」
「あれ。そうだったっけ? 実は言うとき、ラムすいみんと迷ったんだよねー」
「ぼくはどっちかというと、そっちのほうを言ってほしかったかな」
どっちも食べ物に関係があるというところが真宵ちゃんらしいな。

そんなことを話していると、ニボシさんが控え室に入ってきた。
「あ。おはようございます! 成歩堂さんたち!」
今日も、さわやかな笑みを見せるニボシさん。
「おはようございます」
「おはようございます! ニボサブさん」
そのとき真宵ちゃんが、言葉の語尾らへんでぼくの顔を見たのが気になった。
「そういえばあたし、なるほどくんがさわやかに笑ったところ見たことない」
真宵ちゃんの言ったことがぼくにとって予想外だったから、一瞬頭の中が真っ白になった。
なんでそうなったかというと、ぼくはてっきり真宵ちゃんが“ニボサブさん”と言っているときにこっちを見たから、またへんなあだ名でも思いついたのかと思って少し動揺してしまったからである。
「それは多分、最近、色々と追い詰められてることが多いからだと思うよ」
「へえぇ。タイヘンだねえ。弁護士も」
ぼくはなにも、仕事のことに限って言った覚えはないぞ。
ぼくは真宵ちゃんの顔をしっかり見てそう思った。

そのとき、ドアのほうから声が聞こえた。
「そろそろ開廷時間です。被告人と弁護人は、すぐ法廷に入りなさい!」
「それじゃあ、行こうか。ニボシさん、真宵ちゃん」
「うん!」
「よろしくおねがいします!」

 
 3月22日 午前10時00分 地方裁判所 第2法廷

静まり返った法廷内に、裁判長の木槌が響く。

カン!

裁判長が、法廷全体を見渡した。そして、満足そうに軽くうなずいた。
「これより、荷星 三郎の法廷を開廷します」
「弁護側、準備完了しています」
「検察側、準備完了している」

ぼくは、検察側を見た。そこには、いつもの見慣れた人物が立っていた。目つきの悪い目に灰色がかった髪、わざとなのかなんなのか、一部がぴょんとはねている後ろ髪。全身ワイン色の背広にかなり目立つふりふり。
そういえば全然気にならなかったけど、今回の事件の担当検事は御剣だったのか。まあ、変な検事が出てくるよりはいいかな。
顎に人差し指と親指を置いて、人差し指で顎を摩りながらそんなことを考えていると、ぼくが考えていることが分かったのか、真宵ちゃんが呆れた顔で言った。
「なるほどくん、安心するとこってそこでいいの?」
うーん。別に安心しているわけじゃないけど、安心というと確かにそうなのかもしれない。
「今までいろんな検事を見てきたけど、百歩ゆずっていろんな意味であいつが一番ふつうだからな」
ぼくが今までのことを振り返りながらため息交じりで言うと、その言葉に納得したのか真宵ちゃんが小さく、確かにそうだね。と呟いた。

「それでは御剣検事。冒頭弁論をお願いします」
裁判長がそう言うと、御剣が分厚い事件の資料を持って読み出した。
「被告人荷星 三郎は、船、豪華丸において哀乙砕 凄の首を絞め、殺害したものと思われる。検察側は、犯行が行えたのは彼しかいないということを証明しようと思う」

多分、今回も完璧な証拠に隙のない証人を用意しているのだろう。でも、ニボシさんは殺人なんてできる人じゃない。それが真実である限り、必ずどこかに穴はあるはずだ。
とにかく、ハッタリでもなんでも咬ましてやるか!
「お。なるほどくん、お得意の戦法だね!」
真宵ちゃんがにやっとして言った。
「うるさいな」
これでもこっちは必死なんだぞ!

御剣の冒頭弁論を目を瞑って聞いていた裁判長が、目を開いた。
「なるほど。ではさっそく、始めてもらいましょう」
「最初の証人を入廷させていただこう」
御剣がそう言うと、証言台にイトノコ刑事が立った。
少し間を空けてから、御剣が口を開いた。
「証人。名前と職業をお願いする」
「はッ! 自分の名前は、糸鋸 圭介ッス! 所轄所の殺人事件捜査担当の刑事ッス!」
いつもと変わらない元気なイトノコ刑事の声が、法廷内に響き渡った。
そんなイトノコ刑事を腕を組み、片方の人差し指でその腕を軽く叩きながら目を細めて見ていた御剣が言った。
「イトノコギリ刑事。まず、事件の説明をお願いする」
「はッ! 了解ッス。事件は、船の中にある控え室Bで起こったッス。被害者はドアの前付近に倒れていたッス。被害者の死因は、ロープで首を絞められた際の窒息死ッス」

イトノコ刑事がそう言い終わると、少し間を空けて御剣が口を開いた。
「刑事、キミはなぜ荷星 三郎を逮捕したのか」
「それはもちろん、決定的な証拠があったからッス!」
御剣の問いに、自信満々の顔で答えたイトノコ刑事。
うう。どんな決定的な証拠なんだよ!
ぼくが早くも冷や汗を掻いていると、裁判長が口を開いた。
「ふむう。では、イトノコギリ刑事。その“決定的な証拠”とやらを、証言してください」
「分かったッス」

「被害者は、ドアの前付近に倒れていた。さっきそう言ったッスよね? そして、自分がロビーから駆けつけたとき、なんとッ! 被害者の横に、手にロープを持った被告人が立っていたッス! しかも、発見される前までカギは閉まっていて、そのカギは被告人が自ら開けたそうッスッ!」
イトノコ刑事がそう言った瞬間、法廷内がざわめいた。それを止めるために裁判長がいつもよりも二回多く木槌を叩いた。
「静粛に!」

「ね、ね。なんだか、証言がいつもより少ないよね。イトノコ刑事」
法廷内がざわめいている間に真宵ちゃんが話しかけてきた。本当は話しちゃいけないんだろうけど、ぼくはもう気にしないことにしている。たまに御剣の視線が痛いけど。
「うーん。確かにそうだな。多分、御剣の作戦なんじゃないかな。印象付けるってヤツ」
「うう。今回も最悪な進行っぷりだね」
しばらくして、ざわめきがおさまってから裁判長が再び口を開いた。
「それでは弁護人、尋問を」
「はい」

ぼくは人差し指と親指を顎に置いて、人差し指で顎を摩った。
イトノコ刑事の証言、聞いた感じではムジュンはなさそうだったな。とりあえず、ゆさぶって情報を引き出すか。
「被害者はドアの前付近に倒れていた。それは、事件と関係があることなんですか?」
ぼくが顎に手を置いてあのおなじみの動作をしながら聞くと、イトノコ刑事が目線を斜め上にやって、考えるように答えた。
「いや。今のところ事件との関連性はないッス」
なにかひっかかる言い方だな。今のところはない。ということは、これから関連性が出てくる可能性もあるってことなのか。まあ、でも、そこをあえて聞く必要はないだろう。
ぼくがそう考えていると、裁判長がその疑問を口に出した。
「今のところ。ということは、これからその可能性が出てくるということもあるのですか?」
「まあ、そういうことッス。でも、その可能性はあまりないと思うッス」

ということは、あまり気にしなくてもいいということかな。
ぼくはそんなことを思いながら次の質問に移ることにした。
「イトノコ刑事が第一発見者なんですか?」
「いや、違うッス。でも、自分が駆けつけるまでそんなに時間は経ってなかったと思うッスよ」
そう言うと、得意げに唇をつりあげるイトノコ刑事。そんなに得意げな顔をしているということは、それなりの理由があるはずだ。
「なんでそう思ったんですか?」
「自分が駆けつけるとき、ちょうどドアを開けたところだったみたいッス」
なるほど。それなら控え室Bのドアが見える範囲の距離なら、三分以内には行くことができるだろう。誰かが悲鳴を上げたりした場合は、走って行きそうだしな。

そのとき、真宵ちゃんが小さな声で話しかけてきた。
「あれ。それなら、第一発見者も見てるよね。イトノコ刑事」
ぼくも一瞬そう思ったけど、
「それは無理だったと思うよ。真宵ちゃん」
ぼくは法廷記録から《豪華丸1Fの見取り図》を取り出した。そして、真宵ちゃんに見せた。
「事件があった控え室Bのドアは手前にある、トイレ側に開くようになっているんだ。だから、ロビー側から来たイトノコ刑事は見ることができなかったと思うよ」
「お! なるほどくん、今日は冴えてるね」
ぼくはしばらくだまって、そして答えた。
「ずっとそうだったらいいけどね」

こそこそ話しはそろそろ止めないと、裁判長が不思議そうな顔でこっちを見だしたぞ。
被害者の横に手にロープを持った被告人が立っていた、か。この証言、ツッコミどころがありそうだな。
「ニボシさんは、どっちの手にロープを持っていましたか?」
「右ッス。」
自信満々といった感じの顔でぼくの質問に答えたイトノコ刑事。
どうやらその顔にウソはないみたいだ。確か、ニボシさんは右利きだったからな。いつの日か右手で、確か、“殿”と書いてあった扇子で扇いでいたのを見た覚えがある。あの扇子は珍しいからなのかなんなのか、なぜかぼくの頭に鮮明に残っている。

「発見されるまでドアは閉まっていた。それは、確かなんですか?」
「間違いないッス。それ以前に被告が中からカギを開けてるんスからね! 目撃情報もちゃーんとあるッス!」
「誰かが部屋に潜んでいたとか、そういう可能性はないんですか?」
ぼくの必死の問いもむなしく、
「目撃証言の中に部屋から誰かが出てきたという情報はなかったッス。それに、駆けつけてすぐ部屋のすみずみを調査したッスが、誰もいなかったッス」
と、自慢げに言われるだけだった。
うーん。もともと証言自体にムジュンが見つからなかったとはいえ、今日のイトノコ刑事は珍しく隙がないな。
「脂がのって、おいしそうだね! イトノコ刑事」
真宵ちゃんが真剣な顔で言った。それって、真剣な顔をして言うセリフじゃないだろ!
とりあえず、適切な答えを返しておくことにした。 
「食べてもおいしくないと思うぞ」

どんなに脂がのっている証人でも、その証言を崩さなければ前へは進めない。考えるんだ! なにかあるはずだ!
「カギを開けたのは本当に被告人、荷星 三郎だったんですかっ!」
ぼくは出せる限りの声をだしながら、イトノコ刑事に人差し指をつきつけた。
あれだけ考えて出てきた質問がこれだとは。とほほ。
「そッス。これも目撃情報があるッスからね」
うう。やっぱり聞かなきゃよかったな。ぼくの頬を伝って、自然と冷や汗が流れ落ちてくる。

今までぼくたちのやりとりを聞いていた御剣が、ここぞと言わんばかりに片手で机を叩く。そして、口を開いた。
「刑事が現場に駆けつけたとき、被告人は手にロープを持って立っていた。そして、発見される前はカギが閉まっていた。さらに、そのカギを開けたのは、中にいた被告人だ。被告人の有罪は明らかであろう」
そう言い終った後に、片腕を振り上げて、腹の前に振り下ろした。おじぎ、というやつだ。今のこの状況でされると、なんかムカつくな。

こんなにぼくにとって不利な発言を聞くと自然と裁判長の方に目がいく。裁判長の方を見るとぼくが頭で想像していたとおり、ふむう。とうなりながら木槌を手で触っているのが見えた。ここはなんとしても反論しておかないと、ニボシさんが有罪になっちまう!

⇒To Be Continued...

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