逆転−HERO− (7) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月07日(木) 23時57分40秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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「……何処なんだろうね、真多井流花さんの病室」 灰色の建物に並ぶいくつかの小窓を見上げ、真宵くんが言った。 「ム。ここからでは分からないな」 「そうだね……」 焔城検事の言葉が気に掛かり、私たちは彼女の見舞うことにした。だが、特別病棟の患者に関しては、身内の者以外は面会謝絶だという。 それでも「流花さんのお見舞がしたい」と言う真宵くんの希望により、私たちは特別病棟の裏から形だけの見舞いをしている。 「流花さん、可哀想だね……」 真宵くんが殊のほか彼女に同情しているのは、先ほど特別病棟の受付であんな話を聞いたからだろう。受付の看護師に「真多井流花の見舞いをしに来た」旨を告げると、彼女は「本当はぜひそうして欲しいのだけれど……決まりだからね」と、残念そうに言った。 娘が植物状態になったというのに、両親は一度も見舞いに来ていないそうだ。その他の親族も誰一人訪ねてきたことはなく、彼女の病状についての問い合わせもないとか。 唯一の救いは、母親と一緒に家を出たという妹が、たまに訪ねて来ることだった。しかし、彼女も付きっ切りでいることはなく、気が付いたら姿が見えなくなっていると言う。 あとは月に一度、無記名で見舞いの花束や花かごが届く程度。それもすぐ枯れてしまうのか、看護師は彼女の病室に花が生けてあるのを一度も見たことがないそうだ。 色彩のない寒々とした病室に横たわる、忘れ去られた眠り姫――焔城検事があれほど怒りに燃える理由も、少し分かる気がした。 そうだとしても――彼女の闘志に屈するわけにはいかない。『君影草』なる真犯人の正体を突き止め、夜羽愛美に無罪判決をもたらすことが彼女の弁護人たる私の役目なのだから。 「……ねぇ、御剣さん。君影草のこと、何か分かった?」 私以上に愛美さんの身を案じているのは、他ならぬ真宵くん。 「柚田伊須香さんを憎んでいた誰かの犯行ってことは間違いないんだよねぇ……」 彼女は友人として純粋に、愛美さんのことを心配しているのだ。 「いや、君影草の狙いは柚田伊須香だけではないだろう」 その不安を少しでも和らげるために、私はこれまでの経緯から感じたことを述べる。 「考えてもみたまえ。君影草がもたらした、三年前の事件関係者への不利益を」 「ええと……最初は伊須香さんが毒を飲まされて、まみちゃんはその犯人にされちゃったたよね。それから……詩門さん。過去の事件をネタに、いいように操られて捕まった」 ここは静かで人気もなく、考え事をするには最適の場所。私に習いロジックを組み立てる真宵くんの姿は、なかなかサマになっていた。青くトガった“あの男”よりも、ずっと。 「うム。君影草は用意周到な計画を立て、三年前の事件に関わっていた三人の女性に不利益をもたらした。何のために――正確には、 君影草の正体を暴くには、君影草の動機を考える必要がある。君影草の軌跡を辿れば、自ずと答えは見えてくる。推理の終着地点まで、私は彼女を誘導していく。 「――真多井流花、さん?」 やがて、何かに気付いたように彼女はふっと 「おそらくは。柚田伊須香は、彼女に直接手を下した人物。詩門温子は犯行に使う毒物を用意した。夜羽愛美は二人の犯行を疑いながら、今の今まで黙っていた――」 「ま、待った!御剣さん!まみちゃんは悪くないよ!二人の会話を聞いたのだって偶然だし……そ、そう!伊須香さんのインボーに、巻き込まれたんだだけだもん!」 「友人を弁護したい気持ちも分からないではないが、君影草にしてみればこの三人は真多井流花を抹殺した憎い存在――“共犯”も同じなのだよ」 「ううっ……」 私の指摘に、真宵くんは二の句が告げなくなる。彼女のしゅんとした表情を見るのは、いささか心苦しいのだが……現実はなかなか厳しい。 「……でも、そこまで流花さんを想う君影草って誰なんだろうね?特定できるような手掛かりが、何かあるといいんだけど。指紋とか、写真とか、声とか――」 「声――あっ?!」 ウカツなことに、彼女の言葉で私は今の今まですっかり忘れていたことを思い出した。 「どうしたの?御剣さん」 「君影草の正体……これを聞けば何か分かるかもしれない」 私がスーツのポケットから取り出した物を、真宵くんは「?」という表情で見つめる。 「先ほど、秘密の花園で詩門さんから預かった“携帯電話”だ。彼女は君影草に対するささやかな犯行として『君影草との会話を録音した』と言っていた。 脅迫者の声は機械で変えられていたらしいが、何か手掛かりになることが入っているかもしれない」 「ええっ?!そんな貴重なモノ――なんでもっと早く出さないのさ!」 「ム、すまない。……とにかく、聞いてみよう」 真宵くんに急かされながら再生操作をする。しばらくの間、通話口からは酷い雑音だけが流れていた。それは激しい雨の音と―― 「……カミナリ、鳴ってるね」 着信は10月16日の23時30分。学園祭初日の前日だ。あの日の夜は強い雨風が吹き荒れ、雷も遠くの方で鳴っていた。耳を澄まし、更に聞き入る。 『――聞こえるか、シモンアツコ……ワタシは、キミカゲゾウ……これからアンタに……指示を出す……アンタには、その通りに動いてもらう……』 雑音に混じり聞こえてきたのは、確かに人の声だった。私と真宵くんに緊張が奔る。 『……ヨハ……マナミ……傍聴……し、写真……人物を検討する余地……生じたら、速やかに……証人……名乗り出……自分だと証言……いいか……余計なことは言わず、指示に従え……アンタたちは、ね……マタイルカの未来を奪った。そのことを、忘れるな……!』 「これって……?!」 再生終了後、弾かれたように顔を上げる真宵くん。私は携帯電話をしまい、頷いた。 「これで君影草の動機がはっきりしたな」 「……でも、雑音も酷かったし声も変えられていたから、性別とかも全然分からないね」 真宵くんが残念がるのも仕方ない。科捜研で声紋分析に掛ければ、性別・年齢くらいは判明するだろうが――弁護士「ナルホドウリュウイチ」の身ではそれも叶わぬことだった。 どうしたものかと思案に暮れていると、不意に腕を引かれた。 「――御剣さん、誰か来るよ!隠れてっ!」 特に隠れる必要もないのでは……と思った時には、既に近くの焼却炉裏に連れ込まれていた。真宵くんは焼却炉の陰から、張り込み中の刑事さながら慎重に顔を覗かせる。 「……あれって、海流さん?」 「何?」 彼女に習い、私も顔だけ出して様子を窺う。我々が先ほどまでいた場所に佇む人影は、確かに阿部氏だった。焔城検事を送り届けた後、帰ったものと思っていたが……。 「何してるんだろう?……訊いてみる?」 「いや、もう少し様子を見よう」 阿部氏は先ほどの私たちと同じように、特別病棟の窓を見上げている。彼の何処か物憂げな横顔が、何となく気になった。ふと、その口元が動く。 「――!」 微かだが、はっきりと――『ルカ』――彼は、そう呟いた。 「……どういうこと?」 5分ほど佇んで、彼はその場から姿を消した。山育ちで視力のいい真宵くんも確認したのだろう。彼の気配が消えた後、すぐさま訊いてくる。 「分からない……だが、彼にはまだ話を聞く必要がありそうだ」 ――初対面で話した時に現れた、さいころ錠のことも含めて。 「とにかく、ここにこうしていても仕方あるまい。一度、劇団エデンに戻ろう。伊吹団長もそろそろ帰っている頃だろう」 「うん、そうだね!」 私の言葉に大きく頷く真宵くん。彼女にも分かっているのだろう、我々に残された時間は少ないということを。一歩踏み出したその足は、何かに気付いてぴたっと止まる。 「……あれ?何か落ちてる。何だろうね、これ」 焼却炉の手前辺りにばらばらと散らばる白い何か。 「ここでゴミでも燃やしたのではな――?!」 真宵くんが摘み上げたものを見て、私は 小さな白い粒の連なり。熱で溶けかけてはいるが、それはスズランの花。しかも――“造花”のスズランだった。造花でも他の花ならば、大した意味は持たない。 しかし、“造花のスズラン”は、劇団エデンが公演で使う筈だった小道具。それが何故か公演の日の朝には無くなっていた。開演直前にそのことが発覚したため、愛美さんが生花のスズランを用意することを提案、今回の事件へと発展したのである。裏を返せば、造花のスズランさえ無くならなければこのような事態にはならなかったと言うことだ。 これが劇団エデンの小道具であると断定は出来ないが、捨て置くことは出来なかった。事の重大さに気付いたらしい真宵くんと頷き合い、焼却炉の中を物色する。 「これは……植物の茎だね。造花じゃなくて、本物だよ。それに、焼却炉の周りにもしおれた花びらや葉っぱが散らばってる」 「うム。こちらはビニールの燃えカスと、何かの破片……網目状になっているところを見ると、バスケットのようなものだろうか?」 両手を煤だらけにしながら、私たちは焼却炉からそれだけのものを引っ張り出した。ここが人気のない場所で、本当に良かったと思う。 「花束と何か籠に入ったものか籠そのものを大量に燃やしたようだが、焼却炉が小さすぎて燃え切れていないな。 それに、花びらや葉っぱの散らばりよう……ずいぶん荒っぽく投げ込んだのか?誰が、何故……?」 しかし、その疑問に対する答えは出てきそうもなかった。私たちはそれらの燃えカスをビニール袋に入れ、とりあえずその場を立ち去ることにした。 病院の門を出ると、一台のワゴンが滑り込んで来て私たちの前で止まった。サイドには『劇団エデン』の文字。一瞬、阿部氏かと思ったが、出てきたのは別人――初めて見る顔の女性だった。 ジーンズにスラックス、銀縁の丸眼鏡。頭に巻いたピンクのバンダナ以外は全く飾り気がない。かなりの長身で、腰の辺りまである長い髪を見なければ男性と間違えそうだ。 「あなたは……?」 「百瀬(ももせ)って言います。団長があなた方を劇団エデンまで送るように、とのことです。どうぞ」 彼女――百瀬さんは事務的な口調でそう言って、ワゴンのドアを開けた。 私たちが乗り込むや否や、ワゴンはすぐに走り出した。 エデンのビルへ戻った私たちは、再びあのごちゃごちゃした事務室に通された。 先ほどと同じソファに座ると、その前のテーブルにすっと緑茶が差し出される。 「ああ、お構いなく」 ……昨日から、この台詞ばかりいっているような気がする。 「あ、あ、あの……」 消え入りそうな声にふと視線を上げると、若い女性が盆を抱えたまま立ち尽くしていた。彼女は私と目が合うと慌てて逸らし、真っ赤になって俯く。 「相変わらずモテるよね、御剣さん。なるほどくんなら、髪型を笑われてオシマイなのに」 「さりげなく毒舌だな、真宵くん……」 「……あ、あのっ……す、すみませんでしたっ!」 突然、女性が深々と頭を下げる。真宵くんと私は顔を見合わせ『?』だった。 「――さて、君に謝られることをした覚えはないのだが?」 なるべく穏やかに問い掛けても、彼女は水飲み鳥のようにぴょこぴょこと頭を下げるだけ。面食らっていると、頭上から良く通る女性の声が響いた。 「代役のことですわ」 見ると、ファイルのようなものを抱えた伊吹倫子劇団長が穏やかな笑みを湛えていた。 「代役?」 「ええ、彼女は織部 小鳩(おりべ こばと)。今回の舞台でジュリエット――伊須香の“代役”を務めた子ですの」 伊吹さんは私の向かいに座る。『代役』という言葉には、確かに思い当たる節があった。 「ああ……」 「本当にすみません!あの、あなたですよね……?伊須香さんが倒れた後に入れ替わったジュリエットの演技を酷評していらしたの……あれ、あたしなんです」 「ム、あれは……」 織部小鳩がここまで恐縮する理由は、どうやら私にあるようだ。彼女は更に謝り倒す。 「はいっ!あなた様のおっしゃったことはごもっともなんです!……あたし、油断してましたっ!伊須香さんに『代役なんて必要なくてよ!失礼ね!』って怒鳴られてたこともあって……でも、代役はどんなアクシデントにも速攻対応できるように完璧に演技を仕上げておくべきだったんです! ……あの場面の脚本が即興で書かれたものだったとしても、そんなの言い訳になりませんよね?!お目汚しをして、本当に申し訳ありませんでしたっ!!」 ⇒To Be Continued... |
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