逆転−HERO− (6) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月06日(水) 20時42分46秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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真相を明らかにし、夜羽愛美に有罪判決をもたらし――柚田伊須香が目覚めたら三年前の事件について徹底的に言及してやる!ゼッタイにッ!!」 ベッドに横たわったままでも、焔城検事の気迫は薄れるどころかますます激しく燃え上がる。さすがの真宵くんもそれ以上、突っかかっていけないようだった。 審議の時から気になっていた。聖ミカエル学園と劇団エデンを繋ぐこの事件に、彼女はどんな強い思い入れがあるというのか。 「焔城検事。あなたは何故、この事件にそうまで肩入れするのです?いや、あなたが囚われているのは今回の事件ではなく、三年前の――」 「……司法修習生だった」 それが罪深きことであるかのように、彼女はポツリと呟いた。 「三年前――検察官の実務修習中、私はあの事件に遭遇したんだ」 ・ 司法修習の課程における検察官実務実習――将来、検察官になることを目標としていた焔城翔は、とても張り切っていた。その日の予定は、警察による捜査の見学。近くの学校から通報があり、現場に急行したパトカーに翔もついて行った。 けれども、忙しく立ち回る捜査員とって、翔は野次馬に毛が生えた程度の邪魔者にしか映らなかった。野次馬ならば追い払えば済む話だが、司法修習生ではそうもいかない。妙に熱心で、何かにつけて『これは?』『あれは?』と質問してくる面倒で厄介な存在。 数日経って、“どうやら事故らしい”ということで処理される運びになった時、現場に更なる厄介ごとが舞い込んできた。 だぼだぼのスカジャン、茶髪パーマの少女が『これは事故やない!』と、喚き立てるのである。追い出しても追い出しても少女はしつこくやってきて、『事故やないよ!もっとよく調べてや!』と、誰かれ構わず突っかかってくる。 そんな少女の扱いにほとほと手を焼いた捜査員は、彼女の“処置”を翔に任せるようと考えた。厄介者が二人いっぺんにいなくなるというナイスアイデアは即効で採用され、翔は少女と共に現場から遠く離れた中庭へと追いやられたのである。 「……ルカのこと、事故なんかやないよ」 二人っきりになると、さっそく少女が切り出した。面食らいながらも、翔は少女の話に黙って耳を傾けていた。 「うちな、ルカのファンやねん。……ずっと昔っから、ルカのこと応援しててんよ?」 ふと少女の口元を見れば、白い棒状のものが覗いている。慌てて取り上げ、鋭く一喝。 「ダメだよ!未成年がタバコなんて!」 少女は一瞬きょとんとし、やがてケタケタ笑い出した。 「あっはっは!おネエちゃん、ケッサクやわ〜!それ、よく見てみぃや」 言われてまじまじ見てみると、それはタバコよりも細い棒で微かに薄荷のニオイがした。 「そんで、これが箱」 少女がポケットから取り出してみせた紺色の箱に、印字してある文字を読む。 「……『カカオ・シガレット』?」 「『シガレット』いうたかて、本物のタバコやないで。ただの砂糖菓子や。あっはっは!」 少女はそれを翔に一本渡し、二人してぽりぽりとかじる。しばらくは、その音だけが中庭に溶けていた。 「……なぁ、おネエちゃん。うち、オネエちゃんのことやったら信じられる」 空っぽの箱を振りながら、ふっと真顔になる少女。潤んだ瞳で、ぽつりと呟く。 「ルカのこと、事故なんかで終わらせんといて欲しい。こんなの、ゼッタイ事故なんかやないんやから!ルカの才能を妬んだ誰かのしわざに違いないんやからっ……!!」 「……分かった。私、調べてみる。この事件、事故になんてさせない。約束するよ!」 しかし、警察が“事故”として処理した件を、司法修習生にどうにかできるはずもなく。指導教官の検事にも掛け合ってみたが、全く取り合ってくれなかった。 ――結局、事件は“事故”ということで“処理”され、三面記事にすらならなかった。 翔の検察官実務実習が終わりに近付き、少女との約束も忙しさの中に消え掛けた頃。 寮へと急ぐ坂道――黄昏の中に、翔は小さな人影を認めた。 逆光で顔は見えなかったが、あの時の少女だということはすぐに分かった。 少女は翔を待っていたようだった。“佇む”というよりは“仁王立ち”という感じで。 翔にはその理由が分かっていた。――分かりすぎるほど。 「……あんた、ウチに言ったよね?『この事件、事故になんてさせない』って。あれ、ウソやったん? ガキの言うことなんてテキトーに話あわせて聞き流しとけば済むと思た?」 氷のように冷たい視線が、翔の心に突き刺さる。 「……」 翔は何も言えなかった。一言の弁解も出来ぬまま、その場に立ち尽くしていた。 「あんたはただのホラ吹きや! いーや、どーしよーもない、大ボラ吹きやったッ!!」 少女の影を直視できなくて、思わず顔を背けてしまう。 「これが大人のやり方なんやね。教えてくれてありがとう。――ウチ、一生忘れへんから」 「ち、違うッ……!」 叫んだが――少女の姿は既に翔の目の前から消えていた。 後には打ちひしがれたようにうな垂れる翔だけが、黄昏に取り残されていた。 ・ 「――この病院の特別病棟には、真多井流花が入院している」 独白の最後に、彼女は言った。シーツの上で握り締めた拳には、血管が浮き出ている。 「三年前……“事故”として片付けられた事件の被害者は、今も目覚めることなく眠っている。あの事件をきっかけに、彼女の家族はバラバラになったそうだ。 誰からも慕われ愛されていた少女の時間は、三年前に置き去りにされたまま――彼女の無念がキサマらに解るか?……さっさと出て行くがいい。 この裁判は私の“罪滅ぼし”――何があろうと、退くわけにはいかない。絶対になッ!」 揺るぎない想いを秘めた焔城検事に掛ける言葉は、私と真宵くんには何もなかった。 ベッドに横たわる白い身体。君の美しさは変わらないのに、君の肢体はずいぶんやつれてしまった。薄い掛け布団すら、君を押し潰してしまうのではないかと心配になる。 こんな姿で三年も眠り続けている君は、まるで童話の『眠り姫』のよう。眠り姫のところには麗しい王子様がやって来て、幸福な目覚めが訪れる。けれど、君には―― (ルカ……) 入院費用を出すだけで、一度の見舞いにも来ない父親。君がこんな姿になってすぐ、君を捨てて出て行った母親。君をこんなにしておいて、顧みようともしない同級生たち。 あれだけ皆に愛され、慕われていたのに、今はもう……誰も来ない病室。 (ルカ――!) 毎月毎月、誰かから贈られてくる花束。最初はピンクのカーネーションとカスミソウ。それから、赤いチューリップ、黄色い薔薇……花かごが届いた時もあったっけ。 花が誰から贈られてくるのか、看護師に尋ねた。でも、いつも無記名で送られてくるから分からないんだって。ただ、一度だけ直接持ってきた時があったって聞いた。 持って来た人の名前は本人の希望で明かせないらしいけど、花束を渡す時に呟いた言葉を、看護師の一人が覚えていた。――何て、言ったと思う? そう言ったんだって、その人。……笑っちゃう。笑っちゃうでしょう? それ聴いて、贈られてくる花は裏の焼却炉で燃やすことに決めた。『罪滅ぼし』なんて言葉、こんな姿になってしまった君の前では何の意味も持たないからね。 赤い炎とくすんだ色の煙に巻かれて、ちりちりと焼け爛れていく花びら。しわしわと縮む葉っぱ。ドロドロと熔け落ちるビニール。ぐしゃぐしゃに崩れ落ちていく花かご。 ああ――君の“未来”は、こんな風にして葬り去られたんだね。 小さな焼却炉の少し歪んだ煙突から、断罪の残骸が遥か 君が目覚めた時、部屋が花でいっぱいだったらすごく喜ぶだろうと思うけれど――もしも君が目覚めたら、部屋いっぱいの花の代わりにあの煙を見せてあげたい。 |
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