逆転−HERO− (2)
作者: 紫阿   URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html   2009年05月02日(土) 20時22分15秒公開   ID:2spcMHdxeYs
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 焔城検事の顔がにわかに険しくなる。私は構わず、先を続けた。
「言った筈だぞ、焔城検事。推論は証拠によって裏打ちされるものだと。温室の鍵も、劇団員たちの証言も、全ては状況証拠に過ぎないもの。
 あなたはあなたの熱弁を裏付ける客観的な証拠を何ひとつとして示していないのだ!」
「……」
 答えない、焔城。
「……やっつけちゃった?」と、真宵くんは期待の眼差し。
「いいや、まだだ」
 目の前の男が休火山になるのは、おそらくもっと、ずっと……果てしなく先の話。
「ふ、徹底的に打ちのめされたいというならそれも良し。望み通り息の根を止めてやる」
 ――私の予感は当たっていた。
「夜羽愛美が実際にスズランを採りに行ったという証拠だッ!くらえッ!」
 地下よりマグマの噴き出す如く、突き付けられる二枚の写真。
「……こ、これはっ?!」
 裁判長が驚くのも無理はなかった。彼が示した写真の一方には鉢植えのスズランが入ったビニール袋をぶら下げて歩く舞台衣装そのままの愛美さんの後姿が、もう一方にはその鉢の前にしゃがみ込み、ハサミを構える愛美さんの姿が映し出されていたのだから。
「一枚目の写真は採って来たスズランを劇場ホールに持ち帰るところ、二枚目の写真は持ち帰ったスズランを今しも摘み取ろうとしているところだ」
「な、成る程……」
 裁判長の反応を見た焔城検事の口元が不敵に歪み、
「ついでにこれもくれてやるッ!」
 机の向こうに証拠品が山積みになっているとしか思えないイキオイで、今度は空の植木鉢が登場……いや、よく見れば申し訳程度に緑色の茎らしきものが覗いているが。
「……な、何ですか?今度は」
「スズランを切り取った後の植木鉢だ。劇場ホールの非常口前で発見した。
 見ろ!これら一連の写真と物証が、被告人がスズランを取りに行き、使用したことを示しているのだ。これでもまだ証拠が足りないというかッ?!」
「い、いいええ!もう十分です!結構ですっ!」
 怒涛の証拠品攻撃に目を白黒させながら、裁判長。
「次の証人にはこの写真を撮ったカメラマンだ。その証言で、全てをはっきりさせてやる」
「分かりました。……ですが、その方の証言は30分の休憩の後でもよろしいでしょうか?「……私、いささか疲れましたので……」
「好きにしろ。被告人の命がほんの少し長らえるだけだがな」
「では……」


カン!


 そして――心無い木槌は、私の返事を()たずして振り下ろされた。
■作者からのメッセージ
 第一回、法廷パート(前半)です。ちなみに、文中の焔城検事が言っているスズランの毒成分と事故の話は実話です。決してスズランを生けた後の水を飲んだり飲ませたりしないように。

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