信じること |
作者:
楠木柚子
URL: http://kijyou.rakurakuhp.net/
2009年02月12日(木) 18時49分11秒公開
ID:H0nY9/Z7eZo
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留置所の厚いガラスが牙琉と王泥喜を隔てる。 「よく私の前に顔を出せましたね・・・・王泥喜くん。」 「先生・・・・。」 成歩堂さんの無罪と引き換えに牙琉は有罪になった。人を殺して。・・・・有罪になって当たり前じゃないか。なのに、何で・・・・何でこんなに胸が痛むのだろう。 「先生は・・・・俺に法の正義を教えてくれました。あれは全て・・・・間違いだった、というんですか?」 ガラス越しの牙琉はいつもの笑顔で答えた。 「いいえ、あなたに教えたことは間違っていません。」 「じゃあ、どうして・・・・どうして先生は・・・・!」 (捕まったんですか・・・・?) 言葉にはならなかった。言ってしまえば、現実になるような気がして。・・・・心の何処かでは祈っていた。何かの間違いであってほしい、と。 王泥喜は自分の甘さにやるせなくなって机を叩いた。 (今は・・・・現実を受け入れる時なんだ!) 「熱くなるのはいけませんね。私はそれを実行しなかった・・・・。唯、それだけのこと。・・・・ですよ。」 そして牙琉は真剣な目になって言った。 「だからなんですよ、王泥喜くん。だからこそ貴方には正しい道を進んでもらいたい。」 「先生に・・・・そんなこと・・・・。」 「私だって・・・・。」 牙琉は目を伏せた。握り締めたこぶしが震える。 「私だって、こんな道に進みたかった訳じゃ、ない。」 「じゃあ、どうして・・・・!あんな事件を起こしたんですか!?」 気付いてしまう。だから俺は胸が痛かったのだ、と。俺は先生を信じていた。こんな殺人者でも・・・・俺にとっては大切な先生だったんだ。そして、それは今も変わらない。 「所詮は、私も罪を隠すために罪を重ねる愚かな犯罪者だった。・・・・そういうことですよ。私は貴方が思うほど、立派な人間ではないのです。嫉妬と憎悪にまみれて、名誉と権力を求めた・・・・哀れな大人の成れの果て・・・・ですよ。」 「でも・・・・先生は・・・・俺を育ててくれた!」 分かっていなかったわけではない。人間にはよい面もあれば、悪い面もある。そんなことくらい。唯、怖くて・・・・。目をそらして・・・・。逃げて―――逃げて―――。 「きっと、贖罪・・・・だったのでしょう。」 眼鏡の奥の笑みはいつものように分からなくて。 「王泥喜くん。私は貴方のような弟子を持てて幸せなんでしょう。」 心の奥にはいつも錠。 ・・・・きっと、他の誰も先生を支えてはくれなかった。ずっと傍にいると思っていた俺ですら―――。先生は俺を支えてくれた。今度は・・・・俺が・・・・。 「先生!俺に本当のことはなしてください!」 「王泥喜くん。」 牙琉は急に厳しい目になって言った。 「世の中には知らない方が良いこともあるんですよ。」 「先生!それでも俺は・・・・先生に・・・・更生して欲しいんだ!」 舌をかんで血の味が口の中に広がる。 「王泥喜くん、貴方は人を信じるのが好きなんですね。・・・・それで良いのですよ。人を信じることが弁護士の仕事・・・・なのですから。」 「先生も・・・・弁護士、でしょう?」 牙琉は天井を見上げた。まるでそこに見えるはずのない空を見上げるように。 「いいえ。・・・・もう、もう遅いんですよ、王泥喜くん。私の手はもう、犯罪者と同じ・・・・。」 先生の目からは何も見抜けなくて・・・・。でも、目に光るものは見えた。あるいはポーカーフェイスのためにかけた眼鏡、だったのかもしれない。 それでも王泥喜は――― 「血みどろなんですよ。」 「先生!」 信じたかった。あれは涙。今までの全てを流し去る・・・・唯、純粋な涙なのだと。信じていたかった。 弁護士としてではなく、王泥喜法介として。 |
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