カタチのないやさしさ |
作者:
楠木柚子
URL: http://kijyou.rakurakuhp.net/
2009年02月06日(金) 09時56分00秒公開
ID:H0nY9/Z7eZo
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「あ、みつるぎ検事!」 ある日の昼下がり、成歩堂法律事務所を訪れた御剣を迎えたのは真宵の声だった。 「・・・・?成歩堂はどうした?」 「なるほどくんったらヒドいんですよ。みそラーメン食べに行くって約束していたのに、いなくなっちゃったんです!」 「・・・・いなく・・・・?」 おかしい。今日、御剣は成歩堂と会う約束をしていた。それをすっぽかすことなど、ない。みそラーメンはともかく。 「何も、言っていかなかった・・・・のか?」 伝言くらい残していってくれたって。真宵は首を振った。 「なるほどくん、一人でおいしいもの、食べに行っちゃったんだ・・・・。ヒドい・・・・。」 「・・・・そ、そうか。それならば、私がこれからごちそうしようか?その・・・・みそラーメンを。」 「え、いいんですか!?」 大喜びする真宵を見て、御剣は少し悲しくなる。 (私もこのように素直に感情を表わせたら・・・・もう少し楽なのかもしれないな。) ふと御剣は机の上にある資料に目を留めた。 (これは―――。) あの、美柳ちなみの死刑の資料だった。 (何故) 何故、成歩堂が今更この資料を調べる必要がある?美柳ちなみは関わった者全てを不幸にしていった。特に成歩堂は二度と癒える事のないような傷を負っている。 (それなのに・・・・何故・・・・?) 言いようのない感情が御剣の中で渦巻く。 (・・・・!) 資料に目を通していた御剣は死刑執行日のところで目を留めた。一年前の、今日。・・・・つまり今日は美柳ちなみの一周忌、ということになる。 (・・・・まさか・・・・成歩堂・・・・。) いや、アイツなら有り得る。憎むべき私を救うことなど考えたアイツ、なら。ブツブツと愚痴をこぼしていた真宵がひょいっと首を伸ばして御剣の手元を覗き込んだ。 「何ですか、それ?」 「い、いや・・・・なんでもない。」 すばやく隠そうとしたが真宵の方が一瞬早かった。 「み、美柳ちなみ?誰ですか・・・・それ?」 「・・・・君には関係のないことだ。私は行かなくてはならないところが、ある。昼食はこれで食べたまえ。」 そういうと御剣は財布から札を数枚抜くと机の上においた。 唯、純粋に成歩堂を信じている彼女に成歩堂の辛い過去を教える必要は、ない。そう思ったから。 「関係ないこと、ない!」 真宵は御剣が今まで聞いたこともないような声を出した。 「なるほどくんは・・・・いつも、いつも・・・・。そうやってあたしをおいていくんだ!」 そのときの彼女の表情。 「君は―――。」 間違っていたことに気付く。 そうやって、誤魔化すことが一番彼女を傷つけているということに。・・・・彼女もいつまでも子供ではないのだから。 (すまない、成歩堂。) 例え、彼女の中で君の理想が崩れても・・・・これ以上の嘘は、もう。 線香の香りが鼻をくすぐる。思わずくしゃみをして成歩堂は苦笑した。 「まるで、あの頃みたいだね。・・・・ちいちゃん。」 彼女の墓の前でそっと呟く。 (クズがっ!) あの日の衝撃は今でも忘れられない。・・・・でも、今考えると当然のこと、だったんだ。ぼくは彼女を救うことが出来なかった。彼女を闇の中に残したまま、ぼくは逃げたんだ。それどころか、あやめさんまでをも傷つけた。彼女には決して応えることの出来ない、自分を満足させるだけの感情を彼女にぶつけていた。 (大ッキライだった。) そんなふうに詰られるのは、当然だったんだよね。ちいちゃん。 最初から君の心がぼくに向いていないことなんて、分かっていた。君の最期も、わかっていたはず、なのに・・・・。でも、ぼくには止められなかったんだ。君を振り向かせられれば、止められたかもしれないのに。 「・・・・でも、あれはあやめさん。・・・・だったのか。」 手に入るわけのない、愛。知っていたのならばぼくはそこまでして何を手に入れたかったのだろう。周りを傷つけてまで、手に入れたかったのは・・・・きっと・・・・。 「どうして、なるほどくん・・・・。」 真宵が御剣の傍で小さく呟いた。御剣と真宵は成歩堂が線香をあげている丁度後ろの墓に隠れている。 「どうして・・・・お墓参り、なんて。」 真宵の表情は先ほどからパッとしない。やはり彼女には少し早かったか・・・・。 (いや、それは違うな。) 彼女を見て胸が痛むのは同情しているからではなく、同じ心を持ったことがあるから。きっと今、私の顔を鏡に映していたら、同じような顔をしているのだろう。御剣は成歩堂の背中を見つめた。 ちなみさん・・・・。確かに彼は愚かだ。ひどい目に合わされた相手の墓に線香をあげる。始めから殺すつもりだった貴女からしてみれば邪魔で仕方のない男、だっただろう。 ―――しかし、貴女の全てを知った今。それでも尚、貴女の冥福を祈る彼の姿を見て、それでも貴女はそれを愚かだと笑えるだろうか。 (ちいちゃんはぼくが殺したようなものなんだ。) 関係ない、そんなことまで背負って生きてしまうような所が、彼らしい所で。 「・・・・馬鹿だよ、なるほどくん。」 確かに、馬鹿。・・・・だが。 「真宵くん。確かに周りから見ればもどかしいこともあるだろう。」 事実、私もそう思っていた頃があった。その優しさを時には嫌がり、後にはその優しさ故に傷つく君をもどかしく思った。その優しさを君が手放せれば、と思ったこともあった。・・・・でも、君はそれを放そうとはしなかった。 きっと、それでいいのだ。 「でも、真宵くん。君はそんな彼が好きなのだろう?」 その優しさが、私の知っている弁護士・成歩堂龍一なのだから。だから私は確かに馬鹿な君を笑うことが出来ない。悲しく見つめることは、出来ても。 真宵はクスリと笑った。 「そう、ですね。なるほどくんは・・・・だからなるほどくんなんだ。」 そう。だから、君なのだ。 ちなみさん、残念だ。 あと少し彼と付き合っていたら・・・・あやめさんのように貴女の心も溶かされたのかもしれない。彼のよさを知らないまま死んだのならば、不幸だった。 知っていたのならば、なおさら。 おもむろに成歩堂が振り返った時、その目を見て少し涙が出そうになったのは、その時吹いた北風で目にゴミが入ったのだろう。 「御剣・・・・真宵ちゃん?」 思わぬ二人の登場にしばし呆然とする。その時成歩堂はあることに気付いた。 「御剣・・・・泣いてる?」 御剣は怒ったように目をこすった。 「線香の煙が目にしみたのだろう。それより君は人の約束をすっぽかして」 「そーだよ、なるほどくん!」 真宵が怒ったように頬を膨らませる。 「みそラーメンはどうしたの?」 「あ。」 「あ。・・・・じゃないよ!罰としてみつるぎ検事の分も奢るんだよ!」 「え、ええええ!?」 「うム。高級なところを知っているがそこでどうだろうか?」 「い・・・・異議あり!」 成歩堂は叫びながら思った。 ねえ、ちいちゃん。優しさとか愛情ってカタチがないから少し分かりにくいかもしれないね。きっと、君は分からなかった。だから隣に居てくれなかったんだと思う。けど、ぼくは今隣にいてくれる人をたくさん知っている。 「なるほどくん、早く!」 彼らが隣にいて、ぼくの優しさを感じてくれるなら・・・・それだけで。それだけで、今のぼくには幸せなんだ。 決して届かなかったあの頃に比べれば・・・・ずっと。 |
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