そういうものでできている |
作者:
楠木柚子
URL: http://kijyou.rakurakuhp.net/
2009年02月05日(木) 11時36分32秒公開
ID:H0nY9/Z7eZo
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「みつるぎ検事!」 御剣の優雅な午後のティータイムの静寂を破ったのは綾里家の二人だった。相当慌てた様子の二人を御剣は見つめる。 「・・・・どうしたのだ?」 それよりどうやって自分の執務室までやって来たのか、という質問は飲み込む。おそらく、糸鋸刑事だろう。 「な、なるほどくんが入院して・・・・。」 息も絶え絶えな真宵。 「・・・・入院?それはこの間もしていたではないか。」 息が切れて話せない真宵にかわって春美が続けた。 「ち、違うのです。また、入院したのです。スペシャルコースのせいで・・・・。」 「す、スペシャル?そ、そうか・・・・。報告ありがとう。」 スペシャルコースがなんのことか分からなかったが、とりあえず御剣は礼を言った。 「あ、あれ?」 真宵が不思議そうな顔をする。 「それだけ、ですか?」 「・・・・他に何を?」 「お見舞い、とか。」 (・・・・。) 御剣は小さくため息をつくと目の前の資料を引き寄せた。 「すまないが、明日裁判を控えているので準備が忙しいのだ。」 「そ・・・・そうですか。」 春美が残念そうな顔をする。 「あ、いや・・・・。」 御剣は慌てた。どうもこの少女の残念そうな顔には弱い。 「じゃあ・・・・。」 春美は期待に満ちた目で御剣を見つめた。 「これから私たちはなるほどくんのお見舞いに参りますので、みつるぎ検事さん鶴を折っては頂けないでしょうか。私、折り紙を買って参りましたので・・・・。」 「つ、つる・・・・。」 折り紙は苦手だ。 「駄目・・・・ですか?」 春美がすがる様に見つめてくる。この少女のこういう表情にもどうも弱い。 「う・・・・よかろう。」 「ありがとうございます!」 (・・・・断れなかった。) 真宵くんに任せて私は折るふりだけでも・・・・。御剣がそう思ったとき真宵はポンと手を叩いた。 「あ、じゃあ・・・・あたし花買ってきますね。」 「え。」 「二人で鶴、折っていてください!」 「あ・・・・ちょっと・・・・。」 真宵はドアを開けて出て行ってしまった。 (ああ・・・・頼みの綱が・・・・。) 「では、みつるぎ検事さん折りましょう!私は上手に折れないのです。」 後に残されたのは鶴の折れない二十六歳と九歳だった。 「み、みつるぎ検事さん・・・・。これは・・・・。」 「う・・・・うム。」 数十分後、二人の前にあったのは到底鶴とは思えない不恰好なシロモノだった。春美は残念そうな顔をしてため息をついた。 「後で真宵さまに折っていただきます。」 その春美の表情で罪悪感が芽生える。 「・・・・役に立てなくて申し訳ない。」 「いえ、でも・・・・少し安心しました。」 「?」 春美は笑顔で御剣を見上げた。 「みつるぎ検事さんにも・・・・出来ないことがあるのですね。」 春美の真意をはかりかねて御剣は首をかしげた。 「誰にでも出来ないことは、ある。」 このあたり自分は変わった、と思う。かつては完璧でない自分が許せなくて―――そんな事ありえないのに。本当は自分が弱い人間だと思い知らされたあの時、そんなギャップに耐え切れなくなり検事・御剣怜侍は死を選んだ。 春美は少し悲しげに笑った。 「私出来ないことがたくさんあります。・・・・それは私が幼いせいだと思っていました。大人になれば・・・・何でも出来るのだと。」 大人になれば・・・・何でも出来るのだと。まだ弁護士を目指していたあの頃・・・・私もそう思っていた頃があった。でも・・・・。 「出来ないことが当たり前なのだ。」 「それでも。」 春美は目を伏せ手を握りしめた。 「私はそんな自分が・・・・悔しくて・・・・たまらないのです。なるほどくんや真宵さまのお役に立てない・・・・そんな自分が許せないのです。」 「春美くん・・・・君は十分役に立って・・・・。」 「でも!私はお母様の手紙の意味が分かりませんでした!真宵さまが誘拐された時も・・・・唯、黙って見ていることしかできませんでした・・・・!」 父の死に何もできなかったあの頃。自分が歯痒くて仕方がなかった。 「君は今日、折り紙を買ってきてくれた。」 「・・・・?」 「例えば今日。真宵くんは花を買いに行き、成歩堂はその金を払うことになるだろう。私は下手糞な鶴を折り、春美くんは折り紙を買ってきた。・・・・それで十分ではないか。」 御剣の口元が自然と緩む。これはきっとかつての自分に語りかける言葉。語りかけて欲しかった言葉。 「大人になった所で全てが出来るようになるわけではない。完璧でないから・・・・人は支えあうのだ。春美くんの足りない所を私が補う。私の足りない所を春美くんが補う。・・・・それで、いいと思うのだ。」 春美は目を上げた。 「私・・・・もっと人の役に立ちたいのです。・・・・特に・・・・。」 「?」 「・・・・いえ、何でもありません。きっとみつるぎ検事さんの言うとおり、なのですね。」 御剣は春美の手をそっと開くと中から潰れた鶴を取り出し、形を整えてそっと春美の掌に乗せた。すると、春美は花の咲いたような笑顔を取り戻した。 「花買ってきました!鶴、折れましたか?」 その時、真宵がドアを開けて駆け込んできた。手には大きな百合の花。真宵は机の上の鶴を見るとため息をついた。 「んー。まあ、いいか。なるほどくんだし。」 「それより、真宵くん・・・・。百合の花は病人には縁起が悪いのだが。」 「え?」 「枯れる時、首が落ちるからな。」 「・・・・。」 真宵はしばらく黙っていたが、やがて何かを諦めたように笑った。 「ま、いいか。なるほどくんだし。」 (いいのか。) 「じゃ、はみちゃん。行こうか?」 春美を連れて出て行こうとする真宵を御剣は呼び止めた。 「あ・・・・待った!」 「?・・・・なんですか?」 「その・・・・。」 完璧でなくてもいい。もっと大切なものがある。・・・・支えてくれる友人。 「私もやはり・・・・行こうと思う。」 世の中はそういうものでできている。 |
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