復讐 |
作者:
楠木柚子
URL: http://kijyou.rakurakuhp.net/
2009年02月03日(火) 13時59分31秒公開
ID:H0nY9/Z7eZo
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「成歩堂!貴様どういうつもりだ!?」 ―――そのとき僕には何も残っていなかった。 「捏造だとッ!?何をいっているんだ?悪い冗談だろう!?」 ―――当たり前だ。僕自身が説明しなかったのだから。 「貴様が・・・・弁護士を辞めたら・・・・。」 イトノコさんも、春美ちゃんも、千尋さんも、矢張も、真宵ちゃんでさえ僕の元から去っていった。 「私も検事をやっている意味など・・・・ない。」 ―――唯一人・・・・御剣怜侍を除いては。 「・・・・悪い、御剣。今は何も話す気になれないんだ。」 ―――否定は、できなかった。実際、得体の知れない証拠品を法廷に持ち込んだのは僕なのだから。 言い訳は、唯・・・・見苦しいだけ。 「ねぇ、嘘でしょ!?嘘だって言ってよ・・・・なるほどくん!」 「なるほどくんはそんなことをなさる方ではありません!」 「アンタは立派な弁護士ッス!この糸鋸圭介、断言するッス!」 あの時のみんなの声がまだ・・・・耳にこびりついて離れない。 それでも成歩堂が否定できないことを知ると一人、また一人と成歩堂の元を離れていった。 ―――唯一人・・・・御剣怜侍を除いては。 御剣だけは・・・・一人にして欲しいと言ったときに初めて僕の傍を離れた。 つまり、僕が一人にして欲しいと言うまで僕の傍にいてくれた、ということだ。 (ありがとう。) その言葉さえ・・・・言えずに、あの時の僕は、御剣を突き放した。 あの時いえなかった言葉―――。 今なら・・・・。今なら、言えるだろうか――― 成歩堂は受話器をとり、御剣への短縮番号を押した。 すべてを聞き終えると、御剣は小さくため息をついた。 「そういう・・・・こと、だったのか。」 そう言って振り返り、冬の寒々しいひょうたん湖を見つめる。成歩堂は柵に体重をあずけてひょうたん湖に目を落とした。 「悪いな、わざわざ呼び出しちゃって。」 「いや、君の口から話が聞けたことに感謝しているよ。それに・・・・。」 御剣は成歩堂の背に自分の背を合わせた。 「それは、君の過失ではない。今からでもまだ、私が手配すれば君は復職できるだろう。それでも・・・。」 二人の足元を枯葉が舞った。御剣は成歩堂の背の上で自嘲気味に笑った。 「それでも君は、それを望まないのだろうな。」 成歩堂は舞い降りてきた落ち葉を空中で掴み取った。 「気にしないでくれ。得体の知れない証拠品に手を出すなんて・・・・きっと僕にも驕りがあったんだ。法廷に持ち込んだのは僕に責任がある。それに・・・・。」 成歩堂は枯葉をちぎってひょうたん湖に落とした。破片は風に飛ばされて水面に揺らぐ。成歩堂の目つきが急に鋭くなった。背中合わせになっていた御剣にもその変化は分かる。 「僕にも、考えがある。」 御剣には数年前の法廷が痛いほど思い出された。綾里舞子が殺害された、あの事件。 あの時、成歩堂龍一は、美柳ちなみに対して―――死して尚、屈辱を与えることに成功した。 あの時、御剣は、成歩堂は唯の弁護士ではなく天下の逆転弁護士であり、復讐の弁護士なのだと思い知ったのだった。 その時の彼の目つきは御剣が知っている彼のそれとは全く違うものだった。 ―――時に、不安になる。 時折、自分の知らない成歩堂龍一が顔を出すこと。 そして、今。 彼は御剣の知らない目をしている。 (それでも君は私が事件に巻き込まれたとき―――) 「あの時、君は私を救ってくれた。それなのに・・・・君の危機に私は何もできなかった。」 御剣の目にやるせなさが浮かぶ。 ―――報せを聞いた頃には、時既に遅かりし。 司法に携わっているとはいえ唯の検事に過ぎなかった御剣には何もできなかった。 「仕方ないさ。お前は・・・・あの時、海外に行っていたんだし。」 御剣はその言葉を聞くと小さく首を振った。 「それでも、私は・・・・あの時、君を一人にした自分が・・・・許せないのだ。君を救うことのできない自分が・・・情けなくてたまらないのだ。」 それは、自分に語りかける言葉でもあった。 成歩堂はそこまでして自分を追い詰めてしまう御剣を笑えなくなる。 「言っただろう?僕にも考えがある。」 その言葉に、御剣は成歩堂から背を離し振り向いた。 「だから君は・・・・今でもあの事件のことを調べている・・・・。そういう事か?」 成歩堂もひょうたん湖に背を向けて御剣の方へ向き直った。 「ああ。」 御剣は目を伏せ、成歩堂は空を仰いだ。 ―――辛かったり、苦しかったり・・・・そんな言い訳で言えなかった、その言葉を、今――― 「ありがとう。御剣。」 御剣は驚いたように目を上げた。 「あの時、御剣が無条件で信じてくれたこと・・・・すごく、救われた。」 (違う) 心の底では分かっていた。 私は彼を救うことなど、できていない。―――今も尚。 それは紛れもない真実であり、言い訳や慰めなどは意味を成さない。 「・・・・礼には、及ばない。」 苦しそうな、そんな御剣の顔を見て成歩堂は思った。 きっとこいつは――― 僕を疑ったことなどないのだろう、と。 同じ司法に携わる人間として、否応なしにそういうことが起こってしまうことを一番理解してくれた。 「もし・・・・私が力になれることがあったら・・・・遠慮無く言ってはくれまいか。」 御剣は成歩堂の額に自分の額をコツンとぶつけると言った。 「その時は、必ず。」 目には決意の光。 「必ず君の力になるから。」 あの時、救えなかった君を―――救いたい。今度はきっと。 (真宵くんも、矢張も、イトノコギリ刑事も、春美くんも、君を見捨ててはいない。唯、君を一人にしておくことが正しい選択だと思っただけだ。君が望めば・・・・皆、帰ってくるだろう。) ―――それでも・・・・。 (それでも君はそれを望まないのだろうな。) そういって御剣は苦笑した。 ―――そう。それでも僕はそれを望まない。 僕にはまだ―――やらなくてはいけないことがある。 協力してくれた、御剣のためにも。一人にしてくれた、皆のためにも。 (裁判員制度のモデルケースか。) 成功させる。 (この裁判に君が選んだ事件。君が全てを手配したのならば・・・・当然、この先に待っているのはきっと―――) ―――牙琉霧人。法では罰せない、あの男。 (いよいよ・・・・始まるのだな。君の・・・・復讐が。) そう、僕の復讐が―――。 |
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