いつかまた君に会えたら |
作者:
楠木柚子
URL: http://kijyou.rakurakuhp.net/
2009年02月03日(火) 13時58分02秒公開
ID:H0nY9/Z7eZo
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「ありがとうございます!御剣検事さん!」 目の前では茜がニコニコしている。 (皮肉、だな。) 検事でありながら、人に感謝されるなど―――。検事でありながら、人を救うなど―――。 (成歩堂・・・・。) 君はいつも、こんな笑顔を見ているというのか? 私が惨めに負け、敗北の味を噛み締めている間・・・・。 君はいつも―――。 だとしたら、弁護士も悪くはない・・・・そんなことを思い、御剣は自嘲気味に笑う。 その時、急に茜が尋ねた。 「御剣検事さんはどうして検事さんになったんですか?」 (え?) 考えてしまう・・・・悩んでしまう・・・・。 迷うことなく、答えることなど―――できない。 元より、弁護士になりたかった身。 少年時代に事件に巻き込まれ―――被告人を恨み、検事を目指した。 今、あの事件は成歩堂の手により解決された。 それでも、私が検事であり続ける・・・・その意義は・・・・どこに存在するのだろうか。 そもそも存在すらしないのかもしれない。 人に憎まれ、恨まれてまでも手に入れたかった有罪判決。しかし、そこから何か、生み出されたのだろうか? 「もう、忘れてしまったな。」 本当は―――忘れてしまったのではなく、見出すことすらできないのだと。 認めるのが怖くて、御剣は小さく唇を噛んだ。 「で、なんで僕のところにくるんだよ、御剣。」 成歩堂は少し眉をしかめたが、本当に迷惑だと思っていないことくらい御剣にも分かった。 「いや、君がなぜ弁護士になったのか聞いておこうと思ってな。」 聞くならコイツしかいない、と思った。 私を、十五年間の暗い闇から救い出してくれたコイツなら、迷うことなく自分の答えを持っているのだろう、と信じていた。 だが、意外にも成歩堂は少し驚いたような顔をすると、困ったように眉をしかめた。 「え。・・・・忘れちゃったな。」 その時、御剣は思った。 成歩堂もまた、忘れてしまったのではなく、見出すことすら出来ないのだと。 「学級裁判がきっかけって言っちゃあそうだけど・・・・。そうか、あの時御剣に助けてもらったからだよ!・・・ん?」 成歩堂は御剣の視線に気づいた。御剣の鋭い視線に負けて成歩堂は肩をすくめる。 「弁護士ってさ・・・・いつも他人のため、が優先しないか?」 「?」 分からない、といった顔の御剣に成歩堂は続けた。 「いつも、いつでも、依頼人のため、幸せのため、無罪判決のため―――。命をかけて弁護しても、こちらが真の喜びを共有しているか、というと・・・・実際のところそうでもない。・・・・まあ、それが僕の選んだ道だし、それで僕が救われたこともあるんだから後悔はしていないし、今じゃ転職だと思ってるんだけどね、自分では。」 (だから、千尋さん。僕はいつもあなたの影を追って―――。) 「なーんだ。なるほどくん、お金のためだったの?」 「真宵ちゃん!?」 御剣の後ろのドアが開いて、成歩堂の助手の綾里真宵が入ってきた。 「いつ帰ってきてたの?」 「さっきだよ。勝ったんでしょ?あ、御剣検事もいたんだ。」 「う、うム。」 真宵はスーパーのビニール袋を机の上に置くと言った。 「でもなるほどくん、お金のために弁護士やってるんじゃないと思うよ。」 「え?どうして?」 真宵が来て急に明るくなった空間に成歩堂の声が響く。 「だってさ、貧乏じゃん。なるほどくん。」 「さらっときつい事言うなあ・・・・。」 「だけどさ、ってことは弁護士好きなんだよ、なるほどくん。」 「え、好き・・・・なのかなあ?」 「なるほどくん、弁護士に向いてるもん。」 明るく言う真宵を見て成歩堂は目を伏せた。 「ちゃんとした弁護もできずに・・・・ハッタリだけでピンチを切り抜けて・・・・。それでも・・・・それでも僕に・・・・弁護士の資格なんて・・・・。」 「もう!なるほどくん!」 真宵が急に怒鳴ったので、成歩堂は驚いて顔を上げた。 「どうして、そんな顔するかなあ!なるほどくんのやり方であたしも御剣検事も救われたんだよ!そんな自信のないなるほどくん、弁護士じゃない。あたしの知ってるなるほどくんは紛れもない弁護士なんだから!」 ね?と同意を求められて慌てて頷く御剣。 「それに、なるほどくん人を信じるの好きでしょ?」 「まあ、疑うよりは・・・・ね。」 「それだけでももう、何人もの人が救われているんだよ!」 (違う) 御剣は心の中にしこりを感じた。 そんなキレイごとで―――・・・・。 そんな美しさで覆った言葉で―――・・・・。 終わることではないのだ。 ―――時々自分は思う・・・・終わらせればいいではないか、と。 人は誰だって醜いものより奇麗なものの方が好きなはずだ。 ならば、いいではないか。 ・・・・たとえ覆われた美しさであっても・・・・それが偽りの美しさであっても・・・・。 傷つかずに済むのであれば。 それでも私は――― 「では・・・・。」 急に口を開いた御剣に驚いたようにふり返る二人。 「真宵くんは、何故・・・・倉院流霊媒道の家元になろうとしたのだろうか。」 ―――いつもその美しさを疑ってその奥の余計なものを見てしまう。 唯、信じて生きることができないのだ。 「え?」 真宵は驚いたように口に手を当てた。 「あたしの場合は・・・・もう、生まれたときから決まっていたようなものですから。でも、あたし・・・・家元、キライじゃないです。お姉ちゃん、なるほどくん、御剣検事、イトノコさん、やっぱりさん・・・・。みんな私の傍にいてくれて・・・・あたしは幸せなんです。」 「矢張は関係ない、と思うのだが。」 「あ、今お茶入れてきますね。」 「あ・・・・。」 真宵は慌てたようにキッチンのほうへ行ってしまった。 御剣はふり返る。 「はぐらかされたような気がするのだが・・・・。」 「そうか?」 とぼけている成歩堂に御剣は悲しく笑ってみせた。 「君はまだ、救われる。」 「?」 「その意味を見出せなくとも、きちんと役割を果たしているではないか。無罪を勝ち取り、依頼人に感謝され・・・。それに比べて・・・・比べて私は・・・・。」 「御剣?」 「私は・・・・。」 報われることのない、有罪判決を望んだ。 望むだけで勝ち取ることもできずに。 強さを求めて、完璧であることを求めて―――その結果がこのザマ、だ。 それでも検事であることにしがみつく、私のなんと無様なことか。 「・・・・それに・・・・君は一人では、ない。君は真宵くんのような子に出会えて幸せ者だ。彼女を・・・・大切にするんだぞ。幸せにしてやれ。」 「御剣お前だって」 「成歩堂。」 成歩堂の言いたいことは分かるが御剣は成歩堂の言葉を遮った。 「だが、そんな美しさだけで覆われた言葉に騙されるほど、私はお人よしではない。」 信じてしまえば、楽なのは分かっている。 「一人じゃない。と言われる事と、一人じゃない。と思えることは違うだろう?・・・・私は・・・・まだ。」 ここに至って、一人じゃないと思えない。 いつの間にか、それが当たり前のように、すら。 「じゃあ、何だよッ!」 成歩堂が突然怒鳴ったので御剣は驚いて思わず体を振るわせた。 「お前が生きてきた二十四年の人生・・・・。真宵ちゃんも、イトノコ刑事も、矢張も!・・・・何より僕でさえ・・・・!」 成歩堂は御剣の方を揺さぶった。その目には悔しさが滲んでいる。 「お前のそばにはいてやれなかったっていうのか!?いてやれなかったのかよッ!?」 「成歩堂・・・・。」 「なんか・・・・すっげー・・・・悔しい・・・・。」 呟く成歩堂の目を見て御剣は思った。 本当に―――本当に、私は一人だったのだろうか。 一人じゃないと、信じようとしなかっただけではないのか。 こんなに思ってくれる友人がずっと傍にいたというのに・・・・。望めばいつでも手に入ったのに・・・・。十五年間気付かないでいて。 「成歩堂・・・・。私は・・・・。」 何か言わなくてはならないような気がして御剣は口を開いた。 「失礼するッス!!」 その時、二人の後ろのドアが開いて見覚えのある緑色のコートが飛び込んできた。 「イ・・・・イトノコさん!?」 空気の読めない糸鋸もさすがに今回ばかりは空気を読んだらしい。バツの悪そうな顔をした。 「あ・・・・。お取り込み中だったッスか?すまねッス!帰るッス!!」 急いで入ろうとして先程のドアに指をはさむ糸鋸。 「・・・・痛いッス・・・・。」 半泣き状態の糸鋸に御剣はため息をついた。 「構わん。何の用だ・・・・イトノコギリ刑事。」 「・・・・!!調査書を持ってきたっす!」 と、しばらくあたりを見回していたが、やがて頭をかいた。 「ホイ、しまった。カバンを忘れてきたッス。」 「・・・・。」 顔を見合わせる成歩堂と御剣。御剣は糸鋸を見つめると聞いた。 「随分と一生懸命のようだが・・・・何故、君は刑事に?」 糸鋸ははっと気付いたように顔をあげた。 その目に迷いはなく―――。 「捜査が好きだからッス!悪人を捕まえるのが自分の仕事ッスから!」 (―――え。) はっとする―――。 気付いてしまう―――。 自分はこの刑事のように、笑いながら、迷うこともなく、そう言い切れる事を望んでいたことを。 御剣と成歩堂は顔を合わせると思わずニヤリと笑った。 私も成歩堂も見つけられなかったその答えを・・・・この刑事はいとも簡単にひきだしてしまった。 きっとこの刑事は、たくさんある可能性の中から刑事であることを選んだ。 それに比べて私は今まで本当に狭い世界の中にいた。 検事であることしか知らず、その定義を知ることもなく、その意味を知ろうともせずに。 唯、力を手に入れたくて、完璧な検事を演じることに必死になって見失っていた。 ―――その『答え』を。 私もこの男のように・・・・検事であることしか知らないから検事であるのではなく、たくさんある可能性の中から検事であることを選びたい。 何を迷うことがあろうか―――。 私は私の使命を、彼は彼の使命を、命を削っても果たすだけ。 私の使命は、ただただ悪を追い詰めること―――。 それだけ、だったはずなのに・・・・随分と回り道をしてしまったようだ。 「な、何二人とも笑ってるッスか?」 状況が飲み込めないといった様子の糸鋸に御剣は言った。 「刑事。急いで報告書を取りにいきたまえ。さもないと・・・・来月の給与査定楽しみにしておくことだ。」 「は・・・・了解ッスゥゥゥゥゥ!!」 ドタドタと走っていく糸鋸を見送ると御剣は成歩堂の方へ向き直った。 「成歩堂。私は一つ勘違いをしていたようだ。」 「?」 「少なくとも・・・・私は一人ではない。真宵くんが助けてくれた。イトノコギリ刑事が体を張ってくれた。・・・・そして、君が信じてくれた。」 「・・・・お前・・・・。」 「私は・・・・君のような友人に出会えて幸せ者だ。」 そしてゆっくり笑ってみせる。長い間忘れていたその感覚を噛みしめるように。 君に出会えなければ―――。 孤独さえも、幸福の時も、最初から一人では知ることもなく・・・・。 「ありがとう、成歩堂。」 「・・・・ありがとう、御剣。」 成歩堂は御剣の腕をぎゅっと掴んだ。 やっと戻ってきた友人を―――もう二度と放すまい、と。 今、手を離したら―――もう二度と巡り会えないような、かけがえのない友人。 しかし―――それでも私は。 今、ようやく開け始めたこの世界の中へ一歩踏み出すために―――。 その先に待っている『それ』を手に入れるために―――。 ―――分かっていた。今、この選択が必要なのだと。 「成歩堂。」 御剣は成歩堂の手を振り払うと言った。 「え?」 ・・・・今まで自分が信じてきたもの。 『それ』の変化を受け入れるため。 ―――私は、今・・・・。 そして、いつかまた君に会えたら・・・・笑顔で話すことができるように―――。 胸をはって検事であることを誇れるように―――、自分の検事としての存在理由を迷うことなく言えるように―――。 そのためならば、喜んで私は、今・・・・。 「検事・御剣怜侍は死を選ぶ。」 「は・・・・?みつる・・・・。」 呆けた様な成歩堂。 「今日はこれで帰らせてもらう。」 「あ・・・・ちょ・・・・。」 「あれ?御剣検事、お茶入りましたけど?」 キッチンから真宵がやってくる。 戸惑う二人を残して御剣は外へ出た。 もう冬も終わろうとしているのに、季節外れの雪がちらりほらりと舞い降りてくる。 御剣はその雪の中に成歩堂の顔を見て目を伏せた。 願わくば―――いつかまた君に会えたら・・・・また、かけがえのない友人でありたい。 そして、君に対するこの想いも残さず伝えられたら、良い。 そしてやり直せたら良い。 ライバルとしても―――。友人としても―――。 願わくば―――いつかまた君に会えたら。 (いや。) いつかまた君に会えますように。 |
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