〜家族〜 |
作者:
カオル
URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/
2010年11月09日(火) 23時47分42秒公開
ID:P4s2KG9zUIE
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その日、いつもより早くに部屋のドアにカギをかけ執務室を後にした。 「今日は、ずいぶん早く帰るのね」 同じ検事である狩魔冥に見咎められる。 「ちょと、所用があってな」 「最近、疲れているようだけど・・・大丈夫?」 兄弟弟子の眼はごまかせない。 最近、思うように眠れない日が続いている。 容疑者を護送中に地震に遭い、それが元で容疑者の逃走を許してしまった。 どうも、それがきっかけらしい。 眠れない日々が続く中、先日自分の不注意から軽い自損事故を起こしてしまった。 彼女が心配しているのは、そういう事情があるからだ。 「・・・大丈夫だ」 しかし、このままではいずれ職務にも支障をきたすだろう。 私は思い切って病院を訪ねた。 総合病院の中にある心療内科を訪れたのが数日前。 今日は精神科医のカウンセリングを受ける事なっていた。 診察時間が来るまで病院のソファーで待つ。 「御剣怜侍様。お入り下さい」 私は看護師に案内されて診察室に入った。 そこには何故かコーヒーメーカーがあり、その為にコーヒー独特の芳香が部屋全体を覆っている。 「アンタが御剣怜侍さんかい? オレは精神科医の“神乃木”ってんだ、よろしくな」 はて、どこかで似たような男を見た事があるような―――――。 「さっそくだがアンタ、最近眠れないんだって? いつからなんだい」 そう言いながら神乃木という精神科医は室内の照明を落とした。 医師の利用するデスクに置いてある暖色系の電気スタンドだけが室内に灯る。 今までの雰囲気から一変して、診察室が異空間へと変貌した。 私は眠れなくなったきっかけをつくったであろう出来事について医師に話した。 一通りの話しを聞き終えた精神科医は席を立ち、コーヒーメーカーへと向かう。 「すまねえな。オレはコレがないといられないタチでね」 そう云いながら白いマグカップにコーヒーを注ぐ。 「今のアンタに睡眠を促すクスリを処方するのはカンタンだ。 だが、アンタのソレはもっと本質的な部分に関わっている・・・どうだい? この際ソレを洗いざらい吐き出してみるっていうのは」 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・怖いか?」 「!!」 「オレは無理強いはしねえ。急場しのぎのクスリだけを貰って帰るもよし、オマエさんの好きにしなッ」 僅かな明かりだけが灯る診察室に、重い沈黙が流れる。 「私は・・・恐れてなどいない!」 のど元でクッと笑い、神乃木が口をひらく。 「それじゃ、まずアンタの子供の頃の話を聞かせてくれるかい?」 私の育った家庭は比較的、裕福だったように思う―――――。 家に遊びに来た友人たちが、家にある暖炉を見てとても驚いていたのを憶えている。 弁護士をしていた父はとても忙しい人だったが、一人息子である私にはいつも優しい存在だった。 「そんなアンタの幸せな子供時代が・・・」 精神科医は慎重に言葉を選ぶ。 「途切れちまった事件について・・・聞かせてもらえるかい?」 ・・・私の人生を大きく変えた“DL6号”事件。 この事件で私は、父を亡くし・・・心にトラウマを負った。 真実は後に成歩堂龍一によって明らかになったがそれでも尚、失ったものは計り知れない。 「なるほど、な」 すっかり冷めてしまったコーヒーを眺めながら神乃木は云う。 「自分の心の中の“傷”について話すのは勇気がいることだ」 冷めたコーヒーを室内にある流しに捨て、変わりに新しいコーヒーを入れなおす。 「・・・飲むかい?」 紙コップに入れられた温かいソレが私の喉を通る。 「ひとつ聞いてもいいか?」 神乃木が真剣な表情で見つめる。 「アンタ、重要な事を忘れちまっているが・・・それが何だか分かるかい?」 「?」 アンタの・・・母親だよ。 呆然とする私の前に神乃木が一枚の紙を取り出した。 「これは、アンタがここに初めてやって来た日に書いたものだ。憶えてるだろう?」 それは初めてこの病院を訪れた時に看護師と共に書いた血縁図だった。 自分を中心に親、兄弟、子供など・・・近親の家族関係を図にして書くものだ。 もっとも兄弟も無く子供もいない私の書く血縁図は、いたってシンプルなものだったが。 「父、御剣信(故人)。これはいいとして・・・母親、名前がないぜ」 その瞬間、私はまるで地震を感じた時のような・・・突然の眩暈に襲われた。 「オイ、大丈夫かい?」 神乃木は立ち上がり私の首筋に手を当てて脈を測り深呼吸させた後、何とか私を落ち着かせた。 「母親の名前は役所で戸籍でも見れば判る。問題は・・・アンタがそれを思い出せないっていうことだ」 母親の名前が・・・思い出せないッ! 「子供の頃のアンタには色々な事がありすぎたんだ。その辺の整理がつけば不眠も解決されるんじゃねえかな」 神乃木がマグカップの中のコーヒーを飲み干す。 「私はずっと・・・このままなのだろうか」 「・・・?・・・」 「母親の名前すら思い出せず、心と記憶に欠けた部分を抱えながらこれから先、生きていかなければならないのだろうか」 「・・・・・・・・・・・」 精神科医は手元にある先ほどの血縁図に再度、眼を通した。 「失ったものはもう取り戻すとこは出来ねえ。 しかし、似たようなモノで埋め合わせる事は出来るんだぜ。 アンタは家族を失った・・・だったら、今度はアンタが家族をつくればいいんじゃねえのかな?」 ここに書かれている近親者にある名前。 「ああ、それは血縁者ではない。だが私にとっては身内のような存在なので看護師に断りを入れた上で名前を記入しただけだ」 神乃木がニヤリと笑った。 「じゃあ、まずはここから初めてみたらいいんじゃねえか?」 「どういう意味だろうか?」 「今の時代、家族っていうのは何も血縁関係があるから家族っていうワケじゃねえんだぜ! ようは人と人との繋がりなんだよ。アンタはここに書いてある名前の人間を自分の身内のように思っているんだろう? 繋がっているじゃねえか、ちゃんと」 「・・・・・・・・・・・・」 「まずは、ここから大事にしていったらどうだい?」 私は次の診察の予約を確認し、病院の支払いを済ませると駐車場に向かった。 病院の外は陽が落ちて、もうすっかり暗くなっている。暗がりのなか、先日修理から戻って来たばかりの私の車に誰かが寄りかかっていた。 「・・・メイッ!」 名前を呼ばれた女が悲しそうな眼をして私を見る。 「どうして、ここに私がいるのが分かった?!」 「数日前、この総合病院であなたを見た人がいるのよ」 ―――――そういうことか。 「ところで君はいつから、そこにいたのだ?」 「・・・・・・・・・・」 その時、私の心の中にアノ精神科医の声が聞こえた。 「もう、こんな時間だ。私はこれから食事に行こうと思うのだが、君もどうかな? モチロン無理にとは言わんが・・・」 「べっ、別に・・かまわないけど」 車のキーを取り出しドアを開けメイが乗り込んだのを確認し慎重に発進させた。 夜の道を目的地に向かって走る車の窓に、街の灯りが美しく映る。 車内で押し黙るようにしていた彼女がようやく口を開いた。 「レイジ・・・私は父を亡くしてから自分の事を話せる人がいなくなってしまった。 だから、あなたに私の話しを聞いてほしいと思う時があるかもしれない。 そして私にも、あなた自身の話しをしてほしい」 私が自分の家族を持つ日が来るのかどうかは分からない。 しかし、周りの人間の繋がりを大切にすることが明日を生きる勇気をくれる。 「メイ。心配をかけたな・・・すまない」 女が目頭を押さえる。 (ここから、大事にしていったらどうだい―――――?) END |
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