二十歳の誕生日に・・・ |
作者:
カオル
URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/
2010年11月06日(土) 12時59分33秒公開
ID:P4s2KG9zUIE
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「・・・これで君も、大人の仲間入りだな」 「アメリカでは全ての面で成人扱いは、21歳からよ」 日本情緒にあふれた佇まいの個室に、美しく盛りつけられた旬の素材を目の前にして 今日、二十歳の誕生日を迎えた彼女の為に私は一席を用意した。 冥はアメリカ育ちだから、こういう所の方がいいのでは? と考えての選択だったのだが彼女は5分で正座に音をあげた。 「君はいつまで、日本にいられるのだ?」 「・・・アレバスト王国の事後処理が済めば・・・すぐに又、日本を起つ」 足を崩しながら、彼女はそう答えた。 ―――――失礼いたします。 静かにふすまが開き、着物を着た仲居が次の料理を運んできた。 「まあ、きれい!」 箸をつけるのがもったいない程の美しい細工がほどこされた季節の一品に、彼女は思わず感嘆の声をあげる。 「こういう所では季節感をとても大切にする。料理だけではない、器や部屋に飾る花や掛け軸にも相応の意味があるのだよ」 仲居が去ったあと、目の前の男に女が少し意地悪な質問をした。 「・・・じゃ、あなたはアレに何が書かれているのか解るのかしら?」 彼女のいうアレとは、部屋の床の間にある掛け軸に書かれている『書』のことらしい。 「これは小倉百人一首の中の一つだ。ちょうど今の季節を歌った“和歌”だ」 「フーン、どういう内容なの?」 「簡単にいえば“恋”の歌だ。女が恋しい男を想って眠れぬ夜を過ごす、そんな歌だ」 書かれている内容を解説しただけなのだが、今日二十歳を迎えた彼女は『別にそこまで聞いてないわよ!』と、 言ったきり食べることに集中しはじめた。 食事が終わって支払いをすませながら、私は彼女に尋ねる。 「どうする冥? このまま、まっすぐ帰るのならタクシーを呼んでもらうが」 「あなたは、どうするの?」 「そうだな・・・少し飲んでから帰ろうと思う」 「あら、一人で? わたしは今日、二十歳になったのよ!」 丁寧な見送りを受けて、老舗の重厚な門構えを後にする。 少し歩けば表通り・・・そこに私が利用している店があった。 黒服のバーテンダーがいるようなそんな店だ。 この手の店には二種類ある。 一人で飲む為の店。女性と一緒の時に利用するタイプの店。 後者は夜景が見えるホテルのラウンジといった所だが、私はあえて前者の店に冥を連れて行った。 表通りにある古いビルの地下にその店は存在した。 後ろをついて歩く女性は、まるで別次元に迷い込んだような面持ちで暗くて細い階段を下る。 ・・・カラン、カラン・・・。 「――――いらっしゃいませ」 店のドアを押しあけると、柔らかい照明に包まれたカウンターテーブルが目に飛び込んで来た。 私達は開いているカウンター席に並んで腰掛ける。 「何にする、冥?」 「あっ、そうねえ」 彼女は、初めて訪れる空間を見渡す。 こういう店が初めての彼女は何を頼んでいいのか分からない様子だった。 「あなたに・・お任せするわ」 私は黒服のバーテンダーに話しかけた。 「彼女は今日二十歳の誕生日を迎えたのだが、何か彼女に似合うカクテルをお願いできるだろうか?」 ――――かしこまりました。お客様は甘いタイプのお味とそうでないタイプのお味とどちらがお好みですか? 二言三言のやり取りのあとバーテンダーは女の髪の色と同じ淡い色の涼しげなカクテルをコースターの上に置いた。 出来あがったお酒に口をつけその味を確認している女の目に意外な光景が飛び込む。 「怜侍、タバコ吸うの・・・?」 「ああっ、すまない。君はタバコの煙が嫌いだったな」 私は火をつける前のソレを引っ込めた。 女は、いつもと違う人間をみているような・・・・・そんな錯覚に陥った。 「たまに・・こういう所で吸うだけだ」 私はそう言って氷の浮かんだウイスキーを飲み干した。 「普段、検事局内タバコを吸う姿を見たことがないから・・・てっきり、吸わない人だと思っていたわ・・・」 ―――――お客様。本日は面白い氷が手に入りましたが、いかがですか? 新しいお酒が私のコースターに乗せられる。 「・・・これは?」 見た所特に何の変哲もない、氷のように見える。 ――――こちらはアラスカでとれる天然の氷でございます。 この氷の中には・・氷が出来た数億年前の当時の大気が気胞となって閉じ込められていて、 氷が解ける瞬間に僅かながら音が聞こえるようになっております。 目の前のグラスを手に取り、私はソレに意識を集中した。 ・・・プチン・・・プチン。僅かだが確かに音が聞こえる。 これが数億年前の地球の大気の音。 「ロマンティックな話しだな・・・」 「わたしも聞きたいわ、同じモノをお願い出来るかしら?」 彼女も私と同じモノ手にして、耳を近づける。 「ああ、本当・・・聞こえるわ!」 私は何気に時計を見た。時計は、夜の10時を回っている。 「冥、すまない。この時間どうしても連絡を取らなければならない所がある、少し外す」 地下にある店では電波が通りづらい。いったん店を出て、携帯から電話をかけた。 数分後。用件が済み私は店内へと戻った。 彼女の前には先ほどのグラスに入っていたお酒の代わりに新たなカクテルのグラスが空になって置かれている。 「大丈夫なのか? そんなに飲んで」 私の心配は、その後カタチとなって現れた。 帰ろうと、椅子から立ち上がろうとした瞬間―――――。 ・・・ガタンッ! 「冥、大丈夫かッ?!」 彼女はイスから立とうとした瞬間、床に尻もちをつくカタチとなった。 周囲の客と従業員に心配される中、何とか立ち上がって歩き出す。 外に出る細い階段を上る足取りは、彼女が履いている細いピンヒールのショートブーツではおぼつかない・・・仕方なく私が肩を貸す。 ほんの数分間だったが、彼女から目を離した事を私は後悔した。 まさか、あれだけ飲むとは・・・! 大丈夫だと言い張る女性に遠慮することはないと言い聞かせタクシー乗り場へと向かうが、今日に限ってなぜか混んでいる。 かなり・・・待つことになりそうだ。 「歩けるか? 冥」 彼女はうなずいた。外の空気にあたって少しは元気が出たようだ。 フラつきながらも、私の腕につかまって何とか一人で歩く。 少し歩けば多分、流しのタクシーはつかまるだろう。 「冥。カクテルは口当たりはいいが、腰に来る。誰かとああいった所へ出かける時は気をつけるのだよ」 「・・・どうせなら、飲む前に教えてほしかったわね」 (男はこうして、女性を落とすものなのだよ――――。) 夜の街を歩きながら“妹”のような女性に“兄”として教訓を垂れる。 「君も二十歳を境に、酒の飲み方を学んだ・・と云うことだな」 END |
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