ポーカー プレイヤー
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2010年02月28日(日) 20時53分35秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
「ショー・ダウンだ」


お互いのカードを表に返す



相手の男は、悔しそうに奥歯をかみしめ
眼の前の男を睨みつけた

無精ひげをやはし、いたずらっぽい目をニット帽からのぞかせる男
「・・・残念だったね」


やおら相手の男は立ち上がり、無精ひげの男の胸ぐらをつかむ



―――やめたほうがいいよ



視線を部屋の出入り口に向ける
そこに、店の用心棒、兼・・従業員の姿が見える


相手の男は、あきらめたように手を離し
そのまま従業員の脇をすり抜け、部屋を出て行った


「・・・やれやれ」


テーブルの上のカードを片づけはじめる


先ほどの従業員が近づいて、告げる
もう一人、客が待っている、と―――





しばらくして、一人の男が地下室のその部屋に入って来た



薄暗い部屋でも、それと判る色合いの
クラッシックなデザインのスーツ




「・・・御剣・・・!」




彼は変わっていなかった、少なくとも外見は・・・




「久しぶり・・・だね」


相手の男は無言だった
とりあえず、イスに掛けることを勧める



テーブルをはさんで向かい合うカタチで腰掛ける


・・・重い沈黙が流れる・・・


その沈黙を破ったのは客の男だった


「君が弁護士の資格をはく奪されたと聞いた時、
すぐに駆けつけようとしたが・・・思いとどまった
君とは何度も連絡を取ろうとした・・・だが、連絡は取れなかった」

「話したくなかったんだよ、オマエとだけは・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」


少し、うつむき加減でニット帽の男が
慣れた手つきでカードを切る


「ポーカープレイヤーをしているというのは、本当だったのだな・・・」
相手と自分にそれぞれカードを一枚づつ配る

「いつ、日本に戻ってきたんだい?」
残りのカードを山にして中央に置く

「・・・昨日だ・・・」





ポーカーは相手の心理を読むゲームだ

相手の表情やしぐさからソレを読み取ると同時に
自分の表情やしぐさから読み取られることのないように
しなければならない・・・



ゲームに使用するチップを渡す



ポーカーは役を覚えれば、そんなに難しいゲームではない
大事なことは、いかに勝負に勝つか・・・という点だ
大きな役をつくることが、必ずしも勝ちに結び付くわけではない


成歩堂は自分に配られた5枚のカードを見る・・・


ハート A
クラブ10
クラブ 6
ダイヤ 6
ダイヤ 3


成歩堂の現在のカードの役は6のワンペア

それぞれ、一回目のベット(賭け)を行う
・・・まずは少額のチップを置き、相手の様子をうかがう


先ほどカードを配った男が声をかける
「君からチェンジしてくれ」


御剣は自分に配られた5枚のカードの中から
3枚を取り出し、伏せたまま捨て中央のカードの山から
捨てた分と同じ3枚のカードを手にした


成歩堂はカードを確認する瞬間の彼の表情に
全神経を集中する・・・


カードを3枚取りかえるということは・・・残り2枚で
ワンペアが成立している可能性が高い


うまくいけば、チェンジしたカードの中でツーペアかスリーカードの
役が出来る

しかし、新たにチェンジしたカードを見た瞬間、
御剣の眉間にシワが寄った



成歩堂は、この御剣の癖を見逃さなかった・・・!



ワンペア以上の役は出来ていない・・・そう考えた
おそらくワンペアの手の数字もそう強くはないだろう



今度は自分がチェンジをする番だ
本当なら6のワンペア分だけを残して
残り3枚を変えてもいい

でも、あえて3と10のカードだけを捨て
新たに2枚のカードを取る



ハート A
クラブ 6
ダイヤ 6
スペード J
スペード10


―――結局、6のワンペアであることには変わりがない
先ほどのクラブの10が手元にないのが残念だけど
そんな様子はおくびにも出さない

なぜ、ワンペア分だけを残して、3枚をチェンジしなかったか・・・
成歩堂は相手に対して、自分もワンペアの役であることを悟られたくなかった

相手も自分と同じ役であるなら、数字の数の高い方が勝ちである

自分の数字が高ければ、次のベットで強気に出るだろう・・・そうでなければ
勝負を降りる可能性がある



強い役をつくることが、勝ちにつながるわけではない―――



御剣が2度目のベットを行う
少なくとも勝負を降りない以上ワンペアは確実だろう


6のワンペア・・・決して強い手ではない
いや、むしろ弱い手だ、しかし同じワンペアであるなら・・・・


7以上のワンペアの可能性は
7,8,9,10,J,Q,K,Aの『8』

5以下のワンペアの可能性は
5,4,3,2の『4』


もちろん同じ6のワンペアであれば引き分けである。


負けの可能性・・・『8』
勝ち(もしくは引き分け)の可能性・・・『4+(1)』
可能性としては負けの方が高い・・・
しかし、御剣が一瞬見せた“癖”から判断して
成歩堂は勝ちの可能性に賭けた


・・・中央にチップを置く・・・


「ショー・ダウンだ」


お互いのカードを表にして、テーブルに置く


御剣のカードは


ダイヤ  K
ダイヤ 2
スペード9
クラブ 4
スペード4


・・・4のワンペア


成歩堂の6のワンペアの勝ちである。


テーブルの中央に置かれたチップがすべて成歩堂の方に移動する




・・・カードをかき集め、新たに切りなおす・・・

客の男が相手の男を見て、つぶやく


「・・・君は、君自身の特徴を
そのニット帽で隠してしまっているのだな・・・」

「!!」







・・・弁護士でなくなった日から
スーツではなくスウェットパーカー
特徴的な髪形と眉を隠すためのニット帽




・・・大切な人たちと離れ、以前の自分を捨てて・・・




そうやって、違う自分を生きてきた
そうしなければ・・・とても・・・いられなかった・・・



それぞれに5枚のカードを配る・・・


それを終えて、成歩堂はかぶっていたニット帽を脱ぎ
それを床に捨てた




(・・・・これで、満足かな?・・・御剣・・・・)




君はボクが自分の特徴をニット帽で隠し
表情を見せないように工夫することで
自分を有利にしようとしている、と
思っているようだけど・・・



ボクは昨日や今日に出来あがった
ポーカープレイヤーじゃないんだよ―――



まっすぐに見開かれたその大きな瞳からは
無敗のポーカープレイヤーの異名をとる男の自負が感じられた














・・・信じられなかった・・・


成歩堂龍一がねつ造された証拠品を提出して
弁護士の資格を失った、などということが


すぐにでも駆けつけようと思った・・・しかし、出来なかった
海外にいた、という事情もあったが




―――今さら私が行ったところで、何になる?




部外者である、私にはどうすることも出来ない
むしろ、私が駆けつけることで
彼に余計な負担をかけることになるのでは・・・




床に投げ捨てられたニット帽を目にして私は思考を現実に引き戻した


ニット帽を取った男は弁護士時代に見たそれと
変わりがなかった






まっすぐに真実を見抜くような・・・その大きな瞳・・・!






ゲームは淡々と進行していった


私も海外で暮らした経験があるので、ポーカーの嗜みはある
しかし、ここ数年ポーカープレイヤーとして生きてきた
成歩堂龍一の敵ではない

しかも、彼は“無敗”のポーカープレイヤーだそうだ

そんな、勝てる可能性の低い勝負をしにわざわざ、ここへやって来た







思っていた通り、次第に私のチップは数を減らしていき
残り僅かとなってきた・・・


彼は決して、大きな役をつくるわけではなかったが、僅かな差で
常に勝ちを手にしていく


無敗のポーカープレイヤーとは、こういうものなのだな・・・と、
妙に感心させられた



彼が、5枚の手札を配り終えた
私は自分に残されたチップの枚数を見た
・・・おそらく、これが最後の勝負になるだろう







私は配られたカードを見た










一瞬、呼吸が止まった
・・・心臓の鼓動が高まる・・・









極力・・・冷静を装う
それを悟られないようにつとめる











双方ともに最初のベット(賭け)を終え、カードチェンジに入る











・・・私は、カードのチェンジを拒否した・・・







「・・・よっぽど、いいカードがそろっているのかな?」
相手の男が、いたずらっぽい目をして尋ねる


私が無言でいると、彼は自分のカードから2枚を捨てて
新たに中央のカードの山から2枚のカードを取った


・・・再度のベット・・・


私は自分が持っている全てのチップを中央に置いた


・・・それを見て、彼は
私が置いた同じ数のチップを中央に置く




「ショー・ダウンだ・・・!」




カードを表にして、テーブルの上に置く


私のカードは・・・

ハート J
ハート10
ハート 9
ハート 8
ハート 7





―――ストレート・フラッシュだ―――




役としては一番強い『ロイヤル・フラッシュ』の次に強い役だ
これに勝つには、一番低い数字の7より上から始まる
ストレート・フラッシュしかない








私のカードを見た成歩堂の眼が大きく見開かれる








まるで信じられない・・・と、いうように・・・








私は中央に置かれているチップに手をかけた


「・・・御剣・・・ちょっと、待って」


彼は自分のカードを表にしてテーブルに置いた



「!!」



・・・私は成歩堂のカードを見て
すぐには現実のものとして受け入れることが
出来なかった




スペード J
スペード10
スペード 9
スペード 8
スペード 7








・・・・同じ数のストレート・フラッシュ・・・!











まさか・・・そんな馬鹿な・・・!!











「・・・スート(トランプのマーク)による
強弱は決めてなかったから・・・引き分けだね・・・」







本当に・・・これは偶然なのか?
確立的には非常に稀なはずだが・・・



・・・これが仕組まれた事なら・・・
これだけの事が出来る男とまともにプレイして
勝てるわけがない





・・・でも、もし・・・これが偶然であるならば・・・






・・・やはり、この男とは何かしら
深い縁(えにし)があるようだ・・・











「私は以前、君に助けられた・・・だから、今度は
私が君を助ける番だと思っていた
・・・しかし、今日君に会って君は私の助けなど
必要としていないのだ、ということがわかった

・・・君はなにも変わっていない、変わったように見せているだけだ」













・・・御剣・・・








ボクは弁護士の資格をはく奪された時
・・・オマエとだけは話をしたくなかった・・・







ボクの中にある“決心”が揺らいでしまうかもしれないから・・・ね






この“決心”の為にボクは
今までとは違う自分になる必要があったんだ・・・












ごめんよ・・・いつか












・・・その事について











君に話が出来る日が来るといいんだけど・・・・















・・・やがて









席を離れ・・・地下室の出口に向かう男が
振り向きざまに話しかける





「今度、君の事務所を訪ねてもいいだろうか?」

「ああ、娘を・・・“みぬき”を紹介するよ」






―――去っていく男の後ろ姿を目で追いながら
無敗のポーカープレイヤーは床に落としたニット帽を拾い上げ
あらためて深くかぶりなおした・・・







END


■作者からのメッセージ
一応、調べてみたのですが…ポーカーには色々なルールがあるんですねえ…。とりあえず“サシ”の勝負の場合、双方がそのやり方に納得していればそれで良し、という事にいたしました。追伸:少し文章を直しました。

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