【祈り】 【決心】
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2010年02月28日(日) 20時53分11秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
【祈り】

「星影先生・・・今日はわざわざ、ありがとうございます」

成歩堂が所属する弁護士会の建物の廊下
そこに現れた老弁護士に対して、成歩堂は頭を下げた


「・・・成歩堂クン・・・」


体格のよさは相変わらずだが、すでに現役を引退した弁護士、星影宇宙ノ介は
成歩堂が初めて会った時に比べて幾分、年老いた感じは拭えなかった

「・・・大変な事になったの」
「すいません、ご足労おかけしてしまって・・・」

ねつ造された証拠品を法廷に提出してしまった為に
本日、成歩堂が所属する弁護士会より審査会にかけられることになった

・・・この結果によっては、弁護士の登録取り消し
つまり事実上、弁護士の資格をはく奪される可能性がある・・・

成歩堂には、同じ弁護士の知り合いが少なかった
もともと、芸術学部出身であり
師匠である『綾里千尋』を早くに事件で亡くし
必要に迫られて独立した、という経緯もある

成歩堂にはこの窮地に、相談出来るような同業者がいなかった

そんな時ただ一人、連絡をくれたのが今は現役を引退している
元“星影法律事務所”の代表である『星影宇宙ノ介』だった

独特の咳払いをしながら、星影は云う
「ウオッホン・・・以前、ワシはチミに世話になった
これくらいの事はさせてもらわんとな・・・」


審査会が行われるまでの時間をソファーに座って待つ

「どうぢゃな、何とか筋道の通った釈明が出来そうかね?」
「ボクは、覚悟が出来ています・・・どんな処分があろうとも受け入れるつもりです」

「弁護士の資格を失う事になってもかね」
「・・・・・・・・・・・・」


成歩堂は自分達が座っているソファーが置かれた空間にある窓を見た
自分が置かれている状況とは違い、爽やかに晴れ渡っている・・・


老弁護士がポツリと呟く


「・・・千尋クンが、生きておったらの・・・」



弁護士として僅か数年・・・
ようやく若手実力派弁護士と云われるようにまでなって
安定してきたところに
師匠である千尋さんにも報いることが出来たと思った矢先・・・


「ボクが・・・油断していたんです・・・」


老弁護士が、息子ほどに年の違う同業者に向かって語りかける


「成歩堂クン、君も知っての通り
ワシはかつてある事で脅迫されていたことがあった
その事が公になっていたら弁護士の資格を失っていたぢゃろう・・・

今回のチミの件は他人事とは思えんのぢゃ

いいかね、この審査会でチミの弁護士としての運命が決まる
弁護士の資格を手放したくないのなら、なんとしても
自分には非がなかった事を主張するのぢゃ・・・

審査会のメンバーである彼らも同じ弁護士である以上
いつ、そのような危険が自分にも降りかかって来ないとも限らん・・・

チミは自ら不正を働くような男ではない
何か理由があってのことぢゃろう?

正直にそれを話すのぢゃ・・・そうすれば道は開かれる!

・・・正直にありのままを話すのぢゃ、それしかない・・・」



「星影先生」




・・・スミマセン・・・





ボクにはそれは出来そうにありません





あの小さな女の子を





この件に巻き込むことは、したくないんです・・・




『成歩堂弁護士ですか? 審査会が始まりますので、お願いします』



「・・・では、行ってきます」

成歩堂は最後まで力になろうとしてくれた老弁護士に対して
深く頭を下げ、その場を立ち去った


一人で困難に立ち向かう、若い弁護士の背中を
せつない気持ちで見送る事しか出来ない老弁護士は心の中で祈った




・・・千尋クン、チミの弟子を守ってやってくれ・・・!!




窓から見える澄み切った空が、やけに悲しく宇宙ノ介の目に映った










【決心】


成歩堂は一人事務所のデスクに座り、それを見ていた
覚悟していたことではあったが・・・
先ほど、内容証明という形でそれは届いた

「・・・・・・・・・」

デスクの引き出しを開け、自分の名前の入った名刺のストックを取り出し
すべてゴミ箱へ投げ捨てる


・・・弁護士記章は、審査会が行われた時からすでに手元にはない・・・


事務所の窓にプリントされた“成歩堂法律事務所”の文字を
やるせない気持ちで眺める・・・



RRRRRRR・・・・・・RRRRRR・・・・・



デスクの上の電話が鳴った



電話には出ない・・・留守電に切り替わる・・・



『・・・もしもし・・・』
どこかで、聞き覚えのある声だ


『成歩堂君・・・聞いていますか?』


「!!」
急いで受話器を取り、留守電の声の主に話しかける


「はい、こちら成歩堂法律事務所」
『・・・やはり、そちらにいましたか』

「・・・どちら様でしょうか?」
『牙琉法律事務所の牙琉霧人です』



・・・やはり・・・



『審査会の結果は届きましたか?』
「ええ、先ほど・・・」

以前から“ウワサ”には聞いていた
もっともクールな弁護をする男・・・そして


『私もかなり君を擁護する発言をしたのですが、他のメンバーの意見を
変えることは出来ませんでした・・・』


ボクを告発した、アノ若い検事の兄・・・


『私の力不足です・・・本当に申し訳ない』
「いいえ、今回の件は自分の不注意から起きたことですから・・・」

『私の弟がしたことなので、あなたに責任を感じているのです』


本当に・・・そうなのか・・・?





執拗に接触しようとするその様子に
ボクの中にあった何かが除々に確信へとかわる



『一度、直接お会い出来ませんか・・・』
「本当に・・・よろしいんですか?」

この機会を逃してはならない!・・・そんな気がした



そして“ボルハチ”というレストランで会う約束をして電話を切った


ふと、脇に目をやる、しばらく水をあげていなかった事に気づく
流しに置いてある水差しを探し、それで水をやる
今は亡きその人を想いながら、その緑の植物の根元を潤わせる



「千尋さん・・・ボクは間違っていませんよね?」






END
■作者からのメッセージ
弁護士、成歩堂龍一が好きです。
(弁護士としての彼は間違いなくカッコイイ!)
この話しを書いている時、結構もえました私・・・。

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