ビタースウィート“V”
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2010年02月28日(日) 20時52分47秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
「・・・アンタ本当にやるのか?」
「国選弁護人ですから、原則として断れません」

ここ星影法律事務所のオフィスで新人弁護士が
先輩弁護士と向かい合う

「だが、アンタの前に付けられた国選弁護人は、みな断ったそうじゃねえか」
「・・・・・・・」

先輩弁護士が手に持っている、コーヒーカップからは
ほろ苦い芳香が漂う

「・・・私、やってみようと思います・・・」

あの尾並田美散という死刑囚のまっすぐな目に
真実をみたような気がしたから・・・

「この件について“おジイちゃん”には了解を得たのかい?」

この法律事務所のエースと云われているこの先輩弁護士は
代表である星影宇宙ノ介のことを“おジイちゃん”と呼んではばからない

「いいえ、先生は今こちらにはいらっしゃらないので、まだ何も・・・」

先輩弁護士はコーヒーを片手に資料に目を通す
「・・・5年前に起こした誘拐殺人事件で、死刑が決まっている囚人が
移送中に脱走・・・以前、裁判で決定的な証言をした婦人警官を殺害・・・」
「本人は、否定しています!」

まだまだ、弁護士としては駆け出しの・・・まだ、一度も法廷に立ったことのない
この新人の女性弁護士に事務所のエースである先輩弁護士がキッパリと云い放つ

「アンタには荷が重すぎる・・・やめときな」

手にしているコーヒーに口をつける

「それに・・・この件は、おそらく金がかかる。国選は金にならねえ」
「!!」

“金”という言葉を耳にした新人弁護士が目の前の先輩を反感をもって見る

「いいかい、コネコちゃん。あらかじめ容疑者が犯行をみとめていて裁判がスムーズに
進むような一件であればオレはこんな事は云ったりしねえ・・・この尾並田の件は、まず
現地での調査が必要になる。婦人警官の遺体が車から発見されたが、検証の為に同じ
車種の車を探す必要があるかもしれねえ、裁判に必要な書類費用だっておそらく馬鹿に
ならないだろう。国選の弁護でこれだけのモノがすべて支払われるとは限らないぜ・・・
それともアンタ、持ち出しで引き受けるのかい?」

先輩弁護士の自らの経験から引き出される言葉に、女はただうつむいて聞き入る

「気持ちはわかるが、アンタもこの法律事務所の一員だ、勝手な行動は許されねえ
わかるだろう?」
「・・・・・・・・・」

そう締めくくって、マグカップの中のコーヒーをすべて飲み干す
空になったそれをデスクに置いて席を立つ





「待って下さい!!」





新人弁護士は意を決して切りだす

「なぜ、今まで尾並田さんに弁護人がつかなかったのか、その理由が良くわかりました
確かに私はこの法律事務所の一員です・・・私には経験がありません・・・
でも、あの尾並田さんが今回の事件の犯人とはどうしても思いないんです!
あの人と面会した時、そう感じました・・・私、どうしても尾並田さんの弁護を引き受けたいんです!
尾並田さんには頼れる家族もいません!
せめて弁護士が被告人である尾並田さんの心の支えになってあげなければ・・・
あの人には、だれも味方になってあげる人がいないんです・・・!」


「・・・・・・・・・・」
「お願いします。やらせて下さい!!」


しばしの沈黙の後、先輩弁護士がようやく口を開く

「・・・理想は誰にでも云える・・・オレは現実の話しをしなかったか?」
「そんなの、やってみなければ分からないじゃないですか!」


経験に裏打ちされた“男”と、理想に挑む“女”がお互いの姿を目に映す




「勝ってにしろ!」




そう言い残し、男はオフィスを後にした・・・












「千尋ちゃん、ちょっといいかな?」
定時がすぎて、何人かいる事務所の弁護士で
女性の先輩弁護士から声をかけられた


「残業?一緒にご飯どお?」


本当なら、引き受けてしまった尾並田美散の裁判の為の書類の準備などで、
外に食べに行くつもりなどなかったから断ろうとしたが、
なんとなく有無もいわさぬ雰囲気がその女性の先輩弁護士から感じられ、
千尋は一緒に外に食べに行くことにした。

オフィス街の飲食店はこの時間はまだそれほど混雑していない、
その女性の先輩弁護士が千尋を連れて行ったのはイタリアンレストランだった。
ランチの料金だと千円前後ですむが、
この時間になるとメニューが変わるので2、3千円は飛んでいきそうだ・・・
連れて行ってくれた女性がタバコを吸う為、喫煙席に案内してもらい、
二人して同じモノを頼み店員がその場を立ち去ってからすぐに
その女性弁護士は話しを切りだした。

「千尋ちゃん、神乃木クンと派手にやったそうじゃない?」
そう云いながら、タバコに火をつける


「逃走中の死刑囚の国選弁護、確かにだれもいい顔しないわね・・・」
口から白い煙がもれる
「神乃木先輩からは反対されました。でもどうしてもあきらめたくなかったんです」

女先輩弁護士はタバコを口から離し、フッと笑う
「千尋ちゃんのそういうところ、気に入っちゃったのかな・・・神乃木クン」
「はあ?」

「・・・結局反対されなかったでしょ、ウチのセンセイに尾並田美散の弁護・・・」
確かに、星影先生はさっきは不在だったけど今は事務所に出勤している

「どうしてだと思う?」
「どうしてって・・・」


問いかけた女がタバコを灰皿でもみ消す







「・・・神乃木クンが、星影先生にかけあってくれたのよ・・・」








「!!」







「あなたに、尾並田美散の弁護をやらせてやってくれって・・・」
「・・・・・・・・」


「それで、星影先生もしぶしぶOKしたわけ。ただし、神乃木クンがあなたのサポートに
つく、という条件でね・・・」
「・・・・・・・・・・」




その後まもなくして、頼んだパスタが運ばれてきた。ここのカルボナーラは生クリームを
使用しないで卵とチーズだけを使う本格的なものだ。ベーコンと黒胡椒の香りが素晴らし
い。が、千尋はほとんど上の空でそれを口に運んだ

食事が終わって支払いをしようとする千尋を制して、食事に誘った女がすべてを支払う




「ガンバッテね・・・」















序審法廷システムでは、裁判までの日程はすごく短い・・・二日後の裁判に向けて
その晩、遅くまで一人事務所に残って千尋は尾並田の裁判の準備をしていた




「・・・コネコちゃん、今日は残業かい?」



外出先から、遅くに戻ってきた神乃木が千尋に声をかける




確かに仕事で遅くまでいたが、本当は先輩を待っていた・・・



「いろいろ伺いました・・・今回の尾並田さんの件、ありがとうございました」
神乃木は着ていたコートを脱いで、イスに掛ける


「一度、引き受けた以上責任をもって最後までやってみな・・・何かわからない事があっ
たらいつでも云いな、相談にのるぜ」



「・・・あのう、先輩。コレ・・・」



千尋はデスクの引き出しから包みを取り出して差し出す




「なんだい、コレは?」




どうみても、それとわかるモノをあえてそんなふうに聞く。
女性の先輩弁護士と食事の後、急いでコレを用意したのだ







「義理・・・ってヤツかい?」







・・・意地悪・・・











困ったような・・・少し怒ったような・・・











そんな女の表情を男が余裕をもって、面白そうにながめる










尾並田美散の裁判は2月16日、今日はその二日前・・・










・・・前から一度、聞いてみたいと思っていた・・・











(・・・恋人・・・いるんですか?)








END








■作者からのメッセージ
この間、逆転裁判「3」をしていたら
尾並田の裁判が2月16日だったのを知り、
ついこんな話をつくってしまいました!
何故今バレンタインネタなのか?
深い意味はございません・・・。

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