〜家族・2〜
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2010年02月28日(日) 20時51分52秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
――― ビシッ ―――

閑静な夜の住宅街に、ムチの音が響きわたる

「・・・いつも云っているでしょ、帰宅が遅くなる時は連絡を入れるようにって!」

ドアを開け、玄関に入っていきなりの攻撃に男が釈明する
「ムッ、すまない・・・しかし急な仕事が入って・・・」

遅く帰ったうえに“夕食は済ませた”の一言に女の怒りが爆発する

「云い訳などいらないわ、どんなに忙しくてもその気になれば
メールの一本も打つことは出来るでしょ!おかげであなたの食事の分が
無駄になったわ」



「本当にすまない・・・冥」



数年前、いろいろ乗り越えなければならない事はあったが
私と冥は・・・とにかくこういう事になった
どういうきっかけでこうなったかは・・・今はよく思い出せない
そういう事は女性の方が記憶にとどめているものだろう



怒りを発散させて気がおさまったのか、彼女は踵を返し
キッチンへと消えて行った


「やれやれ・・・」


ふと見ると玄関から続いている廊下の壁に沿った部屋の
ドアが少し開いている。ドアの隙間からこちらを伺う
視線を感じる。やがて、そのドアは少しずつ開き部屋の中から
私に視線を向けた当人が走り寄って来た



「パパ、おかえりなさい」



満面の笑みを浮かべて、娘が走り寄って来た
出会った頃の母親に似て目が大きな利発な子だ


「・・・こんな遅い時間まで起きていたのか?」
そう云いながら娘の頭をなでる。年齢的にも一番父親になつく年頃だ



「ママ、最近少し機嫌が悪いの・・・」



検事としての仕事、家庭、子育て・・・女性が仕事をしながら
家庭と子育てを両立させるのは難しい
国は男性の育児参加や育児休業を促してはいるが
まだまだ社会全体がそれを受け入れるところまでは至っていない


当然、女性に負担が多くなってくる。私は彼女に仕事を休んではどうか?と
云ってみたが、一蹴された・・・



・・・ともかく、いつまでも小さな子が遅くまで起きているのはよくない
私は娘に早く休むように云って聞かせた
だが、娘はムズがって素直に云う事を聞かない
少し、“冥”の苦労を思い知る・・・
そこで、私は妥協策として彼女に絵本を読んであげることを提案した
彼女は小さな頭を少し傾けて思案したのち私のその提案を受け入れた

子供部屋にある、小さなベッドに幼い娘と二人横になり絵本を読む
私はかなり疲れていたが、なんとか最後まで読み切った
そんな私の髪を触りながら娘が云う

「パパの髪の色、とってもキレイ」
「フフ、そうか・・・」

「ママもキレイだけど・・・でもやっぱりパパの方がキレイ」
その小さな手に髪をすかれ、私は心地よさに目を閉じた













『キレイな髪ね・・・』

お互いの存在がわかる程度の暗さの空間で
“妹”のような存在から“恋人”に変わった
その女性が男の髪をすきながらつぶやく

『以前から・・・そう思っていたわ』
そう云いながら、男のこめかみに口づけを落とす


『フッ、私にとってこの髪の色はコンプレックスなのだがな』
男が遠い目をする

『この髪の色は私の“母親”に似たのだよ・・・』
『あなたのお母様に?』


女は今まで一度も、この男から母親の話しを
聞いたことがなかった


『あの、事件があって・・・私の人生は大きく変わったが
母の人生も大きく変わったのだよ・・・』


男は、それ以上は何も云わず目を閉じた・・・


女も、それ以上は聞かなかった。  いや、聞けなかった・・・













・・・どれくらい、たったのだろう
気が付くと私の隣で娘が規則正しい寝息を立てていた。
寝顔が本当に母親に似ている
昔、娘の母親からそうされた事があるように娘のこめかみにそっとキスをして
静かに電気を消して部屋を出た









キッチンに続いているリビングに入ると、冥が
テーブルに両肘をついて私を待っていた


「怜侍、話があるの・・・」
こういう云い方をしてくる時の女を、男は恐ろしく思う

「・・・なっ、なんだろうか」


まさか、日頃からあまり育児に参加しない
私にたいしての不満から離婚を切り出されるのではあるまいか?
狩魔のカンペキ主義のおかげて、育児を続けながら
仕事をこなす彼女には経済力がある・・・いつでも出ていけるだろう・・・

少し、動揺している私を見て彼女は静かに
立ち上がった。そして謎めいた微笑をたたえながら
近づき、私の手を取って自らの腹部に当てた




「来年には、家族がもう一人増えそうよ・・・怜侍」



しばらくその言葉の意味を理解出来なかった
男が、除々にその意味を理解する


「そっ、そうなのか・・・」
「今度、また女の子だったらどんな名前にするつもりなのかしら?」



男は未だに女に対しても、自分自身の事をあまり多くは話たがらない
女と出会う前の事や、何があって母親と疎遠になってしまったのか、など・・・


そのクセ、実は娘に付けた名前が彼の母親の名前から『子』という字を取っただけ
のものだということも――――
もっともそのことを知ったのは、出生届けを出した後のことだったけど・・・
その事を思い出し、女がチョットからかってやったのだ



女の問いに男が口の中で、もごもごと言葉にならない声を発する
そんな男を女が面白そうに眺めながら、語りかける














「・・・愛してるわ、怜侍・・・」














――― 次の日の朝 ―――




いつも通り決まった時間に玄関に立つ

「・・・では、行ってくる」











ピシッとクラッシックなデザインのスーツを
着こなす彼の姿は見慣れているはずの女の目から
見ても素敵に見える











こうして、毎日のように同じ時間を過ごしていても
彼にはまだわからない部分がある













でも・・・別にそれでもかまわない、と女は思う・・・













一緒に暮らしているからといって、全てを
知らなければならない、という事はない。
人はそれぞれ個々の時間を生きているのだから・・・













女と娘に見送られて、男はいつも通り家を後にした・・・











「・・・いってらっしゃい・・・」











END
■作者からのメッセージ
前作、〜家族〜 の私なりの続きを書いてみました。
個人的には娘と添い寝する御剣さんに結構、萌えを感じました(笑)
あくまでも、妄想なので・・・。 

■一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集