〜家族・3〜
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2010年02月28日(日) 20時50分40秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
倉院の里で家元の彼女と一緒に暮らすようになって
だいぶ経った頃、久しぶりに“彼”から連絡があった―――



内容は二人だけで会えないだろうか?というものだった
別にかまわないけど・・・そう返事をするとわざわざ
彼の方から訪ねて来るという


約束の日に彼は時間通りにやって来た
ボクのところに直接訪ねてくるのではなく
家の近くで、携帯から連絡をして来た
訪ねて来たことをよほど人に知られたくないのだろう

家から少し離れた所に彼の赤い車が止まっていた
「・・・久しぶりだね、御剣」
ああ、という曖昧な返事が返って来た
ボクは彼に車を止めても支障がない場所を案内し
そこに車を置いておくように話した
 少し歩いたところに綾里家の菩提寺であるお寺がある
ボクはそこに彼を連れて行った
 この付近には知り合いに会わずに話しが出来るような
気のきいた喫茶店などは存在しない
幸い、今日はお天気にも恵まれている


「ここには、千尋さんのお墓もあるんだよ」
寺の境内の裏にある墓所を見ながら
二人並んで石段に腰をおろした。
周囲に生い茂る木々の緑が風に吹かれ日差しを受けて輝いている
「・・・いいところだな・・・」
彼が初めて言葉を発した。ボクは彼の近況を尋ねた


―――彼は以前よりもずっと出世していた
二人いる子供のうち長女は今度、海外へ留学するそうだ
彼の人生はとても順調のように聞こえた
では一体彼は何を悩んでいるのだろうか?
そう、彼は何かに悩んでいる・・・


「・・・先日、母に会ったのだ・・・」


はるか遠くの方を見ながら彼が話しはじめた
・・・オマエの・・・お母さん・・・?
そう云えば、彼と再会してから彼の母親について
話しを聞いたことがなかった・・・
 記憶の糸をたぐる・・・ボクが小学生の時
何度か彼の家に遊びに行ったことがある
 その時、目にした彼の母親の印象は、とても上品な感じの
人だった―――


「あの事件があってから、しばらくして・・・母は
失踪してしまった」


・・・彼の心の闇を垣間見る・・・
「そんな母から先日、連絡があったのだ・・・」


再会は、病室のベッドの上だった
長い年月離れ離れになっていたが一目見て母だと判った
彼女は死の淵に瀕していて、余命幾ばくもない状態―――
彼女が生きているのは、もはや私に会う為だけだった


聞くところによると、母は偽名を使って修道女として
生きていたようだ・・・そして死の間際に
彼女の信仰するところの“懺悔”を望んでいるということだった
病室で二人きりになり、私は母の告白を聞くこととなった
私に話しをして安心したのだろう
母はその日のうちに息を引き取った・・・





彼は再び、口を閉ざした
長い沈黙・・・木々が揺れ、葉がこすれる音が聞こえる
野鳥の鳴く声までが耳に届く


「・・・成歩堂・・・」
彼がボクの名前を呼ぶ


「人は自分の話しを誰かに聞いてもらう事で
楽になる事が出来る・・・しかし、聞かされる方は聞くことで
負担に思うかもしれない」


並ぶようにここに腰掛けてから、彼が初めてこちらを向いた
「御剣・・・ボクは、自分の事を話したいと思った時は
オマエに聞いてもらいたいと思うよ」


この男はめったに自分の事を人に話したりはしない
彼がこうまでして誰かに話しを聞いてもらおうとするのは
よっぽどの事だ


彼が再び前を向いて、話しはじめた



「母は全てを話してくれた・・・なぜ姿を消したのか
全ては罪の意識からだそうだ、父の死に関して」


最後の言葉に背筋に寒いものを感じた
彼がこれから云わんとすることに、ただならぬものを感じる


「わかっていたそうだよ・・・誰が父を撃ったのか」
まさか!そんな訳が・・・


「理由があるのだよ・・・そう思う理由が」
・・・理由・・・?


彼はここへ来て再び黙り込んだ・・・しかし、意を決して
言葉をつづけた



「母は父を撃った男と・・・通じていたのだよ」
「!!」


「どういうきっかけなのかは分からない
確かに父は仕事で忙しい人だった・・・
当時、子供だった私にはそれくらいしか思いあたらない」


あの男が父を撃ったのは表向きの動機だけではないものが
あったのだ・・・そして、一人になった私を手元に置き検事として
教育したのも・・・今となってはわかるような気がする


それは、彼にとって復讐だったのか・・・それとも贖罪だったのか・・・



「御剣・・・オマエ、その話を“彼女”には・・・」
「この話しは、君以外の誰にも話すつもりはない、もちろん
“彼女”にも一生云うつもりはない!」



吹く風が冷たくなってきた、身に震えが走る
でもそれは傾きかけた陽光のせいではない
彼は自分の膝に顔を埋めた



「私は・・・あのエレベーターの中で
死んだ方がよかったのかもしれない・・・」
「・・・御剣・・・!」


・・・彼は強い男だと成歩堂は思う
子供の頃から知っているからこそ、余計にそう思う
 しかし本当に強くある為には、まず自分が弱い存在であることを
受け入れる事が必要だ・・・たぶん彼はそれが苦手なのだろう



「御剣、オマエはボクの憧れだったよ」



学級裁判でボクはオマエに助けられた
・・・ボクはオマエみたいになりたかったんだよ
だいぶ後になって新聞でオマエを見た時どうしても会いたくて
結局、弁護士にまでなった・・・そして、千尋さんや真宵ちゃん
いろいろな人に出会うことが出来た。君のいない人生なんてボクには
考えられないよ・・・君だってそうだろう?



男が顔をあげた



「それに・・・君には家族がいるじゃないか・・・」













暮れかかった田舎の風景を後にして、ハンドルを握る男が
先ほどまで一緒だった男の言葉を思い出す



『ボクはね・・・御剣のことが大好きだったんだよ・・・』
大好きと云われた男がきょとんとして、相手を見る

『何を云い出すのだ?・・・成歩堂』
『アレ? 今のボクなりのカミングアウトだったんだけどなあ・・・』
あさっての方向を見ながらそう答える


『き、キサマっ・・・!』
『アハハハハ・・・・やっと笑ったね。御剣!』










来た時と同じ道を帰る・・・車内から見える景色が全く違うものに
感じるのは、親友の存在があるからだ


「私には“家族”がいる・・・そして」


その幸せを一人かみしめる




「・・・君だ・・・」




END

■作者からのメッセージ
この話も今回で私なりにようやく決着を付ける事が出来ました。
振り返れば、神乃木、冥、成歩堂と大好きなキャラで書く事が出来ました。
(モチロン御剣さんも、感謝!)

■一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集