初恋
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2010年02月28日(日) 20時50分11秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
「やっぱり、こちらにいらっしゃったのですね」


最寄りの駅から、さほど遠くない住宅街の一角に
その喫茶店は存在した。
その店のカウンター席に長身で銀の仮面の男が座っている


「どうして、俺がここにいるのがわかったんだい?」
一人コーヒーを啜る男が尋ねる

「ハイ、先ほど神乃木さまのお宅に伺ったのですが・・・
大家さんとおっしゃる方が、多分こちらではないか
とおっしゃったので・・・」



―――男は心の中で、そのお節介な大家を呪った



「もう、ここには来ちゃいけねえって云わなかったかい?コネコちゃん」
子猫ちゃんと呼ぶに相応しい年齢のその少女に少し、亡き人の面影を見る



ここ数日幾度となく、綾里春美は神乃木のもとを訪れていた



「何度も云ったはずだ、俺は綾里家の敷居をまたぐ事は出来ねえ・・・」
「・・・・・・・・・」



綾里の家から電車で約2時間はかかるこの辺りまで連日のように
その少女は訪ねて来た



『―――それなら、大丈夫です。私の通っている高校は
この沿線付近にありますから、ご心配にはおよびません!』


初めて会った時にはまだ幼かった少女も、今はもう高校生だ
この辺りでは比較的お嬢様学校として知られている
私立の女子高の制服を身につけている・・・




『・・・私、将来は“弁護士”になりたいと思っております』
前に会った時、少女は自分の夢を神乃木に語った

『神乃木さまの前で、こんなこと云うのは恥ずかしいのですが・・・』
『いいんじゃねえか? 俺も高校の時ぐらいだな・・・そんな事を考えたのは』




少女はそれを聞いて、とてもうれしそうな顔をしていた・・・









―――ふと、窓を見る


外にある植え込みの部分の茂る緑の間から
どんよりとした空の色が目に入った
ここの店の主は常連である神乃木に店番をまかせ
商店街の会合に行ってしまって留守だ



今時こんな姿勢で、よく経営が成り立つものだと思うのだが・・・
この地所と建物がこの店の主のものであるからこそなんとか
やっていけるのだろう


「・・・どうしても、おいで頂けないのでしょうか?」

どうして、今さら行く事が出来るだろう・・・綾里家の前の家元である
綾里舞子をこの手にかけ、その娘である綾里真宵を危険な目に合わせた
それもこれも、かつて自分が抱いた手前勝手な復讐という感情の為
今、眼の前にいる少女すら巻き込んでしまった・・・


そして・・・その復讐心を起こさせた“かの人”の墓参りすら出来ずにいる・・・






とりあえず、店の中央に立ちつくす少女にカウンター席を勧め
神乃木みずからがカウンターの中に入り、少女の為にコーヒーを用意する
・・・この店の常連である神乃木だからこそ出来ることだ




「思い出します・・・あの時、神乃木さまに頂いたコーヒーの味」



あの事件で一晩中、奥の院の中庭に閉じ込められた綾里春美に
ポットに入ったミルク入りのコーヒーを飲ませたなあ、たしか・・・
男にとっては苦い思い出であるが、少女にとってはそうでもないらしい









出されたコーヒーを飲み終え、少女は席を立った
「・・・神乃木さま。私、また来ます」










・・・どうやら、自分から諦めるつもりはないようだ・・・








男はわかっていて、あえて残酷な言葉を口にした
「悪いが・・・俺はアンタの父親代わりにはなれないぜ」







―――突然、少女の顔色が変わった








「私・・・そんなつもりでは・・・」
はためにもわかるくらいに震えだした












「そんな・・・つもりでは・・・」













本当は・・・自分でも気がついていた













私は、この方に父親を探していたのだと











・・・そして・・・













親子ほどの年齢の違うこの人に、恋心を抱いていたのだと・・・











そんな感情を見抜かれていたことの情けなさと、神乃木に会う事を
いつしか楽しみにしていた自分への恥ずかしさに身体が震えた・・・












少女の両の眼からその手の甲にこぼれ落ちる程に・・・涙があふれる










春美は逃げるように店の外に掛け出して行った













一人残された男の心の中に後悔という言葉がよぎる







男は・・・綾里家の家庭事情をだいたい把握している
春美に父親がいない事も知っていた








今、少女が求めているもの・・・最初に訪ねて来た時と違う感情から
自分を訪ねて来ている事を男は感じ取っていた








春美が傷つくのはわかっていた・・・しかし云わない訳にはいかなかった









・・・それは、大人としての“分別”というやっかいな代物・・・









店のドアを開け、もう遅いとわかっていて春美が走って行ったであろう
方角を見る・・・先ほどの曇り空から外は雨に変わっていた
さらなる後悔が、男の胸をしめつける






「あの娘は・・・傘を持っていなかったな・・・」







先ほど少女がコーヒーを口にしながらつぶやいた言葉を思い出す











“自分の夢を話したのは、神乃木さまが初めてです。
・・・私、将来の事を相談出来るような両親がおりませんから・・・”








END

■作者からのメッセージ
とあるキッカケで「はみちゃん」と「ゴドー」の関係に萌えを感じました。十代後半のハミちゃん、いかがでしたでしょうか?

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