クリスマス・メモリー
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2010年02月28日(日) 20時49分30秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
この時期の空気は、肌に痛い・・・でも夜は美しい
特にクリスマスシーズンは―――



この時期のちょっとした繁華街なら
クリスマスツリーだのイルミネーションだの
何らかの盛り上がりを感じさせる飾りつけがしてあるものだ
特に大きな駅周辺ならなおのこと



「アノさあ・・・何でもっと暖かそうな格好してこなかったの?」
「えっ、ちゃんとコートも着ているしマフラーも手袋だって・・・」


「その足だよ!何でこの時期に素足で下駄なんだよ」
「・・・なるほどくんとは鍛え方が違うから大丈夫だよ!」
真宵は、フグのように頬をふくらませて弁護士の横を歩く

「見ているこっちが寒々しいよ・・・それにすれ違う人みんな見てるじゃないか」
外出先から事務所への帰り、成歩堂は並んで歩いている助手の
綾里真宵へ一言いわずにはいられなかった

「じゃ、アレ買ってよ!」
「・・・?・・・」

駅周辺のショッピングビルの一角
若い女性向けのシューズショップに
今、流行のベージュのスウェード調で内側が
ムートン仕様になっているブーツを指差した


暗くなった駅周辺は工夫を凝らした
クリスマスイルミネーションが美しく光る
店先にはクリスマスシーズン向けの商品であふれかえる
特別な時期だと云わんばかりに・・・


「ケチななるほどくんがモノを買ってくれるなんて」
まるで信じられない、とでも言いたげな真宵が
今まで履いていた下駄を店の袋に入れて手に持ち
かわりにブーツを履いて横を歩く

「悪かったねケチで」

ふと、スーツの男が何かを思い出したように話しはじめた

「ブーツで思い出したんだけどさ・・・子供の頃クリスマスの時期になると
親からクリスマスプレゼントと一緒にブーツの形をした、お菓子が入っているアレを
プレゼントされるのが楽しみだったなあ・・・」

真宵もそれに共感するように答える
「アタシもあれ大好きだったよ!中のお菓子食べ終わった後にこっそり
お姉ちゃんの分と自分の2つそろえて本当に履けるかどうか試したりして
・・・それをお姉ちゃんに見つかって怒られたっけ」


「・・・へえ、千尋さんがねえ・・・」


その瞬間、ボクの中の時間が止まり
数年前のクリスマスの記憶に引き戻された






―――あれは、千尋さんの法律事務所で働き始めた年の
初めてのクリスマス・イブ
千尋さんが顧問をしている企業に急に呼び出され
一緒に訪れた帰りのこと


夜の街はクリスマスムード一色で
今日のように駅前のイルミネーションが美しかった

思いのほか帰りが遅くなったので
千尋さん行きつけの、ボクからは決して行かないような
おしゃれな店で千尋さんと食事をしてから事務所に戻った

とても冷える晩だったので、事務所に戻るなり
空調の温風のスイッチを入れる
コートを脱いで吹きつける温かい風にしばし身をさらす


『ゴメンナサイね、せっかくのクリスマス・イブなのに
こんなことに付き合わせてしまって・・・疲れた?大変だったでしょう』

『あっ、いいえ・・・スミマセン。ただ隣で話しを聞いていただけなのに・・・』
『あちらの企業さんとは、時々こういった事があるから
先方にも、なるほどくんの顔を知っておいてほしかったの』
そう云って、千尋さんはボクが立っている近くにあるソファーに腰を下ろした

『他にも、契約している企業ってあるんですか?』
そう話しかけながら、同じソファーに腰を掛ける
『そう、いろいろやらないとね・・・食べていけないから』


そう云って、先輩弁護士は目を閉じた
『・・・所長・・・?』


ソファーに肘をつき、背もたれに身体をあずけるその女性から
一定の呼吸音が聞こえる


成歩堂はそっと、その場を離れ静かに帰り仕度を始めた
事務所の戸締りを確認してもう一度、所長の様子を見る


『千尋さん、よっぽど疲れているんだなあ・・・もう少し
このままにして置いてあげよう』






普段は・・・仮にも上司にあたるヒトだから
あまり感情を持って見ることもないけど―――













キレイな人だなあ・・・と思う
そういえば、所長に恋人っているのかな?














なぜだろう・・・心臓がドキドキする
食事の時に飲んだ、グラスワインのせいなのか













街を賑わすクリスマスの雰囲気にのまれたのか













眠るそのヒトの・・・目にかかっている前髪を
そっと指でなぞってみた―――














「・・・なるほどくん!!」
不意に、記憶の中から呼び戻された


「何、ボーとしてんの?」
「あっ、いや・・・何でもないよ」


繁華街を抜ける、とたんに人通りが少なくなる
クリスマスらしい雰囲気から切り離される





「・・・ねえ、真宵ちゃん」
冬の澄んだ夜空を見上げながら弁護士は云う



「千尋さんは・・・今のボクを・・・少しは褒めてくれるかな?」
「えっ?!」




所長の突然の死というカタチで引き継いだ法律事務所
今となってようやくわかる彼女の苦労・・・




事務所を・・・維持していくことの大変さを―――




「・・・なるほどくん・・・?」
思わず足を止める。見上げる先の青い弁護士は
何故かいつもより“大人”に見えた



男が目の前の少女を見る
真宵の目にかかる前髪に、以前の自分を思い出し苦笑する



この時期の空気は、肌に痛い・・・でも夜は美しい






特に、クリスマスシーズンは―――








男はかつて憧れていた女性の妹に話しかけた




「何だかお腹すいたね・・・ラーメンでも食べて帰ろうか?」



















『私、今年のクリスマスはサンタになるのよ―――』



以前、何かの折に話しをした時彼女はそんなことを云っていた
何を云っているのかと思ったが、よくよく話を聞いてみると
なんのことはない、彼女は姉夫婦のところで甥っ子や姪っ子達と
共にクリスマスを過ごすのだと云う・・・


『・・・あなたの予定は?』


私はどうもしない・・・いつも通りだ
そう素っけなく答える


『そう・・・お気の毒に・・・』
彼女は憐れむように私を見た







RRRRR・・・RRRRR・・・RRRRR・・・RRRRR




静まりかえった空間に外線が繋がる
人の気配を感じないこの時間、建物中が静かだ

家庭があるものは家族の為に早々に帰宅し
独身者は予定のある者はもとより、予定のない者まで
“予定のない人間”に見られないようにする為に
早々に帰宅する・・・



鳴り止まぬソレに仕方なく受話器をとる


「・・・本当に、予定がなかったのね・・・」
いきなり、そんなふうに云われる

「・・・君か・・・」
「今、姉のところにいるの」


受話器の向こう側で英語での会話が聞こえる
まだ幼いであろう声とそれに応える大人の声・・・
異国での家族のクリスマスの様子がリアルタイムで伝わってくる


冥の姉は実家を出て家庭を持っている
おそらく冥は甥や姪にあたる子供達にとって
いいサンタクロースになったはずだ・・・




「・・・姉が、久しぶりにあたなの声を聞きたいそうよ・・・」

受話器が渡される









「―――怜侍? お久しぶりね・・・」





妹に似ているが、落ち着いたその話し声に
最後に彼女と話しをした時のことを思い出した・・・



『怜侍、ちょっといいかしら?』
彼女は結婚の為、家を出ることが決まったとき
まだだいぶ若かった私にこう云った





『・・・私は父の望む通りの生き方は出来なかった・・・
でも、妹は・・・冥は父の望む人生を歩もうとしている―――

そんな生き方が、彼女にとって幸せなのかどうかは分からないけど・・・

―――私は、彼女の助けになることは出来ない・・・でも、同じ道を志す
あなたなら・・・彼女を理解してあげられると思う




・・・お願い、あの子の・・・妹の良き理解者になってあげて!』












姉である彼女の眼には、これまでの自身の葛藤と
妹に対する家族としての愛情があふれていた













「・・・彼女の良き理解者でいてくれて、ありがとう・・」

何気ない当たり障りのない会話を経て、彼女は感謝の言葉を口にした
そして、声をひそめて付けくわえる




・・・彼女の良き理解者でいてくれて、ありがとう・・・でも











今度は、あなたが彼女に理解してもらう番ではないかしら―――?















「・・・怜侍、もしもし、怜侍?」
いつの間にか、相手は妹に変わっていた


「あなた今、姉に何を云われたの?」
いや、別に・・・そんなふうに曖昧に答える

私は納得出来ない様子の彼女にこう云って電話を切った




―――I wish you a merry Christmas. Mei―――





END

■作者からのメッセージ
ついクリスマスネタに手を出してしまいました。
二人のクリスマスの回想って感じです。
なぜか両者とも“姉妹”に関わっております・・・。

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