【最終列車】【月満ちて】
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2010年02月28日(日) 20時49分00秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
【最終列車】


ピエロのようなその男は手にした銀色に輝く
いくつものリングを器用に繋げていく―――
小さい舞台に向けられたスポットライトにそれが輝く



お世辞にもあまり広くない店内だが
今夜は結構な人で賑わっている・・・混雑している理由
それは、ここ“ビビルバー”で
今夜の演目の取りをつとめるマジシャンの
最後の舞台となるから

飲食をしながらマジックショーを見ることが
出来るスタイルのこの店で
そのマジシャンは子供の頃から出演していた
そして、18歳になった今、マジシャンとしての修行を
積むためにアメリカへ旅立つことになったのだ



―――今夜がビビルバーでの最後の公演



「寂しくなるんじゃない?」
舞台からそう遠くない位置にあるテーブル席に
二人の男女が座っている

一人は二十代くらいの髪の長い女性
もう一人は、スウェットパーカーを着た無精ヒゲをはやした男

「娘が・・・“みぬき”が決めた事だからね」
舞台の方に視線を向けたまま、男はグレープジュースに口をつける
「なるほどくんは、やさしいから」

やがて、ピエロのような男の出し物が終わりを告げる




いよいよ本日の取り“成歩堂みぬき”による
マジックショーのはじまりである!


大勢の拍手に迎えられて、18歳のみぬきが舞台に立つ
これが、このバーで見る娘“みぬき”の最後の舞台
いつものようにソツのない動きでシルクハットから
ありとあらゆるものを取り出しては消してしまう―――







『娘の・・・“みぬき”の最後の舞台があるんだけど・・・』
そんな連絡が倉院の里の真宵の元に届いたのが一週間前のこと
成歩堂が女の子を養女として引き取って育てているという事は
以前から知っていた
その娘が高校を卒業すると同時に、マジシャンとして修行を積む為に
渡米する・・・その最後の舞台を見に来てほしい、と・・・



やがてマジックは佳境に入る。彼女は舞台から客席の方に降りてきた
お客様のテーブルに近づき、その上にある
グラスに入った飲み物をシルクハットに流し込む
驚く客に微笑み返し今度はハンカチを取り出しグラスに掛ける


―――ハンカチを取ると・・・あら不思議!


飲み物は、ちゃんとグラスに戻っている
このマジックにお客さんは大喜びである






・・・そして・・・






彼女は次第に、養父が座るテーブルに近づいて来た


彼女は成歩堂に微笑みかけると一本のリボンを取りだした
それを、自分の腕にしっかりと結び付け
もう一方の端を成歩堂の腕にしっかりと結び付ける



真宵も興味津々でそれを見ている




そして、しっかりと両方を結び付けた事を確認すると
再度ハンカチを取り出しリボンが結び付いている二本の腕を覆い隠した




「!!」




確かに先ほどまで、みぬきの腕に結び付いていたであろう
赤いリボンが無くなっている
そのかわり・・・成歩堂と繋がっている先は・・・



「・・・キャッ・・・!!」



隣に座る真宵の腕にどういうわけか、赤いリボンが結び付いている
しかも、しっかり結び付いたソレは・・・取れない!


取り乱す二人に、周囲にいるお客さん達は大爆笑であった














「・・・みぬきのヤツ・・・」

娘にしてやられた悔しさに、思わずグチる



最終列車に間に合うように、成歩堂は真宵を
駅まで送って行った
先ほどの取り乱した様子の“なるほどくん”を思い出し
真宵はおかしさがこみ上げる




夜空を見上げる・・・月が美しく輝いている





「なるほどくん・・・今日は誘ってくれて、ありがとう」
「・・・うん・・・」


「そういえば、なるほどくんとこうして会うの何年ぶりだっけ・・・」
「・・・・・・・・・・」




弁護士をやめてから今まで、ずっと会って来なかった



無言のまま、駅までの道のりを二人・・・並んで歩く







「ここまでで、いいよ」



駅の改札で真宵が、成歩堂に向かって口をひらいた
しかし、成歩堂は入場券を買い駅のホームまで見送るという


多くの客が駅のホームで下り列車が来るのを待っている
真宵と成歩堂はホームの最後尾でそれを待つ
やがて、最終列車が定刻通りにホームに滑り込んで来た



「・・・じゃあね・・・」




乗車する人の流れに身をまかせるように真宵が列車の中に吸い込まれる
女の姿が人混みの中に消えていく・・・発車のベルが鳴る




そして、大勢の人を乗せた最終列車は駅のホームを離れて行った・・・

















最初の頃は混雑していた車内の乗客も、停車駅を半分以上過ぎ
だいぶ景色も変わって来ると、さすがに人もすくなくなってくる






ほとんど、終着駅に近い真宵の住むところ近くになると
車両にはほとんど人はいない
長距離の列車にありがちな、向かい合う四人掛けの座席に
真宵は一人で座り、外を見ていた


先ほど街で見たのと変わらない月が
まるで自分を追いかけてきたかのように車窓から見える




(―――もう、終わったのかもしれない)



何年も会えずに過ごした割には意外とあっけないものだとそう思った
別に何か約束があった訳ではない、そんなことは分かっている
ただ、この数年間は女にとっても決して短いものではなかった・・・






車内のアナウンスが次の停車駅の名前を告げる












ふと、無意識に視線を窓から前に向けた














一瞬、自分の頭がおかしくなったのかと思った―――














駅のホームで別れたはずの男が
眼の前で・・・自分を見ている・・・!!














「なるほどくーーーーーーーんッ!!!!!」














まばたきもぜず自分を凝視する女性に
男が、少し照れたように答える














「やっぱり家まで送って行ったほうがいいかな、って・・・」
ニット帽から、いたずらっぽい目をのぞかせる














長い間・・・我慢してきた何かが
堰を切ったように女の眼からあふれ出す―――














二人の長い空白を埋めるのは・・・ここから















【月満ちて】


山里の空気に身を包まれる。街の空気と違う幾分
涼しいそれに2時間弱の列車での移動距離を感じさせる


「なるほどくん、早く早く!」


駅の改札で料金の精算をしなければならない男を真宵がせかす
本来なら降車駅までの切符を買わなければならないところを
入場券でここまで来てしまったのだからしかたがない


しかし、真宵がせかすには理由があった。今、駅の前に止まっている
バスが最終のバス。コレを逃すともう公共の交通機関はない
駅前で客待ちをしているタクシーがいる街の駅とは訳が違う

息を切らせ何とか乗り込む事の出来た公共の交通機関に
思わずホッとする。とりあえず空いている席に真宵が腰掛け
その前に成歩堂が吊革につかまって立つ

「このバスに乗るの何年ぶりかな・・・」

ふと男がそんな事を口にする
以前、訪れたときは真宵が初めて倉院流家元として
霊媒を引き受けた時の立ち会いだった



本当に・・・昔のことだ



あの頃とは、二人ともずいぶん変わった
当時、十代だった女は・・・大人になり
男は・・・弁護士でなくなっていた


座席に腰掛けている女が、窓の外をみている男を上目使いで盗み見る
連絡をもらった時は『会える』、ということで何かしらの進展が
あるのではないかと考えてはいたが・・・
まさか、連れて帰って来るような事になろうとは、さすがに思っていなかった―――

かと云って、あのまま駅のホームに置いて帰る訳にはいかないし・・・

最寄りのバス停で下車して、真宵が住む綾里の家に向かう
別に、一人で暮らしているから咎める人もいないけど
こんな時間に男性を家に上げる事に戸惑いがない訳じゃない
それにしても、なるほどくんはこの成り行きをどう思っているのだろう?



月明かりに助けられて家にたどり着く
真宵の後ろを歩く男は感慨深かげにそのたたずまいを眺める
玄関にあがり、綾里家の長い廊下を歩く
真宵の気持ちを知ってか知らずか男は何度も『懐かしい』を繰り返す


その余りにも飄々とした様子に幾分腹が立つ
今まで自分でも気が付かなかった“何か”がわきあがってくる


廊下に続いている障子で仕切られた和室の居間の灯りをつける
「・・・入ってもいいの?」
今さらながら、そんな事を云われる




ちゃぶ台の上に食べかけのお菓子
部屋の隅には読みかけの雑誌と脱いだままの上着・・・
片づけられていないその部屋の様子に連れて来てしまった事を後悔する





「真宵ちゃんは、相変わらずだなあ」








男の遠慮のない一言









それが、キッカケだった














成歩堂が部屋に入るなり、真宵が開けた障子を
ピッシッと音を立てるように閉めて向き直る


「真宵ちゃん?」
女が怖い顔で睨みつける


「・・・どういうつもりなの・・・」
「どういうって・・・?」

「だから、どういうつもりかって聞いてるの!」
「えっ?!」


「ここ何年も連絡一つ寄こさないで・・・いきなり連絡してきたかと思えば
こんな夜中に上がり込んで来て!
今まで、何度もアタシから連絡しても返事くれないし
訪ねて行っても、話しどころか会ってもくれなかったし!!
アタシには会ってもくれないのに、いつの間にか女の子引き取って面倒みてるし!!!
それなのに・・・ずっと、なるほどくんを待っていたアタシって何なの?!



なるほどくんは・・・なるほどくんは、勝手すぎるよ!!!!」














―――こんなこと云うつもりじゃなかった―――













なるほどくんにも、色々な事情があったことは知っている














それでも、云わずにはいられなかった














アタシにとっても、この数年間は決して短いものではなかったから・・・














「勝手だよッ!!」










突然、男の両腕に捕えられて胸の中におさめられる


「・・・真宵ちゃん・・・」











それでも、アタシの心の中の声はおさまらない
「・・・これでアタシが黙ると思ってるの?
ずるいよ・・・ずるいよッ!なるほどくんは、いつだって―――」








その時、ふと接している側の頬に何か違和感を覚えた














・・・?・・・水・・・














真宵の耳に・・・くぐもった嗚咽が届く















泣いてる?














なるほどくんが、泣いてる!!















―――今まで吹きあがっていた心の中の炎が
まるで潮が引くように静まりかえる












山里の月の灯りは障子の桟を美しく映し出す
でも、それは街で見た月と同じもの・・・違ったように見えて
実は何も変わらない・・・出会った頃と同じように















女の心の中に“愛おしい”という感情が蘇る






















やっぱり・・・この人を待ってて良かった―――


















―――朝、今どき珍しい丸いちゃぶ台で向かい合ってご飯を食べる
味噌汁に卵、漬物など何品かあるおかずの中でなぜか一つだけ焼かれた
シャケの切り身をお互い遠慮しながら両端から箸をつける




突然、女がアァァァーーッと叫び出した




「なるほどくん、大変!家に連絡していないでしょう?
みぬきちゃん、きっと心配してるよ」

何事か?!と一瞬、箸を止めた男が『そんなことか・・・』と云いたげに
再び箸を動かす


「ああ、それなら大丈夫だよ。みぬきにはあらかじめ
“今夜は帰らないかもしれない”って云ってあるから・・・」






えっ、でも勢いで終電に乗って来ちゃったんじゃなかったの・・・?










もしかして、はじめからそのつもりだったとか・・・









「アレ、今頃気が付いた?」
「・・・・・・・・・・・」







こういう所は・・・やはり、元弁護士というべき・・・か?








真宵は再び箸を動かす。今度は当てつけのように
シャケの切り身のど真ん中を思いっきりほじくり返えす










「・・・やっぱり、なるほどくんはずるいよ・・・」







END





■作者からのメッセージ
初めてのナルマヨです。
私としては、弁護士のナルよりは
ニット帽の成歩堂と二十代の真宵の方が
萌えるカナ(笑)

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