いつの日か、となりで
作者: 幸   2009年09月13日(日) 22時13分10秒公開   ID:HKDR9rnLXa2
「狩魔検事、失礼致します。明日の裁判の資料をお持ちしました。」
見慣れた刑事が執務室に入ってくる。
「ありがとう。そこへ置いておいて。」
指示通りデスクに資料のファイルを置いた彼は、一礼して部屋を出て行った。
英語で書かれたその資料に目を向ける。


―――アメリカに来て、もうすぐ1年。
もう・・・・そんなにもなるのね。




カンッ!
法廷に、乾いた木槌の音が響く。
「被告人は・・・・無罪!!本日はこれにて閉廷とします。」

(私が・・・・負けた?)

アメリカで検事になって5年・・・・負け知らずでここまできた。
なのに、私が・・・・この私が、いかにも頭の悪そうなこんな男に。

(楽しみだね、狩魔検事。世界中に流れるんだろ?きみの敗北する姿が。)

―――成歩堂龍一。私の全てを狂わせた、憎らしいオトコ・・・・
必ず、復讐してやるわ。
パパのため・・・・そして、私を置いていったあのオトコ・・・・レイジへの見せしめのために。
必ず勝つ。
そう自分自身に誓い・・・・私は負け続けた。
周囲では驚きの声を聞き、アメリカの検事局からは確認の電話が鳴りっぱなし・・・・
―――そう。私は、狩魔豪の娘。
勝利して当たり前、負けなんて考えられない。私は勝ち続けなければならないのよ。


1年前の事件―――成歩堂龍一が、初めて被告人の無罪を証明できなかった。
どんな顔をしているのか見ものだと思い、心底楽しみにして控え室に向かった。
成歩堂龍一の敗北した哀れな姿を見るために。
・・・・そのはずだったのに。
私の期待していた顔は、そこにいた誰一人としてしていなかった。
それどころか、成歩堂龍一が1番笑っているじゃない―――
私は入り口から動けなかった。・・・・その光景の中に、私が入る場所はなかったんだもの。
「ふっ・・・・」
自嘲気味な笑いが出た。
私は、何を期待していたの?最初から私の入るところなんてなかったじゃない。
いつもひとりで生きてきたはずじゃない。
今さら―――何を言っているのよ・・・・そう思いながらもつい室内を見てしまう自分に苛立った。
―――なぜ?・・・・なぜそんなにも嬉しそうなのよ。あなたは負けたの。どうして私と同じような屈辱を味わわないのよ。

(きみにはわからないだろうな、狩魔検事。)

なぜ笑っていると尋ねた私に、成歩堂龍一は答えた。
・・・・わからないわ。わかりたくもないもの。
だって、弁護士の仕事は無罪判決をもぎ取ることでしょう?・・・・同じように、検事にとっても有罪判決が全てよ。

(無理もない。1年前までは・・・・私もそうだったのだから。)

―――じゃあ、レイジ。あなたはわかるというの?負けた成歩堂龍一が笑っている、そのワケが。
いつからそんなに変わってしまったの?あなたが、私に教えたんじゃない。どんな手を使っても有罪判決をもぎ取るその姿で・・・・

(いつしか、信頼しはじめていたのだ。)

―――敵を信頼?バカなこと言わないで。信じられるのは、自分の能力と・・・・検事という地位だけよ。
あなたもそうだったじゃない、レイジ。狩魔の名を裏切られたと思った。もう、私もレイジも・・・・狩魔とは認められない。
「もう、終わったのよ!」
半分叫び気味にそう言って、成歩堂龍一にムチを投げ捨てた。

もう法廷には立たない。

情けない姿を世界中に晒した自分自身へのけじめのはずだったのに―――
やけくそに詰めた荷物を持って向かった空港まで追いかけてきたレイジは、当たり前のように私にそれを返した。
・・・・昔のレイジなら、絶対にこんなことはしなかった。逃げるものは追わなかった。止めることなんてしなかった。
―――本当に変わったのね、レイジ。何があなたをそこまでにしたのかは、わからないけれど・・・・
わたしには無理よ。今までの自分を捨ててしまうなんて。
思ったことが意外なほど素直な言葉になった。

(結局きみも、父親に依存していただけではないか。)

―――そうだわ・・・・私はいつも、パパを見て生きてきた。全てパパを真似してきたのよ。だってそれが、私の生きる唯一の道だったから。
私は、狩魔豪の娘として天才でなければならなかったの。

(確かにきみは、天才ではないかもしれない。しかし、きみは検事だ。今までも・・・・これからも。)

―――天才じゃなくても、いいの?検事でいて、いいの?狩魔冥として生きていける?

(今日、きみは私に追いついたのだ。だが、私は足を止めるつもりはない。
きみが歩くのをやめるというならば・・・・ここでお別れだな、狩魔冥。)

―――泣くつもりなんて、なかった。でも自然に流れ出た涙は止まらなくて・・・・
また置いていかれるなんて、イヤ。ちゃんと付いていくから、歩くから。置いていかないで。
心で思ったことに反して口から出た言葉は、いつもの私の強気なものだったけど・・・・
意味の重さは、全然いつもとは違った。
私も変われるかもしれない・・・・そう思えた。




「・・・・1年、か。」
ふと呟いた自分の言葉で現実に戻った。
あのとき確かに、変われると思った。でも1年経った今。・・・・その自覚は全くない。
いくら裁判で勝利し続けても、答えは見えなかったの。
「そんなことを考えていてもしょうがないわね・・・・」
自分自身に言い聞かせて、資料のファイルを開いた。―――と同時に、ソファーに放り投げたままの携帯が音を鳴らした。
いつもの仕事の電話だろう―――そう軽い気持ちで見たディスプレイには、思いもよらない名前があった。
―――御剣怜侍。
一瞬、思考回路が停止した。なぜ、このオトコが?
日本でも、電話がかかってきた事など数えるくらいしかなかった。
ましてアメリカに来てから一度もかかっていないのに・・・・何の用があるのだろう。
慌てて通話ボタンを押したものの、なかなか声を発することができなかった。
「・・・・もしもし・・メイ、か?」
懐かしい声が耳に届く。
返事が遅れたのは、さっきまで昔を思い出していたせいもあるのだろう。
「・・・・ええ。そうよ。」
そっけない返事しかできない自分がもどかしく、唇をかみ締めた。
「久しぶりだな、元気か?」
「・・元気よ、こっちは。あなたはどうなの?たしか・・・・こっちにいるって聞いたわ。」
「・・・・ああ。」
レイジにしては珍しく、言葉を濁した。
「何かあったのかしら?」
「ふっ・・・・カンがいいな、メイ。」
「・・なんだか、嬉しくないわ。」
電話の奥で笑う声が聞こえる。
「実は・・・・きみに頼みがあってな。」
「頼み・・?」
「メイ、日本に帰ってこないか。」
「・・・・え?」
あまりに突拍子のない質問ともいえない投げかけに、反応が遅れた。
「日本に・・・・?」
聞き間違いだったかと伺いながら聞くと、
「ああ。」
速すぎる答えで、本気なんだと知らされる。
「また、どうしてかしら。だって私は・・・・」
―――まだ、帰れない。ここに来た意味を見つけていないもの。
「実は今朝方、日本に帰ってきたのだ。・・あるオトコに呼び戻されてな。」
レイジは日本にいるのね。
「それで、ある事件に巻き込まれた。その事件の担当検事を―――きみに頼みたいんだ。」
―――担当検事?・・・・私が?
「少し厄介な事件でな・・・・きみにしか頼めないんだ。」
「・・・・でも、私は・・まだ・・・・」
なかなか気持ちが言葉にならない。止めているのは、私が帰りたいと思っている甘えた気持ちだ。
「まだ、帰れないわ。アメリカで何もできていないもの。」
―――そう、このままじゃ。
「合わせる顔がないもの・・・・」
あなたたちに、合わせる顔がない。
「・・・・メイ。」
「・・やっぱり私には、見つけられないわ。新しい自分なんて・・・・」
レイジには追いつけないんだ。
俯きそうになった私に、電話越しの声が届く。
「メイ、下を向くな。」
その言葉に驚いて、反射で顔が上がる。
「・・・・私も、きみと同じように悩んだ時期があった。そのときな、ある人に言われたのだ。
“狩魔豪は確かに、すばらしい検事だった”」
―――パパ。
「“ひとりで戦うには武器が必要・・・・確かにそうかもしれない。”」
―――そうよ。ひとりで戦ってきたわ。
「“しかし彼は、ある1点で間違っていたのだ”」
そこで言葉を切って、レイジは続けた。
「“あなたはひとりじゃない。”」
―――ひとりじゃ、ない。
「正直・・・・そのときの私は、自分がひとりではないと思えなかった。だから検事局を去った。
・・・・周りに、支えてくれていた人はたくさんいたのに、だ。」
レイジは、ひとりじゃなかった。・・でも私は・・・・
「メイ。」
再び下がりそうになる頭をレイジの声が戻す。
「きみも、同じだろう?」
「・・・・私、も?」
「そうだ。」
「・・・・違うわ。私は・・ひとりよ。パパと同じだわ。」
「違う。」
電話の向こうで首を振る気配がした。
「いるではないか、きみにも。頼りない刑事や、人を真っ直ぐに信じる弁護士。・・・・そして、私が。」
―――そんなに・・・・?ずっとひとりだと思って生きてきたのに。
「ひとりで生きれる人間などいないのだ、メイ。みんな誰かに支えられて生きている。」
不思議なほど、レイジの言葉は私に真っ直ぐに届いた。
「ひとりで悩む必要はない。誰かに助けられたって、いいのだ。」
―――心のつかえが取れた気がした。また涙が出そうになった自分を精一杯押しとめる。
―――帰りたかったら帰ってきていい。
そう、言ってもらえた気がした。
「資料を送ってくれる?・・・・すぐに発つから。」
「・・・・了解した。」
もう答えがわかっていたかのような返事。
待っている。
それだけ言って、電話は切れた。


―――パパ。私は、パパとは違う道で検事をやりたい。
ひとりで、武器を味方に戦うのではなくて・・・・仲間と。
私を仲間と呼んでくれる人たちと、一緒に戦いたい。
―――成歩堂龍一。今度こそ、あなたに返すわ。
1年前は届けることができなかった、この“4つめの遺留品”・・・・
必ず、いつか。
あなたの相手に相応しい検事になってみせるから・・・・覚悟しておいて。
―――レイジ。ありがとうなんて、私は言葉にできるほど素直じゃないから・・・・
あなたに追いつく日まで、待っていて。あなたが止まらなくたって、追いつくわ。
そして・・・・必ず。あなたのとなりを歩いてみせるから。


■作者からのメッセージ
お久しぶりです。
なかなかストーリーが考えつかず、悩んでしまいました。
読んでくだされば嬉しいです。
感想をお待ちしています。変なところは指摘お願いします。

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