師匠として伝えたいこと |
作者:
優希
2009年06月27日(土) 17時14分33秒公開
ID:S9ckDqoxg3w
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「ぼくは……ぼくはいつまで、一人で闘っていかないとならないんだろう………」 季節が夏から秋に変わろうとしている、九月の頭のこと。空は曇っている。そんな日に、成歩堂なんでも事務所で、小さな事件が起こっていた。 「まだ来ないな……オドロキくん」 朝の八時ごろ、成歩堂 龍一は、事務所でそう小さく呟いた。 彼がオドロキくんと呼んだ人。本名は王泥喜法介という。ここに最近入った新人の弁護士で、ああ見えても、ほとんど遅刻はしない。今日は平日なので、成歩堂の娘のみぬきは学校でいない。だから、この事務所はとても静かだ。 成歩堂が弁護士だった七年前は、とても想像できなかったことだろう。 しかし今日は成歩堂にとって、大切な「用事」がある。 どうしよう‥‥と考えながら、成歩堂は王泥喜が来るのを待っていた。 ……成歩堂は、王泥喜に事務所の留守番を頼むつもりだったが、十時になっても王泥喜は来ない。 (待っていて彼は来るだろうか?いっそうのこと、事務所を閉めて行っちゃおうかな……?)と成歩堂が思い始めたとき、 「すみません!!遅れました!!」 という、大きな声が成歩堂の耳に響いた。成歩堂はとっさに耳を押さえて、 「オドロキくん……今日はどうしたんだい?」 成歩堂そんな大声の持ち主、王泥喜にそう尋ねた。すると、王泥喜は声の音量を落として、 「……遅くまで寝ないで勉強していたら、寝坊しちゃったんです。すみません、成歩堂さん……」 と言った。 その言葉を聞いて成歩堂は、ふうっとため息を一つついて、 「まあ、いいよ。仕事もないし。ところでオドロキくん。ぼく今日用事があるから、事務所の留守番、お願いね」 「え!?……あっ、はい……分かりました‥‥」 王泥喜は寝坊したから文句も言えない。彼は何も文句を言わず、そう返事をした。 成歩堂はそのままの格好で、財布と携帯電話だけを持って、事務所から出ていった。 そんな彼の後姿を見送ってから、 「さてと‥‥発声練習でもやるか!」 と王泥喜は、外にも聞こえるぐらいの大声で、発声練習を始めた。 事務所を出た成歩堂は、事務所の近くにある、花屋さんにやってきた。空はますます曇ってきていて、今にも雨が降ってきそうだ。 もちろん目的は、「花を買うこと」だ。だが成歩堂は、花に関してはかなり疎い。ひまわりとチューリップしか知らない人なんて、成歩堂ぐらいだろう。 「お客様。何になさいますか?」 花屋の店員さんが成歩堂にそう尋ねてきた。だけど彼は、 「え、えっと……」 としか言えない。何がなんだか分からないため、何を言うべきなのか分からないのだ。成歩堂はとっさに近くにあった、数本が束になっている、小さいピンクの花を指差して、 「……これを一束ください」 と言ってしまった。 「ありがとうございます。あの……贈り物ですか?ご自宅用ですか?」 花束を手に取った店員んは、彼にそう聞いてくる 成歩堂は少し考えてから、ゆっくり、 「………贈り物です」 と言った。 (本当は少し違うが、似たようなものだだよな‥‥) と成歩堂が考えている時に、店員は花束にリボンをつけて、 「ありがとうございました」 と言いながら、成歩堂に手渡す。 成歩堂は花束受け取ると、花屋を急いで出た。 そこから成歩堂は電車に乗った。時間が時間なので、電車にはほとんど乗っていない。成歩堂は花を手に持ち、電車に二時間近く揺られてた。 電車に二時間近く揺られて、成歩堂小さな墓地に来た。 駅を降りた時から、小雨が降ってきていた。 ここは誰もいないため、墓地は静まりかえっている。 成歩堂その墓地の中で、「綾里」と書かれているお墓の前に立った。 手を合わせて、彼は小さく呟いてしまった。 「……千尋さん……」 彼の師匠・綾里 千尋を。 彼女は、今の成歩堂の事務所‥‥当時の「綾里法律事務所」で殺害されてしまった。 今日は彼女の命日の九月五日。丁度あの事件から、今日で九年もの年月が流れたことになる。 成歩堂は今までも年に一度、少なくともこの日はここにやってきていた。だけどまともに、近況報告らしきものも出来なかった。 弁護士資格を剥奪されたことも……そして、成歩堂の周りにいた者が、彼から離れてしまったことも、なにもかもを。 成歩堂はそんなことを思いながら、先ほど買った花束をお墓の前に置いて、手を合わせる。 十秒ほど手を合わせ、目を瞑った後、成歩堂は口を開いた。 「千尋さん。……今までこの七年間、「あなたに近況を報告する」という、弟子としてあなたにするべきこと怠って、本当にすみませんでした」 そう言ったあと、成歩堂は何秒か言葉を止めた。この後何を言うべきか、分からなかったからだ。 口を開かなければ……成歩堂がそう思った、その時だった。 「あら……なるほどくん……久しぶりね」 うつむいていたぼくは、顔を上げた。すると目の前にいたのは‥‥ 死んだはずの、綾里 千尋だった。 彼女の服装は生前と同じ。成歩堂は彼女を見つめて、唖然としてしまっていた。 彼は弁護士時代に、ある事件がきっかけで「霊媒」というものを見てきた。だけど、 生前と服も髪も同じなんてこと、今までなかった。 千尋は、成歩堂のそんな様子を見て、 「……墓地というものは、霊が出やすい場所なのよ。それになるほどくん、私を呼んだでしょう?だから、出てこれたの」 と千尋は言った。 「ぼくが……呼んだんですか?千尋さんを……」 「そうよ。私に聞きたいことがあるんじゃないの?」 成歩堂はそう言われて、少し考えた。 実は彼はもう、「千尋に聞きたいこと」は成歩堂自身、分かっていた。 成歩堂は躊躇しながらも、千尋の眼に押されて、ゆっくり話し出す。 「……ぼくは七年前、弁護士資格を剥奪されてしまったんです‥‥そんなことになってから、周りのみんなはぼくから離れていってしまいました。…………千尋さん。ぼくはいつまで一人で闘っていかなければ、ならないのでしょうか………?」 ……そう。これが最近、成歩堂が考えてしまうことだった。 成歩堂は今まで、弁護士資格を剥奪された事件を、一人で調べてきた。 だけど事件が解決しても、何も戻ってこない。資格も、仲間も。……そう思ってしまうのだ。 雨は次第に激しくなっていく。しばらく考えていた千尋は、 「……なるほどくん。どうしてあなたは、自分が一人だなんて思うの?」 「……え……?」 千尋のそんな問いに、成歩堂はつい、間の抜けた声がでてしまった。 「少なくともあなたは、一人ではないはずよ。真宵や御剣検事さんは……たぶん、今まで裏であなたを支えていたのよ。 たとえ、あなたに会いにこなくてもね」 千尋の言葉に、成歩堂は意味が分からず、 「裏で……支えてきた?どういう意味ですか?」 千尋はそれには答えず、 「なるほどくん。事務所に帰ったら、多分分かると思うわ。……あなたの事務所に向かって。私に会うのは、明日でもできるんだから」 成歩堂には訳が分からなかった。しかし、千尋の真剣な眼に押されるようにして、彼は墓地を去った。 そんな成歩堂の後姿を見て、 「‥‥なるほどくん‥‥私が死んだりしなかったら、あなたを守れたのに‥‥本当にごめんなさいね‥‥」 と小さな声で言った。 それは成歩堂の師匠である千尋の、本心から出た言葉だった。 成歩堂が一回のねつ造で、弁護士バッジを奪われることになったのは、若手実力派弁護士の第一人者で、注目を集めていたこと。 そして、一人で事務所を経営しており、同じ弁護士の中で、彼を庇う者がいなかったからだろう。 千尋は、ずっと自分の死を後悔しているのだ。師匠として、弟子を守ってあげられなかったことを。 千尋がそんなことを思っているとは知らない成歩堂は、彼女に言われた通り、事務所に帰ってきた。 ここに来るまでの電車の中で、彼女の言葉について考えていた。 (‥‥裏で、守ってくれた?真宵ちゃんや御剣が‥‥) 事務所の扉を開けると、 「あっ、おかえりなさい。成歩堂さん!」 「パパ、おかえり!」 今日遅刻した王泥喜と、学校から帰ってきたみぬきは、成歩堂にそう言った。 「ああ、ただいま。みぬき、帰っていたのか」 「うん、ついさっき」 成歩堂は「みぬく」を使える二人に今の心境を悟られないように、気をつけて話した。 「そういえぱ、成歩堂さん宛に書類みたいなのと、手紙が届いていましたよ」 オドロキくんはぼくに、そう言いながら荷物を手渡した。 「ああ、ありがとう」 成歩堂は彼にお礼を言うと、今は使っていない所長室に入った。 書類と手紙‥‥どちらから先に見ようか‥‥ そう思って、何気なく手紙の裏を見てみると、 「綾里 真宵」。はっきりそう書かれているのが分かった。 綾里 真宵は、成歩堂の師匠・綾里 千尋の妹で、弁護士時代は彼の助手を務めていた。 弁護士バッジを剥奪されて以来、成歩堂は真宵と会いにくく、彼女と連絡を絶っていたので、ずっと疎遠になってしまっていたのだ。 どうして彼女が手紙なんか‥‥?と言いそうになるのを何とか抑えた成歩堂。 普通の人ならば、迷わず手紙を見るだろう。だが成歩堂は、 「‥‥‥」 見るべきか、かなり迷っていた。 真宵を遠ざけたのは、まぎれもなく成歩堂自身だ。 だからこそ、手紙を読むことを躊躇してしまうのだ。 成歩堂は数秒考えたあと、ようやく手紙に手をかけて封を解いていく。 手紙は1枚。だが、文字はビッチリと並んでいる。 |
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