相棒vs逆転裁判 〜Dark knight〜
作者: カオル   2015年05月27日(水) 15時52分31秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
拘置所面会の手順によると、まず入り口にて要件を伝え、番号の書いてあるバッジを貰い受付にて所定の用紙に必要事項を記入した後、ひたすら順番を待つ事になるのだが、面会出来るのは本来、親族もしくは施設が認めた内縁の夫や妻などで、第三者は容易に受刑者と面会する事は出来ない。しかし、私は“法律上又は業務上の重大な利害に係る用務の処理の為”という名目で、それを可能としていた。面会室にある椅子に座りアクリル板で仕切られた空間を通して今、刑務官と共にこの部屋に入って来た男は開口一番こう話し掛けて来た。
「お前さんも、律儀な男だなあ〜。お気に入りだった囚人検事は、既に無罪放免になったんだろう? もうここを訪ねてくる必要は無いんじゃねえのかい?」
久しぶりに聞く江戸弁に私の口元から笑みがこぼれる。
「今日は、あなたに会う為にだけにやって来たんです。しかし、お元気そうで何よりだ」
そのように話しかける自分に男性は、愉快そうに笑いながらも心の中の本音を垣間見せた。
「嬉しいね。アンタ程、偉くなった男が忙しい時間を割いて、わざわざ、この年寄に会いに来てくれるとはッ」
数年前から時折、ここを訪れては、かの受刑者と面会を繰り返していた事情を彼は良く知っている。前の検事局長の辞職により私が今のポストに就いたのが七年前。最後に担当した裁判で死刑を求刑した元検事の男の執行を引き延ばす目的で囚人検事としていたが、その間、拘置所内の彼の様子を伺うと共に、この人物への面会も欠かさず行っていた。

《ヤクザ者と南の島へ駆け落ちした娘との間に出来た……孫の顔が見たい!》

そのような理由で退職した子煩悩な前局長の跡を継ぐ事になった時、後ろ盾となってくれたのが目の前にいる男性だった。現在、私に検事局長の肩書があるのは、法務大臣であったこの受刑者のおかげだと言ってもいい。彼は元政治家で、とある事件により今は囚われの身だ。実家は東京にある寺で幼少の頃より得度を受け、僧侶として生活していたという経緯もあり、宗教上の理由から死刑執行書には一度も署名をしてこなかったが、それが死刑判決を受けた囚人検事の存在を可能にした。
「それより、私に聞きたい事とは何ですか?」
面会の時間は15分程度、無駄話をしている余裕は無い。この言葉に捕らわれの身である男性は、後ろに座る刑務官の視線を気にしながらも、しっかりとした口調で私に尋ねて来た。
「警視庁現職刑事の連続暴行事件だよ!」
二年前、突如現れた連続暴行犯。ダークナイト(dark knight)と称し法律で罰する事の出来ない犯罪者などへ暴力による私的制裁を加える行為を繰り返し、その犯人像については様々な憶測がなされたが、当時、男性であるという以外に手掛かりは無く狙われたのは、いずれも悪人であった事から世間はダークナイトの犯行に賞賛を送り、特にネット世界で、その行為は英雄扱いされていた。そんな風潮が遂には模倣犯を生み出し、殺人にまで発展したことで流石に捨て置けなくなった警察は、懸命な捜査の結果、ダークナイトの身柄確保に至ったのだが、驚くべき事に犯人は警視庁に勤務する現職の警察官だった。しかも、彼の父親は警察庁No.2の地位にいた男で、それを含め、かなりマスコミを賑わす結果となってしまった。
「この逮捕された甲斐亨って言うのは、杉下君の相棒だった刑事だろう?」
拘置所内でも新聞の閲覧は出来る。確かスポーツ新聞の類は駄目だったよう記憶しているが……但し、不適当だと思われる箇所に関しては予め黒く記事が塗りつぶされる。どうやらダークナイトの報道に関して拘置所の検閲は無かったようだ。実は、私もこの事件に関しては詳細を耳にしている。ダークナイトの模倣犯が送検された際に担当検事の聴取後、警官の監視を振り切り容疑者が検事局内から逃走した経緯があったからだ。その後、真犯人である甲斐亨を直接聴取した大河内監察官は最初の犯行以降、世間の賞賛に心地良さを感じた末の犯罪と位置付け、彼の父親である警察庁次長甲斐峰秋は上司である杉下右京への劣等感があったのではないかと考えていた。
「おかしいじゃねえかッ、あの杉下右京が二年間、自分の側にいた部下の犯行に全く気が付かないって事があり得るのかい?」
彼はこの事件以降、無期限の謹慎処分を受け傷心のまま、海外へとその姿を消してしまった。
「“特命係りは人材の墓場。杉下右京の下に付いた者は、ことごとく警視庁を去る” そう言う事ではないのですか?」
件の刑事より受ける印象から多少の皮肉を込めて、このように言ってみたのだが、アクリル版の向こうにいる受刑者は納得出来ないようだ。
「お前さん、まさか、あの若い刑事も、その特命係りの宿命に準じた、なんて言うのかい? だが俺は、どうしても納得行かねえんだよ。杉下って男はどんな些細な事柄でも真相に辿り着く……生前、官房長だった小野田が決して手放そうとはしなかった程の男だぜ!」
だからと言って彼も部下の全てを把握している訳ではないと思うのだが、天才という言葉は常人に無いモノを期待される厄介な称号だ。
「お前さんは知らないだろうが、俺は前にその杉下君の相棒に会った事があるんだ。だから、どうしても信じられねえ……否、むしろ納得する説明が欲しいんだよ!」


何故、甲斐亨は警察官と言う立場でありながら犯行を続けたか?
そして、二年もの間、杉下右京は相棒である男の犯行に気が付かなかったのか?


「あなたは私にその謎を解け、とおっしゃるのですか?」
最初の疑問については、事件の詳細を伝える報道で自ずと判って来るだろう。裁判ともなれば、黙秘しない限り直接本人の口から動機について語られる筈だ。しかし、二つ目の疑問はいささか難解だ。天才と言われた男が部下の様子の変化に全く気が付かなかったのか? 
「天才とは、そもそも何なのでしょうか?」
時流と環境に恵まれ、その能力が社会的プラスの方向に迎えば評価されるが、奇人変人と周囲から疎ましく思われ理解を得られない側面もある。
「常人の理解を超える存在だからですか? 我々には無い能力があるからでしょか? そうであるなら私は、もっと彼を信じてもいいと思うのですが……」
しかし、この言葉に相手の方は、今一つ理解に苦しむ、といった表情を見せた。
「杉下君が警視庁の天才なら、君は検事局の天才と謳われた男だ、まだまだ時間はある。この次に逢うのを楽しみにしているぜッ」
このような言葉を残し、同席していた刑務官から面会時間終了を告げられ彼は私の前から姿を消した。

天才の定義は色々とあるが、遺伝的には劣性であると言う説がある。偏った能力によって発揮される才能。しかも、それは時流や環境によっても大きく左右される。天才と狂人は紙一重と言われる由縁だ。その能力が社会的に評価される方向に働けば、周りは天才ともてはやし、そうでなければ社会的不適格者の烙印を押しかねない。周囲には理解されない故の孤独。そのような能力に生まれついた者は感受性が鋭く、その為、精神を患い夭折する者も少なくないと言う。それでも人は、その能力に憧れ期待する。




このようなもの想いの中、拘置所から検事局に戻った私の元に秘書から客を部屋で待たせていると告げられた。本日、特に来客の予定はなかったと認識して為、急いで部屋のドアを開けると、そこには大変懐かしい人物の顔があった。

「御剣検事局長、お久しぶりっス!」

彼は私が地方検事局にいた頃から付き合いのある所轄の刑事で、どれくらい待たされたのかテーブルの上に出された日本茶を前に、こちらに視線を向けると掛けていた来客用のソファーから素早く立ち上がり、私に向かって直立の姿勢を取った。彼はとても大柄な男でしっかりとした体つきをしており、身体で警察に入ったタイプの男性だったが、そんな彼に先日、初めての子供が生まれた。私は彼の妻となった人物を良く知っているのが、元婦人警官で、生まれながらの様々なトラブルと世にもまれなる不幸体質を乗り越え、素麺生活を送る刑事と一緒になった。
「本日は本庁に用があって、側にあるこちらにも立ち寄ったッス」
そのように話ながら、彼は傍らに置いてあった紙袋を差し出す。それは、高級老舗デパート高菱屋の紙袋で中には内祝いと書かれた熨斗(のし)付きの包みが入っていた。これは私が送った出産祝いへのお返しだったのだろうが、配送すれば済むところを、わざわざ持参して来るところが彼の人柄なのだろう。余談になるが、彼は結婚する事が決まった時、あろうことか私に仲人を依頼して来た。しかし、仲人と言うものは既婚の男女が務めるべきで、どう考えても独身者が引き受けるべきではない。私は、彼らのその気持ちだけを、ありがたく受け取る事として、式では挨拶をする程度の関わりに留めたのだが、そんな私を兄弟弟子である女性は、以前と随分変わったように言っていたが、どのように私が変わったのかまでは笑って答えようとはしなかった。

何故、甲斐亨は警察官と言う立場でありながら犯行を続けたか?
そして、二年もの間、杉下右京は相棒である男の犯行に気が付かなかったのか?

今回の一件、突き詰めれば信頼を裏切った者と、裏切られた者の関係であるような気がする。決して渡ってはいけない橋があるならば、法を犯す事だけではなく、築き上げた信頼を裏切るのも同様だ。 例え天才と言われる頭脳を持っていようとも、裏切りという行為は、その精神を傷つけ疲弊させる。
「あの〜、ご迷惑だったッスか?」
約束も無しに、ここを訪れた事が急に不安に感じられたのか、彼はそのように聞いてきた。上級検事として在職中、私は何度か窮地に立たされた事があったが、その時、この刑事は最後まで私を信じてくれた。彼には感謝してもしつくせない。しかし、私はそんな彼に対し今もって満足に気持ちを表す事が出来ない。
「糸鋸刑事。昼食はもう取ったのかね? ここのカフェテリアは法務省のお膝元だけあってランチも結構いけるゾ。もし、よかったらこれから一緒にどうかな?」
そのように話しかける男に、問われた男がポカンとした表情をする。日本の官庁街の中心であるこの界隈では、周囲に高級で美味いとされている店は幾つもあるのは判っている。しかし、これが私という人間で、これが私と彼との付き合い方だ。この先、彼に裏切られる事があるかは解らないが彼はわたしが現役の検事であった頃の間違い無く《相棒》だった。

「ハイ、喜んで……お供するッス!」

そのような私に彼は、出会った頃と変わらない屈託のない笑顔で、そう答えてくれた。



END


■作者からのメッセージ
イトノコさんが出るから、こっちにも持って来てみました。

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