検事と大ドロボウ
作者: カオル   2014年12月11日(木) 08時39分47秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
「ところで、君はいつまで“ヤタガラス”を続けるつもりなのだ?」

 学校帰りに立ち寄った、ここ『上級検事 執務室1202号』で、淹れてもらったばかりの澄んだ芳香を放つ飲み物を口にした瞬間、私は目の前に座っている男性からいきなりそのような質問を受けた。
「御剣さん、ナニ云っているんですか、私はヤタガラスの二代目を継いだばかりなんですよッ!」
 ムキになって云い返す私を見て、この部屋の主は溜息をつく。近代的な高層階の建物でありながら、大変クラシックな内装で飾られた一室。窓に掛かる重厚なカーテンに部屋の隅にあるいかにも高そうなソファー。そのような中、壁に固定されている数多くのファイルが収まった棚と中央にある仕事用デスクだけは、その洗礼を免れている。今、私達二人は、そのデスクを挟んで向かい合うように座っていた。本来なら部外者である私など、この建物の中に入り込む事など許されない。けれど、御剣さんの助手を自称するようになってからは、受付も顔パスで通れるようになった。それ程までに、この部屋の主は将来を嘱望された実力のある人物なのだろう。
「君は来年、受験生だろう?」
時々、私に対してまるで父親のような口を利くこの男性は、まだ二十代半ばにして老成した雰囲気を持ち合わせている。それは私と同じく子供の頃に父親を亡くし、若くして検事となるまでの間、様々な事がこの人にあった為ではないかと思う。
「一応、進学を考えていますけど……」
「ならば理系と文系、どちらを志望しているのだ?」
二代目ヤタガラスとして華麗に《ぬすみちゃん》を操る私としては理系、と云いたいところだけど、あいにく数学の成績はサッパリだった。唯一、体育の成績だけは五段階評価の《5》を貰っていたけど。
「まあ、大学に進学したからと云って今の時代、将来が約束される訳ではない。大切なのは出来るだけ早いうちに、しっかりとした目標を持つ事だ。」
私の前に座る男性はここで一旦、言葉を区切った。
「しかし、そうは云っても私はあまり、その辺りの事情に詳しくは無い……私は、大学へは行かなかったからな」
えええええ〜〜ッ、そうなんですか?! スゴク意外! 御剣さんって、確か『二十歳で司法試験を突破した天才』ですよね? そう云えば、旧司法試験は一次試験と二次試験があって、大学出ていない人は一次試験から受験しなきゃいけないって聞いたことがある。でも、云い方を変えれば大学出てなくても一次試験と二次試験に合格すれば検事や弁護士になれたという事。私の父も前に座る男性と同じく、検事だった。そう云えば、ここはかつて父が執務室として使用していた部屋。私の父は正義感の強い人だった。それ故に法の限界というものを強く感じていたのだろう。遺品の中から父がヤタガラスであった痕跡を見つけだした時、私はその志しを受け継ぐ決心をした。そうする事で子供の頃に失ってしまった父親の存在を身近に感じる事が出来たからだ。それに《真実を盗む大ドロボウ》を志したお陰で、こうしてこの部屋でお茶が飲めるようにもなった訳だし。

高層階から見える空の色が、青と白から次第にオレンジと黒に変わり始めた頃、私は教科書とノートを広げ、アルファベットと云う名の文字と格闘するハメになっていた。
「違うッ、そんな所に前置詞は使わない。これは英作文の基本だ!」
何故か、にわか家庭教師となってしまった男性は、私の書き出す横文字を見ながら眉間にシワを寄せる。
「それは、中学で習う事だ。全く、進学希望が聞いて呆れる……君は本当に高校生なのか?」
多分、この人は子供の頃から出来るタイプだったのだろう。その為の努力も、きっと惜しまなかったに違いない。普段の言動からでも、そんな自信の表れを感じ取る事が出来る。
「どうせ、私の英語は中学生レベルですよ〜ッ」
口をとがらせて開き直る私の言葉の裏には、大学受験どころか大学に行ってさえいない男性からのお説教に抗議の意思が込められていた。そんな私の気持ちが伝わったのか、私よりも、ひと回り近く歳の違う男性は、こわばった表情で私を見る。
「確かに私は大学には行かなかった。日本の大学には……な」
「エッ?!」
「私は師事していた人物のお陰で、海外で学ぶ事が出来たのだッ」
これは後で知った事だけど、兄弟弟子である『ムチのお姉さん』はアメリカにおいて十三歳で検事となった天才少女だとか。そうか、だから語学には堪能なんだ。
実は私には、まだ誰にも話していない将来の目標があった。父とは違い本当に盗まなければならないモノを、私はまだ知らない。父が検事という職責を超えた行動を取るに至ったその想いを受け継ぐ事、それが二代目を名乗る私の役目。今、私はその方向で自分の将来を考えている。
そして、その時。私は目の前のこの人と、どのような関係を築いていくのだろう? それは、対立的なものとなるのか。それとも、もっと違った未来を作り出す事になるのだろうか?
「御剣さ〜ん、私、お腹がすきましたッ」
もはや集中力を失った私の右手は、シャープペンシルをノートの上に転がすように離す。そんな姿を見て、この部屋の主は諦めの視線をこちらに向けた。
「この時間なら、局内にあるカフェテリアはまだやっているだろう。A定食かカレーライス、もしくは醤油ラーメン……追加のオーダーは一切、認めないゾ!」
チョット理屈ぽいとか、自信あり気な言動が鼻に付いたりとか、妙に年寄り臭かったりとか、色々あるけど……やっぱり私、この人が好きだ。

「御剣さんのケチッ!」


END
■作者からのメッセージ
だいぶ、以前に書いたものです…(^_^;)

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