相棒vs逆転裁判 〜脅迫〜 |
作者:
カオル
URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/
2014年03月28日(金) 21時41分01秒公開
ID:P4s2KG9zUIE
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「実は内密に、ご相談があるのですが……」 そう前置きしながら男は自分の部屋まで呼び出した人物に話し始めた。 「これを見て頂きたいのです」 机の引き出しを静かに開けデスクの上に置く、それは一通の手紙だった。表にはここからあまり離れていない建物の住所が記載されている。 「これは先日、届けられたもので封書の中には手紙と一緒に実弾一発が同封されていました」 封筒の上の部分は切られている。既に散々調べ尽くされているのだろう。 「拝見しても宜しいですか?」 そう前置きをしながらそれを手に取る。中にある縦書きの文章は、捉え所のない書き出しで始まり、中盤になってようやく変化して最後は一方的な警告で結ばれていた。 「脅迫文ですね……」 文章の内容だけならば怪文書の域を出ないものだが、そこに実弾が同封されていた事が問題なのだろう。しかし、これを見せて一体、自分にどうしょうと言うのか? 内密の相談と云うからには正規の職務ではないのだろう。まあ、警視庁特命係り自体が正規のルートから外れた存在ではあるが……。 「正直、ご相談と言うよりもお願いなのです。この脅迫文を送られた人物に警察からの保護を受け入れるように説得して貰えないでしょうか?」 説得? そのように話すからには当人は警察の保護を拒否しているのだろう。 「何故、監察官のあなたがこのような事に介在しているのですか?」 当然、出るだろう質問に問われた方は、あなたが、あの方のお知り合いだと伺ったので……そんな理由を口にするだけだった――。 「ほう……大河内監察官がそのような事を」 警視庁からさして距離の離れていない中央省庁の合同庁舎、近代的なこの建物の中に最高裁判所と共に検察も存在している。現在、その組織のトップに位置するのが最年少で局長の地位についた彼だ。異例の人事で誕生した34歳の若き検事局長の部屋は大きな窓から都会の空が一望出来る作りで、その内装は上級検事時代から変わらずワインレッドが多く使われていた。 「その話しなら、既に断っている。余計な心配は無用だッ」 そのように話す男の眼鏡の奥にある灰色の瞳が光る。 「私は新人検事の頃から師事していた人物の教えで、法廷ではかなりきわどい手を使って来た。その為、怪文書の類が送りつけられる事など決して珍しくはない」 「しかし、今回は実弾が同封されていたんですよ、御剣局長」 こちらを訪ねる際に同行した若い刑事が口を挟む。彼はたった一人の自分の部下であり相棒の刑事だ。しかし、彼の言葉など歯牙にもかけぬ、といった態度を見せる男に若い刑事が次第に苛立ちを見せ始めた。この二人、年齢だけで見れば大して違いはない。しかし、一人は巡査部長階級の刑事で、もう一人は日本の検察を掌握する立場であり最高裁判所判事などと同等の特別国家公務員である認証官。(天皇からの承認を受ける官使) 彼の上には法務大臣がいるが、その大臣も数年単位で変わって行くのが通例。前身はともかく、彼に敵が多いのは頷ける話だ。若くしてそのような地位まで登り詰めた男の耳元には、出世争いに敗れた多くの者達の歯軋りが聞こえて来るだろう 「さあ、お引き取りいただこう」 この後、人と会う約束があるのだ……そう言いながら訪問者を追い払おうとする男に警視庁から来た男が食い下がった。 「そのお約束、少し待って頂けませんか?」 そう切り出すと、最初にあの郵便物に気がついたのはどなたなのでしょう? と聞き返す。 「ここへの郵便物は庶務課で受け取りそれぞれの部署に届けられる。しかし昨今、テロなどの脅威から全ての郵便物は検査機を通される事となった」 以前、日本には《水と安全はタダ》と云われたら時代があったが、それは既に過去のものだ。 「局長は封筒を警察に渡す前に、中身をご覧になりましたか?」 「秘書が知らせてくれたのでな……君も一度、顔を合わせたことがあるだろう?」 瞬間、先日チェスの勝負をした時、その場に居合わせた女性の顔を思い出した。 「なるほど……その時、封筒の口は開いていましたか?」 「開いていたように思うが、何故そのような事にこだわるのだ?」 「つい小さな事が気になってしまうのですよッ、しかし、この場合は非常に重要です。封筒の中には外に何が入っていましたか?」 この質問に若き権力者は警戒するような表情を見せた。 「ボクは監察官からあの封筒を見たとき違和感を覚えました。あの切手の料金は、いささか多いように思います」 あの封筒の大きさは定型内ギリギリのサイズ。実弾の重さはぜいぜい10グラム前後。 「切手が多く貼られていたとして、それだけでそのように断定するのかいかがなものだろうか?」 「では、秘書の方に直接、お話しを伺いましょうか?」 若い権力者が奥歯を噛み締めるような表情を見せた。 「……名簿だッ」 これ以上の言い逃れは、かえって話しを大きくしかねない、そう判断したのだろう。 「その名簿は、どうなさいましたか?」 「私が処分した。本当は封筒ごと全て捨ててしまいたかったが、既に騒ぎになっていた為、それは出来なかった」 法を遵守する立場の彼がそうまでしてもみ消そうとしたもの。 「名簿って一体、どういうものだったんですか?」 同行した刑事のこの質問に男は何も答えようとはしない。しかし、この部分を明らかにしなくては物事の真相にたどり着く事は出来ない。 「御剣局長。あなたは以前、有罪判決を得るためにはあらゆる手段を使う検事だったと伺っております。しかし、ある時期から真実を追求する姿勢へと変化された……あの頃のあなたは何処へ行ってしまったのでしょう? それとも局長の地位に付いてその考えは変わりましたか?」 「……杉下警部」 男が掛けていた眼鏡を外しながら胸のポケットへと収める。そしてゆっくりと息を吐きながら窓の方を見た。 「あなたはこれから話す事を誰にも口外しないと誓えるかね?」 そう云うと再び視線をこちらに戻し、隣にいる刑事を見る。 「ボクに言える事は、甲斐刑事にも話して頂いて結構です」 「そうか、君は甲斐次長の……」 たった今、口にした名前が男の態度に変化をもたらした。 「よかろう、秘密を守れる者として信用しよう。私は二十歳の頃より、検察官として奉職して来た。ここまでの道のりは決して平坦ではなかったが、それでも人は私を職階の最高位まで登り詰めた成功者と見ているようだ。しかし、私自身は検事から局長という肩書に変わったに過ぎない、そう考えている。それでも、私の周囲は幾分変わった。様々な集まりに顔を出す機会が増え、政財界で有力なメンバーとも顔を合わせるようになった」 彼は一呼吸おいてから再び口を開いた。 「話しは少し飛ぶが、私は以前、この国の裁判員制度の実現に尽力させてもらった。知り合いの弁護士を裁判員シミュレーション法廷委員長に推薦し、多くの人間に会い日本の法廷にも一般の人が関わる事の重要性を説いて回った。子供の時、事件で父を失った私は、その時の裁判で被害者側の感情と法廷で出される判決とは大きな溝があるのを感じた。在職中、海外で多くの裁判を見てきた私は司法への信頼を回復する為には日本にも一般の人が参加する制度が必要であると考え、その実現に努力してきた」 恐らくこれら一連の働きが、彼を今の地位に押し上げて来たのだろう。 「自身が奔走する中で判った事は、この国の今ある形を変えたいッ、そう考えている者達の存在だった。金融政策や治安維持に置いて現在ある制度の不備を嘆く者、ジェンダーフリーの観点から男女平等を謳いながらも一向に変わらぬ国の在り方に苛立つ者、日本の同性婚実現を模索する者――。そんな中で自然発生的に集団が形成されていった。我々はお互いの理想の実現の為に自らが持つ影響力の範囲内で協力し合う。言うなればgive and takeの集団となって行ったのだ」 そして、話しは核心へと向かう。 「しかし、この集団の存在が外部に漏れてしまった!」 「保守勢力に……ですか?」 男が静かに頷く。 「彼らは度々、書面を使って警告してきたが、ついに先日、名簿と実弾を送りつけてきた。名簿に書かれている名前は我々の同志で現在も政財界で活動している人間だ。彼らに迷惑をかける訳には行かない……よって名簿は私の判断で警察に渡す前に処分した」 現在の日本に置いて、まだまだ保守的な考え方を持った人間が政治の中枢を握っている。時折、世間で取り上げられる男女別姓の問題だけを取ってみても “日本の家族制度が崩壊するッ” 女性の社会進出にまつわる環境整備の遅れも“女性は結婚したら家庭に落ち着くべし”などの考えが根強くあるのが原因だ。 「この事を知っているのは、私と秘書官の木之路だけ。だたし、彼女は名簿の中身は見ていない。中身を見たのは私だけだ」 「名簿に書かれていたお名前については、お話し頂けないのでしょうねえ?」 おそらく彼は名簿に書かれていた者達に、この事を知らせたはずだ。 「何を云われてもこれ以上、話すつもりはない。さあ約束の時間だ、お引き取り願おう」 「わかりました……ただし、名簿の一人だけは推測出来ました。彼は、あなたの事を心配したのでしょうねえ、だからあなたに警察からの保護を受け入れるように説得しようとした」 しかし、男からのこの質問に対する答えは無く、代わりに強い意志を持って我々にこの場から即刻立ち去るように促して来ただけだった――。 「杉下さんは、どう思いますか?」 警視庁に戻る道すがら、何かを考え込むように口を閉ざしていた警視庁次長の息子である彼が、ようやく口を開いた。 「結婚しても性が別だったり、同性同士で結婚出来たり、日本にそんな世の中が本当にやってくるんでしょうか?」 個人の価値観が多様化していく中、法がそのスピードに追い付いていけないのか。それとも単に行政の在り方が遅れているだけなのか? しかし、この国の在り方を想う人間は確実に動き出している。それは民意なのか、それとも一部のエリートによる暴走で終わるのか? 加えて気になるのは、自分の相棒の名字を口にした時に急に態度が変わった男の言動と、内側に感じられた改革の意志を持った者達の存在。もしや、若い刑事の父親も名簿に名前のあった一人なのではないか――? 「日本に裁判員制度が誕生してからもう、十年程になります。それまで一般の人が裁判に参加するのは映画の中だけの話し、多くの人はそんな風に思っていたのではないでしょうか? 以前、米国の今が日本の十年後と言う人がいました。州によって制度が違いますが米国は夫婦別姓や複合性が可能ですし、同性婚も認められています」 このような将来がこの国にとって良いのかどうかは判らない。しかし 、歴史の歯車を逆回転させる者は必ず滅ぼされる。 「君が考えているよりも案外、そう遠くない日本の未来なのかもしれませんよッ」 END |
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